第10話 小さな彼女がいる工房 Ⅱ
「あ、あのさあお姉ちゃん、どうして駄目なの? お兄さんのこと、気になってるんじゃないの?」
「……」
「あー、黙っちゃうってことは事実だね! やっぱりおばさんの血を引いて――ごめんなさいごめんなさい! 余計なこと言わないから! もう言わないから!」
「少しも信用できないのですが……」
見せつけるように溜め息をするイダメア。――最中、リナに気付かれないよう俺のことを見つめてくる。
視線には謝罪が込められているようで、他の感情もあるような気がした。軽く赤面しているのも影響がある。
まさかとは思うが彼女、本当に――
「えっと、とにかくウチの工房に行きたいんだよね? 案内するよー!」
「ええ、お願いします。――ただし、余計な口は開かないように」
「わ、分かってるってば。……お姉ちゃんはいつも冷静な癖に、一回崩れると隙だらけになるもんだねー」
「おや、余計な口はそこですね?」
「わわ、いつもの調子に戻ってる!?」
ひゃー、とリナはわざとらしく逃げていく。
少し離れたところで、彼女はクルリと反転して手を振った。その向こうからは熱気の籠った、鉄を打つ音が響いてくる。
「……すみません、騒がしい子で」
「や、俺は別に迷惑してないぞ。一番困らされたのはイダメアじゃないか?」
「そ、それは、まあ」
お陰でこっちは美味しい思いをしたぐらいだ。無論、口が裂けたって当人の前じゃ言えないが。
「さて」
まだご機嫌斜めなイダメアと一緒に、俺は工房の中へと入る。
予想通り、一番最初に出迎えてくれたのは熱気だった。
注目したいのはもう一つ。入り口から少し歩いたところにある、巨大な板だ。どうも熱を放っている原因らしく、付近にいるドワーフ達は定期的に額を拭っている。
「……」
作業中の彼らは、外でも見た槍らしき物を握っていた。
といっても使っているのは一部だけ。板の真上に張り巡らされた、通路の上に立っているドワーフだけだ。
「あれ、何してるんだ……?」
「魔導具の性能を決める、呪文を刻んでいるんですよ。彼らの足元にあるのはマナ・プレートと言いまして……あれを加工すると魔導具になります」
「ふうん……」
作業に取り組んでいるドワーフは二名。巨大な筆を操るかのように、プレートへ文字を刻んでいく。
「おい、もうちっと左行ってくれ! 通路が邪魔になって刻めん!」
「馬鹿もん、右じゃ右! 左のパターンはこの前やったろうが!」
「ああ? もう一回やるんじゃよもう一回! 前回はプレートが木っ端みじんに吹き飛んじまったからなあ!」
「ああ? また失敗する気かこのマヌケ! 酒を奢るんなら許してやる!」
「下戸のお主が相手じゃ、安い買い物じゃのう!」
上に立っていたドワーフの指示で、巨大なプレートが左へずれる。提案者は大いに喜びながら、腕に染みついている技術を披露し始めた。
その後も作業は順調に進んでいく。――上の二人は相変わらず怒号を飛ばしあっているが、注意する者は一人もいない。
工房自体の空気が悪くなる様子もなしだ。日常的な光景なんだろう。
「……」
「あー、お兄さん。見惚れてるところ悪いんだけど、ちょっと奥の方まで来てくれないかな。古文書について話したがってる人がいて」
「ああ、もちろん。イダメアも構わないよな?」
「見学の主役はミコトさんですから、貴方が宜しければ構いません。……ですがその、少々お手洗いに行ってもいいでしょうか?」
「……駄目って言ったらどうすんだよ」
「その時に考えます。――では」
いつものように頭を下げてから、イダメアは工房の外へと出ていく。……本当、駄目出しされたらどうするつもりだったんだろう?
「――」
小さくなっていく後ろ姿を見守る人物が、一人。
日常にある光景だろうに、リナはこれまでと打って変わって不安そうだった。
「何かあるのか? イダメアのやつ」
「え? ――や、やだなあお兄さん。アタシそんな顔してた?」
「してた」
「そ、そっかぁ。でも平気だよ? イダメアお姉ちゃんが帰ってきた初めて会ったから、色々と思うところがねー」
「……なるほど」
本人がそう言うならそうなんだろう。あり得ない理由でもなさそうだし。
リナは表情を切り替えて、工房の奥へと案内してくれる。
最初に見たドワーフ達と、同じような作業をしている者は多くいた。
呪文を刻むための槍を持っているのは、総じて熟年のドワーフ。マナ・プレートを動かすのは若い連中の仕事らしい。
「……このマナ・プレートって、どういう過程で作られるんだ?」
「えっとね、マナ板は石とか土が、長いあいだ魔力に晒され続けて出来るらしいよ。魔力でコーティングされてる物質、って言えばいいのかな?」
「魔力ってのは、魔術の元とかだよな? よく知らんけど」
「うん、そうだよ。空気中を漂ってて、これを自分用に加工できるのが魔術師。……加工した魔力の質で魔術師の格が決まるっていうけど、帝国は違うんだよねー」
「魔導具があるから?」
「そそ。お陰で魔術の腕よりも、肉体自体の能力が評価されやすいの。まあ絶対的な基準じゃないけど、こう、環境的にね。帝国人は寛容だけど、そこは気をつけて」
「ああ、分かった」
リナは年頃の少女らしく、無邪気な笑みを浮かべて案内を続行する。
……なんだか、とても新鮮な感覚のある少女だ。イダメアが冷徹な美少女なのもあるんだろう。正反対の雰囲気を持つリナの方が、等身大の少女に近いかもしれない。
まあ女性経験の皆無な俺が言っても、説得力は少しも無いんだが。
「……ところでマナ板ってマナ・プレートのことか?」
「そうだよー。あ、台所で使ったりするアレじゃないからね?」
「いきなり言われたら勘違いしそうだけどな……」
「あはは、確かに」
と、奥に続くと思われる階段が目に入る。学校の時とは逆で、地下へ続いているようだった。
左右には、屈強なドワーフが二人。
手にはマナ板を刻む道具ではなく、正真正銘の武器を持っている。関係者以外立ち入り禁止、をより強く印象付ける構図だった。
しかしリナは怯まない。警備に当たっている二名のドワーフも、俺に対して敵意を示すことなく通してくれた。無言で手を出して友好の握手を求めるぐらい。
「この先に工房長がいるから。暗いから気をつけてねー」
「……」
いったい何が待っているのか――リナの父親だけではあるまい。警備に当たっていた者がいた以上は。
辺りは徐々に暗さを増していく。が、それも長くはなく、進行方向から明かりが漏れていた。
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