第二章 魔獣狩り、そして古代の地へ
第12話 撒かれた者 Ⅰ
魔獣が現われたというのは、帝都の郊外にある山岳地帯。距離としては、竜車で数時間かかる距離にあった。
「あれだな」
荒い道を上り切った先。小さな山の頂上で、俺達は肝心の問題と対峙する。
その魔獣は群れだった。視界に映っているだけでも、数は五十を上回っている。……救助を求めているドワーフ達は見当たらないし、奥の方も数えればもっと大所帯だろう。
「……骸骨、ですね」
「そうだな――って、どうしてイダメアまで一緒に来てるんだよ……危ないだろ?」
「そうは言われましても、私だって気になります。この先には重要な遺跡がいくつもありますし……いざとなったら、私一人でも遺跡を守らないと」
「――その時は絶対呼べよ? あ、返事はハイだけで頼む」
「は、はい」
校長室の時とは逆になってやり取りしながら、俺はもう一度魔獣たちの姿を覗く。
骸骨。
鎧に剣、盾を持った骸骨たち。揃って周囲を警戒しており、こちらの存在に気付いたような素振りはない。
一方、彼らは味方同士で敵意を振りまいているようにも見えた。その証拠に骸骨同士が近付くと、お互いに睨み合ってから離れていく。
「……彼ら、本当に団結して事にあたっているのでしょうか?」
「さあな。――じゃあ工房長、俺が先に様子を見てくるので、じっとしててください。もちろん、危険を感じたら逃げて構いませんから」
「すまねえな。――ああ、マナ板を取りに行った連中が見つかったらどうする? 直ぐに連絡を取れた方がいいだろ?」
「ですね……じゃあ俺の方で使い魔を飛ばします。皆さんを連れ出せる状況になっている場合、先導させますので」
「分かった」
キュロスは一切の異論を挟まず、後ろに止めている竜車の方へ戻っていく。
魔獣が危険であることもあって、リナはここに連れてきていない。……イダメアは強引に、というかほぼ勝手に乗り込んできた。まったく迷惑な美少女である。
「……ま、俺が守ればいいだけか」
「? ミコトさん? 小声で今なにか――」
「独り言だよ。……いやちょっと待て、まさかこの後も付いてくる気か?」
「当然です」
歯切れの良すぎる返事だった。
ああ、もういい。こっちで責任持てばいいんだ。見たところ強力な魔獣じゃ無さそうだし、守りきるのは難しくないだろう。
「さてミコトさん。あの魔獣達、記憶にありますか?」
「……これらしいのを以前、古文書で読んだことはある。でも情報が少なくてな、他の種類って可能性も――」
「ミコトさん」
イダメアが指を差した方向には、目立つ骸骨の騎士がいた。
その特徴は、とにかく巨体であること。骨しかないのに巨体と言っていいのか分からないが――騎動殻と同じか、少し小さいぐらいの背丈だった。
身に纏っている武具も同様に大きい。周囲の骸骨達を威圧するように、威風堂々と歩いているのが印象的だ。
「群れの長でしょうか? 有力な情報になりそうですが……」
「――その通りだな。見ろよ」
長の骸骨は一体じゃない。
二、三、四、五――同じ体格の骸骨が五体いる。が、彼らは馴れ合う様子を見せず、これまでと同じように敵意を放っていた。
「スパルトイ、かな」
「それは、どのような?」
「竜の牙から生まれたって魔獣だ。奴らはかなりの数が生まれたらしいが、誕生と同時に殺し合ったらしい。生き残りは五体で、のちのち貴族になったとか」
出典はギリシャ神話になる。その竜は軍神の血を引いており、ある英雄の仲間を喰った。そして英雄に倒され、彼は牙を手に入れることとなる。
別名、撒かれた者。英雄は手に入れた牙を、女神のお告げで大地にばら撒く。すると唐突に、彼らは人の姿をえたのだとか。
「……合致する要素がいくつもありますね。しかし、消滅させるにはどうすれば……」
「とにかく倒すしか無いんじゃないか? ボスの五体はともかく、他の連中には呪縛結界もないだろうし」
なら、方針は決定だ。
イダメアを岩陰に残し、俺はスパルトイ達の元へ歩き始める。アントニウスから渡された神器を抜刀するのも忘れない。
「ミコトさん、ご武運を」
「な、なんだ仰々しい。意外と信用ないのか? 俺」
「そうではありません。……人生、油断しているととんでもないしっぺ返しを受けることもありますから。くれぐれも警戒は怠らないように、と」
「……確かに、図に乗り過ぎて死んだりしたら最悪だな」
俺の身体は頑丈だが、それでも不死なんて化物レベルではない。脳が破壊されればそこまでだし、心臓を破られても死ぬだろう多分。
少しの余裕を持って、隠れているイダメアへ手を振る。お陰で彼女は余計心配そうだ。
同時に、スパルトイがこちらに気付く。
開戦までは、ほんの一瞬だった。
「っ……!」
合図も何もなく、一斉に骸骨の兵士が襲いかかる。群れを率いている五体のスパルトイも、全員が俺の方へ向いていた。
どうも、敵への対処は満場一致で決まったらしい。
ならこちらも、全力で応じるまでのことだ……!
「ふ――!」
神器による一閃が、骨を砕く。
その過程に何ら特殊なものはない。ただ剣を振って、倒すだけ。強大な力を秘めているとは思えないぐらいに普通だった。
もちろん、攻撃の手を止める理由にはならない。
「サモン・コレ!」
短く自分に命令する。
突如として現われたのは一頭の馬だった。彼女は嘶いた後、俺の身体へと溶け込んでいく。
直後、敵の砕ける速度が上がった。
攻撃のテンポが速くなっている。呼び出した狼――精霊の力で、地上を飛ぶように駆けていく。
それが精霊の力。王国でも数名しか使い手がいない、禁断の魔術。
今は三つある側面のうち、機動力の強化を担当する力を呼び出している。他に二つの力は、現段階だと使用する必要はない。
風と同化した錯覚さえ得ながら、疾走する。
「おお……!」
スパルトイの数は目に見えて減っていく。……その最中に動けなくなっているドワーフ達を探してみるが、らしい人影は見当たらない。
代わりに、
「っ!」
巨大なスパルトイの一体が、こちらに狙いを定めていた。
味方さえ巻き込む剛の一撃。躱しきれなかったスパルトイは砕けるだけで、悲鳴の一つすら零せなかった。
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