第47話 右腕に隠されたモノ

 ナーガを呼び戻して町に戻ると、以前の賑わいは綺麗に消えていた。それどころか落胆の空気さえある。


 話を聞いたところ、例の大型ギガ―スが結局現われなかったためらしい。意気揚々と出ていった若いギガ―ス達は、意気消沈して帰って来たのだそうだ。


『ふむ、そんなことがなあ……』


 ロキは腕を組みながら、思案で喉を唸らせていた。


 俺達がいるのは昼食にも利用した店の一角。テューイやイダメアは同席しておらず、男同士の会話である。


「まずは王国魔術師の人達がどんなことを話すかですね。俺達より先に山へ入っていたみたいですし」


『だろうな。……我もハルピュイアが殺されるなど、聞いたことがない。何かが我らの知らぬところで起こっているのだろう』


「心当たりとかは?」


『無いな。まあフェンリルや大型ギガ―スが犯人だとは思うが……だからこそ、対策を急がなければなるまい。被害が広がってばかりでは目覚めが悪いしな』


「……結局、材料って全部集まったんですか?」


『ああ、お前達のお陰だ』


 骨折り損のくたびれ儲け、にはならなかったらしい。

 でもどうやって集めたんだろう? 魔術が存在する世界だから、俺の世界とは常識が異なるんだろうけど……気になるものは気になる。


「猫の足音とか、どうやって手に入れたんです?」


『魔導具を使った。特定の空間で起こった出来事を保存する魔導具でな。瓶の形をしているため使い道は限られるが、今回は大活躍だったぞ』


「そんな魔導具が……」


 頷きと共に、ロキは服の下から当の品を出す。

 牛乳瓶とそう変わらない大きさだった。――ギガ―スの彼にはもちろん小さいので、扱っているところを見ると割れそうでヒヤヒヤする。


『加工に関してだが、腕のいいドワーフがヘリオスにいる。彼なら恐らく、どうにかしてくれるだろう』


「分かりました。……材料については、俺達が届ける方向で?」


『ああ、頼みたい。もともとヘリオスに向かう予定だろう? ……出発の時間はいつだ?』


「これから直ぐですよ。イダメアが行くって聞かなくて。……ロキさんは一緒に来ないんですか? テューイも来ると思うんですが」


『我は後から向かう。エオスの方で少々、用事が残っているのでな。……テューイのこと、よろしく頼むぞ』


「ええ」


 まあどこまで一緒か分からないが、ロキもその辺りは承知しているだろう。


 話が一区切りついたところで、俺は席を立つ。……エオスからヘリオスまではそれなりの距離があるそうだ。今から向かうと、到着は深夜になるとのこと。


「では……えっと、また明日ですか?」


『可能ならそうしたいものだな。運が良ければ、昼になる前に会えるかもしれん』


「急がなくてもいいですからね? ……まあ、道中気をつけて」


『お前達こそな』


 最後に一礼を残して、俺はギガ―ス兼用の食堂を後にする。


 少し鎮まったとはいえ、外は相変わらず賑やかだった。人間も亜人族も、忙しそうに働いている。


「ミコトさーん!」


 大通りの一角で手を振る少女が、一人、

 言うまでもなくイダメアだ。彼女の隣にはテューイもいる。顔を伏せて、いかにも不本意だと言った雰囲気だ。


「準備は出来ました。ロキさんとカールヴィさんとから受け取った材料も、すべて竜車に入っています」


「じゃあ出発か。――でもいいのかテューイ。一人の方が気楽なんじゃないか?」


「……」


 彼女は答えない。まだ顔を伏せて、そのまま竜車へと乗り込んでしまった。


 同行を断る気はないようだが……エオスの道中と同じ空気になったのでは、俺もたまったもんじゃない。改善策を見出すため、彼女には話の輪に加わって欲しいところだ。


「――ああそうそう、捕まえた王国魔術師が色々と喋ってくれたそうです。ヘリオスに向かう間、まずはそれを話しませんか?」


「あ、ああ、そうだな」


 これなら、テューイも興味を持ってくれるだろう。

 その予想は的中し、彼女は顔を上げていた。想像以上に素直な反応で、俺とイダメアの視線が少女に集中する。


 ハッとして自分の隙を認めたテューイは、そのまま竜車へと入っていった。


「……やはり悪い子ではなさそうですね。信用してもらうまで、少し時間が掛りそうですけど」


「重要なのは忍耐か……」


 ですね、と返すイダメアが竜車に乗りこむ。俺も彼女に続いて方足を上げた。

