第46話 ハルピュイア Ⅱ

 テューイは口を開けて動かないが、かといって悲鳴を出すわけでもない。最低限の冷静さを保ったまま、俺に続いて遺体の真下へと移動する。


「……呪縛結界を強引に突破されたんだな。まあこいつら相手なら正攻法に近いけど」


「出来るの?」


「ああ。……結界の防御力は高いけど、魔獣によって個体差がある。ハルピュイアは中でも低い方でさ、その気になれば突破できるんだよ」


 しかし、強力な攻撃手段が必要な点は変わらない。古文書を読めないと倒せないのが、天才じゃないと倒せない、に変わったぐらいのものだ。


 ……除去法から、ハルピュイアを殺したのは強力な魔獣や魔術師だろう。俺達以外の第三者が、この山に来ているということだ。油断はできない。


「注意して行こう、テューイ。最悪、フェンリルが妨害に来た可能性だってあるかもしない」


「望むところ。返り討ちにする」


「おお、頼もしいな」


 気軽な抑揚と張りつめた心で、止まっていた両足を動かしていく。


 ハルピュイアは群れを組んで行動するのが常だ。大抵は四頭ほど。なら残りの三頭から、鳥の唾を回収すればいい。


「――ねえ、死んでる鳥から唾って出るの?」


「え、どうなんだろ……」


 俺は魔獣の生態にも、普通の鳥にも詳しくない。どれだけ正常な質問だろうと、一緒に悩むしかなかった。


「帰る時に連れて行こう。……コイツを殺したのが誰か、発覚させるのが先だけどな」


「賛成。それに、出来なかった時が悲惨。生きてるヤツから回収した方が確実」


「なら調査再開だ」


 そもそも、山の根とやらだって回収しなければならない。――直ぐさま帰ることがあるとすれば、危機的状況へ遭遇した場合に限る。


 自然界独特の静寂に包まれながら、俺達は黙々と奥地を目指していった。


「――げ」


「どうしたの?」


「王国の魔術師がいる……」


 嫌な予感が当たった、のだろうか。

 彼ら近くに敵がいることにも気付かないまま、何かを見下ろしている。――ハルピュイアだ。動かなくなった怪鳥を、奴らは何か話しながら観察していた。


「わざわざ王国からご苦労なことだな。……テューイ、注意して接近――あれ?」


「……!」


 俺の警告も聞かず、彼女は真っ先に奴らの元へ。

 ――気配を隠そうとしない以上、気付かれるのは自明の理だった。


「な……」


 しかし遅れを取ることはない。

 無手にも関わらず、彼女は右腕――神器が埋め込まれているとされる腕を振るい、一撃で魔術師を吹き飛ばす。


 敵は二名だが、その二名がまとめて被害を受けた。

 

