第15話 古代文明 Ⅱ

「……鱗?」


 少し壊れているが、話を聞いたばかりなのもあってそんな風に見えてきた。


 直後に後ろから、怖いぐらいに目を見開いたイダメアがやってくる。彼女は一言もかけずに俺の手から鱗をぶんどった。


 ……普段の彼女が見れば、殺到するぐらい失礼な行動である。まあ本人は楽しそうだし、俺から注意しようとは思わないが。


「――大発見ですね、ミコトさん。これ、恐らく竜王の鱗ですよ!」


「あ、やっぱりそうなのか? そこまで古い物には見えないけど……」


「加護が宿っているため、鱗は劣化するのが遅いんです。まあ加護が切れてしまった途端、壊れてしまうパターンも多いんですけどね。――ミコトさんの神器は、それが理由で破損したのではないかと」


「じゃ、じゃあこれ、きちんとした場所で保管した方がいいんじゃないか?」


「もちろんです。……しかし、これでミコトさんも私達の仲間入りですね! これから毎日遺跡に行きましょう! 魔獣が出没する地域にも、貴方が一緒なら問題なさそうです!」


「ああ、別に構わんけど……やっぱり遺跡のことになると人が変わるな、イダメアは」


「――あ」


 多少の自覚はあったのか。


 指摘した瞬間、彼女は凍りついて動かない。手に持っている貴重な竜燐も、何かの拍子で落としてしまいそうだった。

「す、すすす、済みませんっ! 勝手に夢中になって……!」


「いや、分かるように説明してくれれば、むしろ有りがたいぞ。俺だって歴史には多少興味があるし」


「で、ですが……」


「ほら、せっかくだから続き教えてくれよ。竜王のこととかさ」


「りゅ、竜王についてですか?」


 まだ迷いがあるようなので、俺は強く頷いみ見せる。本当に竜王とやらは興味があるし――彼女の趣味についても、ちょっとは理解を深めておきたい。


 一拍置いてから、分かりました、とイダメアも首肯した。


「竜王とは、古代人をまとめ上げていた族長に当たります。複数存在しており、首都とのパイプ役を務めていたそうです」


「……そもそも古代文明って、どういう文化だったんだ?」


「とてつもない技術力を持っていた文明だったそうですよ。神器だけでなく、騎動殻も彼らが作ったと言われています」


「き、騎動殻も!?」


「はい。遺跡ではよく、フレームのみで放置された騎動殻が発見されていまして。制作に携わっている工房では必須の品ですね。帝国では未だ、ゼロから騎動殻を作るのは不可能ですから」


「凄すぎだろ、古代文明……」


 しかし同時に、この街並みからは想像できないのも確かだ。


 遺跡が地球の先進国にあるような大都市だったら、少しは納得することも出来ただろう。騎動殻の存在を考慮すると、もう少し上を行ってそうな気もするが。


「そうです、古代文明は偉大です。しかもこれまでの調査によると、暮らしていた人々は不老だったとか。非常に優れた知能も有しており――かの時代を、全能時代と呼ぶこともありますね」


「その人達を統べていたのが、竜王と」


「まあ推測の域を出ませんが。生きているのだとしたら、お話を伺いたいんですけどね……」


「大昔の存在じゃ、さすがに難しいか」


「……不老という噂はあるんですけどね。今みたいに、加護が残っている鱗もよく発見されますし」


「――ほ、ほほう」


 ちょっとばかり、嫌な予感がする。

 スパルトイのことだ。アレは、竜の牙を捲いた土から出現する魔獣。――加護のこともあるし、この鱗が原因で出てきたのではないだろうか?