 座席は前後に二つのシートがあるだけ。片方に俺とイダメア、もう片方にはテューイが一人で座っている。


「――」


 二人の少女が浮かべている表情は、それぞれ別のものだった。


 イダメアは本来の自然体である、冷徹な表情。感情を読み取るのは容易ではなく、血の通った人間より、人を見下す女神に思えてくる。


 対し、テューイは眉間に皺を寄せて困惑気味だ。これからどんな情報が出るか、ある程度分かった上で不快を露わにしている。


 ナーガに行き先を告げて、竜車が動き始めてからイダメアは咳払い。


「ミコトさん達が捕えた王国魔術師は、神器を研究する機関の人物だそうです。その一環として魔獣が必要なため、帝国に来ていたというわけですね」


「よ、よくそこまで話したな……」


「自白を強要する魔術はいくらでもあります。頭痛、吐き気、発熱が起こったりと、後遺症もあるのですが」


「……」


 今さら過ぎるが、犠牲になった魔術師たちの無事を祈る。


「彼らの目的は神器を人工的に作り出すことだそうです。その第一段階として、人間に神器を植え付ける方法を獲得したのだとか」


「……」


 俺は自然と、沈黙したままのテューイを見た。

 彼女は右腕を押さえながら話を聞いている。……竜車の床を見つめている瞳には、どんな情念が宿っているのかコレっぽっちも分からない。


 ただ、話を続けてもいいのだろうか、と。

 中途半端な偽善が、俺の目に宿る感情だった。


「で、でも、神器を作るってどういうことだ? 魔導具じゃないのか?」


「魔術師の話によると、全能時代の技術を再現するのが目的だそうです。……その向こうにあるのは、恐らく帝国との戦争でしょう。彼らは騎動殻を持ち得ませんから」


「なるほど……」


 でもそれは、子供を巻き込む理由なのか?

 テューイが自ら実験に参加した――とは考えにくい。彼女は右腕の神器を失わせるためにフェンリルとの邂逅を望んでいる。


 ただ、王国の所業に、いつも通り溜め息が出た。


「実験に必要な魔獣の回収は終わっていないそうです。ヘリオスの町で、彼らと遭遇する可能性は十分に考えられるかと」


「……連中、フェンリルを連れ帰るつもりなのか?」


「魔術師の話によると、そのつもりのようです。私達が持っているクレイプニルの材料も、確実に狙ってくるでしょう。……注意していただければと思います」


「もちろんだ。……テューイも手伝ってくれるだろ?」


「――それなら、まあ」


 相変わらずの姿勢だが、しかし彼女は頷いた。


 一方で竜車の揺れは激しくなっていく。整備された街道の上ではあるが、それなりのスピードを出しているからだろう。窓の向こうにある景色も、高速で流れていく。


「……」


 ようやく動き出したテューイは、外の光景を眺めているだけだった。

 景色を楽しもうとする雰囲気は少しもない。頭の中でまったく別の世界へ旅立つために、注意を逸らしているだけだ。


 どこか儚げな、直ぐにでも消えてしまいそうな美少女の横顔。

 何を想い描いているのか――知りたくても、俺は接点を有していない。


「――どうにかしてあげたいですね、彼女」


 車輪の回転音がうるさい中、耳を澄ませなければ聞こえない小声でイダメアが話す。


「ロキさんの頼みもありますし……でも改めて、彼女から話を聞きたいですね。直接聞いたわけじゃない、って言ってましたし」


「だな。フェンリルと戦わなきゃならないのは、変わらないと思うけど……」


「被害を出している魔獣ですし、油断はできませんね。でもヘリオスには父の知り合いもいますから、様々な協力が得られるかと。直ぐに解決しますよ、きっと」


「……だな。とりあえず俺は、暴れ過ぎないように気をつけるよ」


「? どうしてですか? ミコトさんに働いてもらわないと、何事も前に進みませんよ?」


「でもさ、間違えてフェンリル倒しちゃったら大変だろ?」


「――なるほど」


 傲慢な、自信の塊みたいな台詞を、イダメアは不敵に笑って受け止める。

 思い込みは大切だ。自分が出来る人間だと盲信しなけりゃ最大限の実力も、それ以上の力も引き出せない。


 反省、後悔、不安なんてのは全部後回し。

 必死に自分を鼓舞して、帝国男子とやらの在り方を信じて、堂々と挑むまでのことだ。

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