 反射的に展開した防御魔術で直撃こそしのいだようだが、テューイの攻勢は収まる気配がない。そのまま最寄りの一人へ突貫する。


「っ、このガキ――」


「よ、止せ! 神腕の披験体だぞ! 俺達で敵うわけがない!」


「相手は子供なのにか!? こんな奴に退いたんじゃ、王国魔術師の名折れ――」


 呑気に口論しているようだが、当然テューイは構わない。

 右腕から撃ち出される魔術の光。攻撃の範囲はそこまで広くないが、確かな威力を持って王国魔術師の懐に炸裂する。


 それだけで一人はノックアウト。仲間に抑制を促していた方が残り、自身の言葉通り逃げ道を探っている。

 しかし。


「逃がさない……!」


 豹のように駆け、同じ一撃を叩き込む。


 かくして王国魔術師は無力化された。他に仲間が出てくる様子もなく、山には閑静な空気が戻ってくる。


「……」


 テューイは俺の方を一瞥してから、使用していた右腕をローブの下に戻した。

 ――一瞬だけ見えた感想を言うなら、義手。神器でもある彼女の右腕は、全体が人工的な作りとなっていた。


「……今のは誰にも言わないように。言ったら面倒なことにするから」


「お、おう」


 する、って何だ、するって。


 本音を胸の中に押し込みながら、歩き始めたテューイの後を追っていく。

 ……にしても、まさか二頭目のハルピュイアまで死んでいたとは。王国魔術師が殺したんだろうか? 呆気なくやられた連中に、それが可能とは思えないが。


「……ここから先は別行動にしない? 私が山の根を回収する」


「俺にはハルピュイアを探せと?」


「そう。前に戦ったことがあるなら、私が行くより確実。王国の人間がいるなら急いだ方がいいし……どう?」


「もちろん文句はない」


 というわけで、俺達は少しも惜しまずに進路を変える。


 ハルピュイアの巣があるとすれば、もう少し山を登ったところだろう。――下手をすれば残り二頭、あるいは全滅している可能性もある。急がなければならない。


「サモン・コレ」


 ヘカテの力を呼び出し、実体化させる。

 現われた彼女は、どこか不満げな顔をしていた。


『まったく、愛想も礼儀もない美少女ね。イダメアとかリナの方がずっと可愛いわ』


「言うと思った。……とりあえず乗せてくれ」


『嫌よ』


「なんで!?」


『だってこれからハルピュイアのところに行くんでしょう? アイツらだけは私、絶対に嫌だから。戦うことなっても絶対に嫌!』


「……そういえばお前、酷い目にあったもんな」


 ちょうど一年前のことだ。王国で連中の被害が確認されたため、今日と同じような山の中へと俺達は入っていった。


 任務は順調に進んだのだが、途中でちょっとしたアクシデントが起こる。馬の姿で実体化していたヘカテの顔面に、ハルピュイアの汚物が直撃したのだ。


 以降、彼女は大のハルピュイア嫌いとなった。一時期は根絶やしすら宣言していたレベルである。


『行くんなら一人で歩きなさい。……ま、全滅してるとは思うけど』


「そ、そうなのか?」


『ええ、気配がしないもの。だから、向こうの不愛想な女の子でも手伝ってやったら? フラグが立つかもしれないし』


「いや、そんな無茶な――」


 しかし問答無用で、ヘカテは姿を消してしまった。

 ……残念なことに、彼女の第六感は信用できる。本当にハルピュイアは全滅しており、生きている彼女達から唾は回収できないだろう。


 今も気になるのは、誰に殺されたかの一点だ。


「それぐらいは突き止めないとな……」


 でないと、テューイに軽蔑されるのは間違いない。

 俺は進行を再スタート。とにかく奥に進んでいけば、残る二頭を発見できると信じながら歩く。


「お」


 拍子抜けするぐらい、簡単に見つかった。

 例によって死亡している固体である。が、今回は前の二件に比べて異なっている点があった。ハルピュイアに血痕が付着しているのだ。


 といってもそれほどの量ではない。ハルピュイアの身体に、小さな点をいくつか作っている程度のものだ。


「……殺そうとして反撃された、とかか?」


 パッと見たところ、ハルピュイアに目立った外傷はない。口周りも綺麗なもので、本人が吐き出した血ってわけでもなさそうだ。


 ……犯人の手掛かりになるかもしれないし、コイツは連れて帰ることにしよう。


 冷たくなっている身体を抱えて、俺は来た道を戻っていく。後はヘカテに言われた通り、テューイを手伝って終了だ。


「あ」


「お?」


 彼女と別れた場所に入ったところで、タイミング良く遭遇する。

 その手には木の根らしき物が握られていた。とどのつまりは『山の根』なんだろう。


「どうにかなったか?」


「見ての通り。そっちは?」


「駄目だった、全滅してるってさ。……まあ犯人の手掛かりらしきものは手に入れたから、それが収穫だな」


「そう。……でも良かった、 汚れなくて」


「はは、そうだな。テューイも無事だったし、一石二鳥だよ」


「……」


 何がまずかったのか、テューイは目を細めつつ俺を見ている。

 何となく弁明しようとすると、彼女はそっぽを向いて立ち去ってしまった。……本当に分からない。一体どんなミスを仕出かしたんだ? 俺。


『あの子、感謝して欲しかったんじゃない?』


「か、感謝?」


『貴方がハルピュイアで汚れないかどうか、心配してたのよ。でも感謝してくれなかったから、ちょっとご機嫌斜めなんじゃないかしら』


「ま、まさか。大体、どうしてテューイが俺のことを心配するんだよ?」


『さあ? それは私じゃなくて、本人に聞いてもらわないと。まあ敢えて予想するなら――』


「するなら?」


『エオスの町で、ギガ―スに潰されそうなところを助けたでしょ? その時に惚れちゃったんじゃない? 女の顔してたわよ、あの時の彼女』


「そ、それこそまさかだろ」


 まあ嬉しいことは嬉しいけど。

 離れ離れになるのはまずいので、俺は直ぐにテューイを追い掛けた。

 

 彼女は足音に気付いて一瞥を向けるものの、やっぱりへそを曲げたまま。正常な会話が成立する見込みはない。


「心配してあげたのに……」


 なんて。

 小さな声で呟いたのを聞きながら、俺達は外を目指していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る