「ミコトさん?」


「ん? ――あ、ああ、何でもない。竜王ってどんな生き物なのかなー、と想像してた」


「巨体の持ち主だったそうです。ほら、遺跡の中央に神殿がありましたよね? アレが大きいのは、竜王の家として作られたためだそうです」


「……行ってみないか? 神殿」


「え、ええ、構いませんけど……」


 イダメアの反応はいまいちだ。恐らく、既に調査が終わっているということなんだろう。アレだけ目立つ上に竜王の家とくれば、誰だって最初に手をつける筈だ。


 残った神器の柄と鞘を手に、俺達は遺跡の中央へと歩いていく。


 途中、やはり人影は増える一方。目新しい発見がないことを悔やむ声も多く、期待は長持ちするものではない。


「ここが入り口ですね」


「……」


 神殿は、竜王の大きさを無言で語っていた。


 出入り口は、最初に見た大型のスパルトイが余裕で通過できるほど。入って直ぐにある広間は、端から端まで歩くのに小一時間かかりそうな広さだ。


「これを人の手で作ったのか……」


「騎動殻もある筈ですから、そこまで問題ではなかったと思われますよ? ……気になるとすれば、やはり奥の扉ですね」


「扉?」


 頷くイダメアは、広間の反対側にある壁を指差す。

 確かに扉のようなものがあった。距離があり過ぎて見えないが、複雑な紋様も施されている。


「……神殿の入り口に比べると、小さいな」


「でしょう? しかも開ける方法が分からなくて……他の遺跡にも同じような扉があるので、どうにか方法を見つけ出したいのですが……」


「手掛かりはないのか?」


「まったく。騎動殻や魔導具で攻撃しても、傷一つ付かないんですよ」


「……」


 では、精霊を使った攻撃ならどうだろう?


「サモン・コレ」


「ミコトさん?」


 首を捻るイダメアを無視して、俺が呼び出したのは馬の精霊だった。


 精霊砲を使用した疲労が残っているんだろう。見るからにご機嫌斜めで、どう見積もっても俺のことを睨んでいる。


『まったく、どういう要件なのかしら? こんな時にレディを呼び出すなんて』


「いや、ちょっと向こうまで移動したくてさ。乗せてくれ」


『はあ? そんなことのために呼び出したの? 親から貰った二本足で動きなさいよ。実体化して動くの、かなり面倒なんだからね』


「俺の魔力から引っ張っていいから、頼むよ」


『……分かったわよ』


 溜め息する身振りの後、馬は半透明だった姿を濃くしていく。実体化だ。

 一分も経たないうちに、彼女は人を乗せることが可能な状態へと変化する。


『さあ乗りさない。そこのお嬢さんもね』


「……」


 イダメアはまったく反応しない。遺跡オタクなのを指摘した時と同じように、驚きで身を固めている。


「しゃ、しゃ、喋るんですか!?」


「? そりゃあ精霊は――って、帝国には精霊使いがいないのか」


「ええ、王国独自の魔術系統ですから。――えっと、コレさんで宜しいんでしょうか? よろしくお願いします」


『あら』


 丁寧に頭を下げる令嬢に、彼女も気分を良くしたらしい。向きを変えて、イダメアの頬を舐めている。


「あ、あの……」


『信頼の証よ。うちのご主人と違ってなかなか良い子ね。――ほんっと、良い子よねぇ? ねえ?』


「お、俺だっていつも感謝してるだろ! 魔力だって大半食わせてるじゃないか!」


『お礼のし方がワンパターンすぎるのよ。さすがに飽きてきたわ』


「飽きてきたってお前……」


 がっつり叱ってやりたい気分になる。――でも、更に機嫌を悪くして困るのはこっちだ。触らぬ神に祟りなし。


『お嬢さん、自己紹介しておくわね。私はヘカテ。こんな姿だけど、元は王国で祭られてた女神なの』


「め、女神様、ですか?」


『そうよ。でもある日突然、ウチの冴えない上司がねえ……』


 小言モードに入ろうとするヘカテだが、溜め息だけに押し留める。


 俺は表情に出さず安堵していた。彼女の愚痴に付き合っていたら、日が暮れてしまうのは確実。魔獣と戦いながら聞かされたことだってある。


『――で、奥の扉に行きたいんだっけ? 私が連れて行ってあげるわ。……こっちのお嬢さんだけ』


「じゃ、じゃあ俺はどうすんだよ!?」


『走るに決まってるでしょ』


「な――」


 決定を下してから、女神の行動は速かった。イダメアを背中に乗せたかと思うと、俺には目もくれず走り出す。


「くそっ、サモン――」


 言いかけて、現段階での召喚が不可能なことを知る。


 ヘカテは三つの側面を持つ精霊だ。一度に呼び出せるのは精霊砲を撃つ時ぐらいで、実体化までした以上、彼女の分身に等しい存在を呼ぶことは出来ない。


「ま、マジで向こうまで走らせる気か!?」


『当たり前でしょー。ほら、急ぐ急ぐ』


「ぐぬ……!」


 見る見るうちに離れていく二人を見て、抗議が無意味なことを自覚する。

 仕方なく、俺は自分の足で彼女達を追った。

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