第13話 撒かれた者 Ⅱ

「親玉の登場か……!」


『――』


 さすがに骨、返事はない。

 故に彼は、行動で歓迎の意を示してくれる。巨大な剣を振り上げ、直前と同じように振り落とす。


 動き自体は鈍い。回避する分には造作もなく、俺は無傷のまま頭部へとかけ寄る。


 どこに呪縛結界が適応されているのか――それを確かめるには、攻撃してしまうのが一番だ。こちらには共同戦線を張っている仲間もいないわけで。

 だが。


「!?」


 巨大なスパルトイの頭部は、あっさりと砕け散った。


 呪縛結界があるか無いかの問題じゃない。巨大スパルトイは無いも同然の防御力で、神器の攻撃を防ぐことが出来ずにいた。


 残りの四体が、一斉にこちらへ反応する。

 危険な対象だとようやく認識してくれたらしい。手間だって省けるというもので、順調すぎて怖くなる。


「どういうことだ……?」


 一方で、頭の中は疑問で一杯だった。


 これまで数十、あるいは百に近い魔獣を撃破してきたが、例外なく呪縛結界は保有している。傷を与えるには、結界を解除することが大前提だった。


 しかし今回は違う。呪縛結界を解除していないのにも関わらず、簡単に攻撃が通ってくれた。


「結界が存在していない――?」


 迫る四体のスパルトイを眺めながら、そんな結論に辿りつく。


 しかしそれこそ有り得ない話だ。魔獣というのは基本、呪縛結界が大前提になっている。彼らが魔獣である以上、それは絶対的な基準でしかない。


 彼らの正体がドワーフのような亜人族であれば、疑問の解消には繋がるが――


「当たりだったら恐ろしいな……」


 もう何体も砕いて――いや、殺してしまった。正当防衛みたいなものだとは思うが、帝国ではどこまで言い訳として通用するのか。


 ともあれ近付いてくる四体を無視することは出来ない。……可能な限り迅速に撃破しよう。何か隠された能力を持っている可能性もある。


『――!』


 敵同士とも呼べる関係だからか、巨大スパルトイは連携のれの字もなく攻めてくる。

 お陰で単調。これまでと対策は変わらない。


 避けて砕いて、飛んで砕く。一体目と二体目の撃破は刹那に達成され、遅れて近付く残りの二体と万全な状態で対立する。


「っと」


 精霊の加護を受けている肉体は、一息で数メートルの跳躍を成した。


 そのまま三体目を粉砕する。残るは一体。……雑兵については、五体が脇目も振らずに走って来たので殆どが蹴散らされた後だった。


「……もう少し、仲間は大切にしたらどうだ?」


『――』


 ようやく自分の不利を悟ったのか、巨大なスパルトイは一歩身を引いた。


 しかし俺の方には逃がしてやる気など毛頭ない。今までの常識から外れた魔獣でもあるのだ、早々に決着をつけた方がいいだろう。


 轟音を立てて、スパルトイが飛びかかる。


「遅いな……!」


 最小限の動きで回避し、懐へ一直線。

 待っているのは、見応えのない顛末だけだ。


『――』


 胸から真っ二つに両断されたスパルトイは、そのまま抵抗せず崩れていった。地面まで落ちた時には、文字通りバラバラに砕け散る。


「……よし」


 細かいのが何体か残っているものの、戦果は全滅に近い。……どうやら、身体の動きは鈍っていなかったようだ。


「ミコトさん!」


「?」


 しかし、少女の声が警戒を促してくる。

 気配は背後。彼女とは別の何かが、乾いた音を立てて誕生しようとしていた。


「ちっ、再生能力でも――」


 舌打ちの直後に振り向いて、彼らの変化に言葉を失う。


 確かにスパルトイ達は蘇っていた。ただし一体。上半身だけの、先の五体より更に大きな巨人となって、目の前に形を作っている。


 そう、まだ途中だった。


 骨の巨人はゆっくりと身体を起こしながら、砕け散った同胞達を吸収していく。先ほど、バラバラになったスパルトイさえ奴の餌。転がっている剣と盾も同じだった。


「おいおい……」


 五体の倍以上――十メートル近くはありそうな巨体。

 それが、骨の魔獣の正体だった。


「……とすると、再生、融合が呪縛結界の能力か?」


 結界は鉄壁の防御力を誇るのが通例だが、中身には多少の差がある。その中にとんでもない速度で再生する魔獣は、これまでにも見たことがあった。


 とはいえ相手としては対処しやすい。肉片を一つも残さず、吹き飛ばしてしまえばいいからだ。謎々を解いたりするよりは、よっぽど明確で簡単だろう。


「サモン」


 個体名を呼ぶことなく、精霊達に呼びかける。


 呼応したのはセルビナで呼ばれた馬の他、獅子と蛇の計三頭。いずれも実体を持たない精霊だが、一つとなったスパルトイを睨んでいる。


「得物は違うが、今回も似たようなもんだ。頼むぞ」


 三種の獣はそれぞれ応じると、魔力となって神器に宿る。


 物質への憑依は精霊の基本的な能力だ。……神器へ使用して良いのかどうか迷いはあるが、他に武器もないので仕方ない。


 剣は淡い光を帯び、炎のように燃えている。


「――」


 振り上げられるスパルトイの腕。

 山すら砕きかねなない一撃を前に、俺は逃げる選択肢を失っていた。


「久しぶりの解放だ。思う存分暴れてくれよ……!」


 決着は一瞬。

 俺が神器を振り下ろした直後、巨大な斬撃がスパルトイを飲んだ。


「――」


 山岳の一部が削り取られるほどの、その威力。


 イダメアの安否が気になるが、どうやら無事らしい。隠れていた岩陰から顔を出して、間近で起こった現状に口を開けている。


 スパルトイは影も形も残っていない。小さな欠片に至るまで、すべて精霊の一撃によって消え去っている。


「み、ミコトさん、今のは……」


「精霊砲、って魔術だよ。あいつらが溜め込んでる魔力を解放して、攻撃に転用する力技……でいいのかな? まあ一日に何発も使えないんだが」


「……まさか王国の魔術師は、全員それが出来るのですか?」


「まさか。逃げてる途中だって、こんなことやってくる魔術師はいなかったろ? 精霊ありきの魔術だから、王国の一般的な魔術師じゃ使えない」


「そうですか……」


 胸を撫で下ろしてから、イダメアはやっと岩陰から出てきた。


 スパルトイの残党がいないかどうか、俺は念入りに周囲を探る。――可能なら精霊を出したいところだが、精霊砲の直後に使ったんじゃ彼女のヘソを曲げかねない。


「……やっぱり全滅してそうだな。思ったより楽で助かったよ」


「お陰はありませんか? よければ一旦、帝都に戻って――」


「ちょっと疲れたぐらいだから大丈夫だ。万が一敵が残ってても、最初の時と同じぐらいには暴れられる」


「……では、いったん工房長に連絡しましょう。助けを求めてきた人達を探さなければいけませんから」


「ああ、そう――」


 妙な感覚がして、俺は神器を握っている右手を見た。


 無い。

 剣の根元から先、ある筈の刀身が綺麗さっぱり消えている。


「は? どういう――」


「み、ミコトさん、足元です」


 全身に冷や汗を掻きながら、指摘の通り視線を落とす。

 刀身は地面に落ちていた。……全体に渡ってひびが入っており、武器としての性能は完全に失っている。


 つまり。


「あれ? 俺が壊したの?」


「……」


 アントニウスの時と似た視線を、イダメアは俺に向けてきた。

 頭を下げるしか方法がないので、そうさせてもらうことにしよう。

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