第11話 小さな彼女がいる工房 Ⅲ

「よっと」


 リナは数段飛ばして、平らな地下の床に降りる。


 何となく真似をした後には、巨大な空間が目に入った。数時間前に見た貴族の屋敷が、丸々一つ収まりそうな広さである。


「――」


 その中央に、空間の主は鎮座していた。


 全長は五メートル程だろうか? 人の形をしており、左右には加工済みと思われるマナ板が何枚も重ねられている。


 作業に当たっている人数は多く、全員がベテランだった。工房の威信をかけている魔導具の制作現場だと、素人目にも伝わってくる。


「鉄の、人形……?」


 あるいはロボット。

 呆然と呟く俺には、それがSF小説にでも出てきそうな兵器としか思えなかった。


 具体的な外見は、甲冑を着た騎士を連想させるもの。赤一色で染められており、その存在感と威圧感をより強固にしている。

 頭部の右側には角が一本。位置の問題でユニコーンとは言い難いが、特徴としては申し分ない。


 無機質な双眸はじっと、冷たい床を凝視していた。


「お父さーん!」


 指示を飛ばしているドワーフへ、リナは大声で呼びかけた。


 声を聞いた男性は即座に振り向くと、破顔してから駆け寄ってくる。巨大な人形の傍で作業している者達も、おお、と声を揃えていた。


「おおリナ! さっそく連れてきおったな!」


「うん! ――お兄さん、紹介するね。ウチの工房長でアタシのお父さん、キュロス。で、お父さん、こっちが――」


「ああ、聞いとる聞いとる。……ミコト君、じゃろう? さっきアントニウスの旦那から連絡があったぞ」


「よ、よろしくお願いします」


 巨大人形から注意を逸らせないまま、俺はキュロスに挨拶を送っていた。


 とはいえ彼は気にする様子もない。むしろ好意的にすら思ってくれたようで、巨大人形の足元に歩いていく。


「兄ちゃん、こいつを見るのは初めてだろ? こいつは騎動殻きどうかくっつってな、帝国が誇る最強の魔導具さ。神器にだって負けやしねえんだぜ?」


「ど、どうやって動かすんですか?」


「そりゃあ、外の魔術師から魔力を流し込んでだよ。見た目通り、人形見てえに動かすのさ」


「……」


 唖然としながら、俺は件の騎動殻を見上げていた。


 地球にいた頃、こういう人型の兵器が動く作品は何度か見たことがある。その点からすれば、まあ正面にあるモノは見馴れていると言えなくもない。


 しかし実際は別だった。この巨大な物体が動く光景が、直ぐにイメージとして湧いてこない。本当に動けるのかどうか、疑問さえ抱いてしまう。


「兄ちゃんに頼みてえのは、この騎動殻に新しく仕込む鎧についてでな。古文書周りの問題もあるし、オイラじゃどうしてもお手上げなんだよ。頼めるか?」


「そ、それはもちろんです。……でも、何をするんですか? 俺はカナヅチ振ったり出来ませんよ?」


「はは、んな力仕事じゃねえさ。……具体的にオイラが頼みてぇのは、騎動殻との模擬戦。そのあと古文書を解読して、その内容を元に鎧を作る」


「ど、どういうことですか?」


「えっとなあ、呪縛結界って、兄ちゃん知ってるだろ?」


 王国でも再三聞かされた言葉に、俺は迷わず頷いた。


「呪縛結界って、魔獣に施されている守りのことでしょう? これがあるからこそ、魔獣は鉄壁の守りを誇ってるって」


「そうそう、兄ちゃんは何度も魔獣倒してるから、馴染みの言葉だな。――んで、この呪縛結界を騎動殻に組み込もうとオイラは考えてる」


「そてで、古文書の解読を?」


「ああ」


 二つ返事のキュロスだが、俺の方は納得しきれない部分があった。


 イダメアが帝国兵を連れてくる直前、遭遇した魔獣・スフィンクスの末路。奴は呪縛結界を突破され、結界の力によって消滅した。


 なら、同様のリスクを騎動殻は負うことになる。


「……兵器として使うには、ちょっと難しいんじゃないですか? 呪縛結界の突破方法を知られていたら、戦う前に壊れる可能性も……」


「確かにそうだな。兄ちゃんが帝国に来る直前も、同じようなことがあったんだろ? 確か、スフィンクスだっけか?」


「はい。あいつは神話――じゃない、古文書の中では、旅人に謎かけをする存在でして。……正解を出されると、何でか死んでしまうんですよ」


「……で、同じようなことが騎動殻に起きたら意味がねえ、と。まあその辺りは心配ねえんじゃねえかな?」


「ど、どうしてですか?」


「兄ちゃんしか分からんだろ? 古文書の中身なんて。だったら心配する必要は何もねえじゃねえか」


「で、ですが――」


「?」


 言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。


 アントニウスは、帝国人とお人好しだと評していたじゃないか。仲間を疑うなんてのは言語道断で、キュロスも同じ考えを持っているんだろう。


 ……つくづく心配になってくる。目が離せないとはこのことか。


「とりあえず、今から模擬戦を頼みたい。場所は工房の更に下、騎動殻用の訓練場で行うことにする。兄ちゃんの実力、見せて――」


「工房長ー!」


 転びそうな勢いでやってきた、一人のドワーフ。

 彼は俺達に目をくれることもなく、真っ先にキュロスへと泣きついた。


「なんじゃ騒々しい。客が来とるというのに……」


「そ、それどころじゃねえ! マナ板を取りに行った連中が、魔獣に囲まれて動けねえって――」


「……だそうだ兄ちゃん。さっそく一仕事、頼めるかよ?」


 無論。

 俺は二つ返事で頷いて、地上への道を戻っていった。

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