第14話 古代文明 Ⅰ

 山岳地帯の奥で、助けを求めてきたドワーフ達は発見された。


 幸いにして全員無事である。スパルトイ達とは遭遇したわけじゃなくて、遠くから目撃しただけだったそうだ。


「た、頼む工房長! もう少しだけワシらに時間をくれ! なんだか分かりそうなんじゃ!」


「つってもなあ……」


 代表らしきドワーフは、工房の長であるキュロスに主張を繰り返していた。

 その理由は、彼らの後ろを見れば分かる。


 遺跡だ。イダメアが喜々として語っていた古代文明の遺跡。それが今、俺達の前に広がっている。


 建物はいずれも風化が激しい。半分以上が崩れているものも多く、何者かに襲われでもしたら簡単に全壊してしまうだろう。


 そして帝国と敵対する王国は、そういった行為を日常的に行っているらしい。……さすがに帝都の近郊を襲撃するとは考え難いが、魔獣と戦った後では説得力に乏しかった。


「なあいいじゃろ? 見張りは常に立てておくし、魔獣の気配を感じたら直ぐに逃げる! じゃから日が暮れるまで――いや、あと一時間でもいい! 調査を進めたいんじゃ!」


「……どうする? 兄ちゃん。こいつらを救ってくれたのはアンタだ。アンタに決定権があると思うんだが」


「そう言われても――」


「調査続行ですね。ええ、さすがミコトさんです、これは仕方ありませんからね」


「……」


 勝手に話を進められてしまったが、とにかくイダメアはやる気満々だった。


 こうなると俺も断りにくい。実際、個人的に遺跡への興味はあるのだ。……神器だって壊してしまったわけで、少しは修復の手掛かりを得ておきたい。


「――キュロスさん、彼らの希望通りにしてもらえませんか? 俺がここに残って、魔獣は警戒しますから」


「……分かった、兄ちゃんがそう言うなら止めはしねえよ。ああ、竜車は残しておこうと思うんでな、帰り道に乗って行け」


「助かります――って、これはナーガさん達に言うべきですかね?」


「だなあ」


 決定を聞き、ドワーフ達は歓声を上げる。

 彼らは俺の方に次々と握手を求めてきた。みな男性らしい、岩のように堅い手の持ち主である。


「んじゃあ兄ちゃん、オイラは帰らせてもらうぜ。騎動殻の実験もあるんでな」


「ああ、お気をつけて。……古文書の話、帝都に戻ったら直ぐ聞きますんで」


「はは、働き者の兄ちゃんだなぁ。でも今日じゃなくても構わんぜ? こうして仲間達を助けてくれたんだからな。こっちの都合ばかり押し付けるわけにはいかねえさ」


「……じゃあ、俺の都合を押しつけても良いですか? 古文書のこと気になりますし、やっぱり最初に約束したことなんで」


「――なるほど。そう言われちゃ、オイラも断るわけにはいかねえな?」


 イダメアにも使った戦術だが、上手くいったらしい。

 意味ありげな笑みを浮かべてから、キュロスは遺跡に背を向ける。見送るドワーフ達の声は、山の隅々にまで響き渡りそうなほど騒がしい。


「さあさあさあ、急いで遺跡の調査を進めましょう。こうなったら一秒たりとも無駄には出来ません」


「……本当に遺跡が好きなんだな、イダメアは」


「いえ、私などはとても。ただ皆さんと同じように、古代の文化が好きで好きで好きで仕方なく――」


「……」


 俺が介入する隙もなく、イダメアは古代文明に対する情熱を語り始めた。


 狂気すら感じる彼女だが、ドワーフ達は目の色を変えて喜んでいる。俺と同じように握手を交わした後、濃厚な歴史の世界へと飛び込んでいった。


 話は聞こえているものの、当然ながら何が何だか分からない。初めて聞く用語が飛び交っていくばかりだ。

 神器の話題が聞ければと耳を傾けてみるが、手応えはゼロに等しい。


「ではミコトさん、遺跡に向かうとしましょうか。もしかしたら神器の修復に関する手掛かりがあるかもしれませんし」


「イダメアはここ、来たことないのか?」


「初めてですね。……お恥ずかしい話ですが、この遺跡はつい先日発見されたものでして。あまり調査は進んでいないんですよ」


「だから急いでるのか、皆」


「どちらかというと、興奮している、でしょうね。神器や魔導具の情報が出ることは多いですから、期待しているんですよ」


 話している間にも、ドワーフは意気揚々と遺跡の中に入っていく。


 イダメアは迷わず後に続いた。素人さんお断りの会話を繰り広げるのも相変わらずで、ちょっとした疎外感すら覚えてしまう。


「――しかし、本当に遺跡だな」


 並ぶのは、石を積み重ねただけの簡素な建物。

 中央には塔のような巨大な神殿が建っており、古代の街並みを俯瞰している。大きさは相当なもので、集合したスパルトイにも劣らない規模だ。


「本当にここから、神器が出るのか?」


「……極端な話、この遺跡から見つかるかどうかは分かりません。が、過去に発見された遺跡で、何度か神器も発見されています。私も立ち会った経験がありますし、保証はしますよ」


「そうなのか……神器は魔導具の原型だっていうから、工房みたいな建物があると思ったんだけど……」


「この遺跡では今のところ発見されていませんね。中央の神殿も、あくまで政治の中心だったそうですし。ただ――」


「?」


 イダメアは、近くにある家らしき建物へと入る。


 中は当然ながら荒れ果てていた。人が生活した痕跡すら残っておらず、この町がどんな風に滅びたか想像すら出来ない。


「ああ、ありました」


 中を観察していると、彼女は床から小さな石板を拾っていた。


「なんだそれ?」


「この町で使われていたと思われるお守りです。古代文明の遺跡には結構あるんですよ。――あとほら、ここを」


「――竜の紋章、か?」


「はい。帝都にいるナーガの先祖とされている竜王ですね。古代文明には、守護神として彼らが存在していたそうで。――実は竜王の鱗って、神器の素材だって言われてるんですよ」


「じゃ、じゃあ、その鱗を集めれば治せると?」


「簡単には行きませんけどね。なかなか見つからない上、鱗は加工が難しいそうなんです。これまでも何人もの職人が挑戦したのですが、その」


「失敗、か? むう、使えれば良かったんだけどな……」


「……まあ竜王の鱗――『竜燐』は遺跡によって加工できる例もあるそうですから、発見し次第持ち返りましょう。キュロスさん達がどうにかしてくれるかもしれません」


 なら、とさっそく付近を探ってみるが、同じような品は見つからない。


 一方でイダメアは、お守りを様々な向きから凝視していた。細かな彫り込みまで確認するつもりらしい。


 見ているこっちは退屈でしかないので、もう少し行動の範囲を広げていく。まあ、門外漢の自分が興味を引きそうな物は無いんだが。


「……ん?」


 いや、あった。

 家の外ではあるが、地面に白い何かが落ちている。ちょうど掌に乗るぐらいの、割れたガラスにさえ見える何かだ。


 夢中になっているイダメアを放置して、俺は外へと回り込む。

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