第9話 小さな彼女がいる工房 Ⅰ
魔術学校から、竜車で更に西へ向かうこと数十分。
辿りついたのは商店街に似ている場所だった。大小さまざまな店舗が軒を連ね、熱心に客を集めている。
「これが、魔導具?」
「そうなりますね。遺跡から発掘された神器を元に作られた者です」
店のショーケースらしきスペースに置かれているのは、鎧や剣といった武具だった。
いずれも外見は似通っているものの、異なる宣伝文を紙に記している。詠唱時間の半減に成功! や、魔力消費激減! といった風に。
「やはり珍しいですか? エルアーク王国では、魔術の系統が異なりますしね。町にこういう店は並んでいないでしょう」
「そうなのか? 王国の街並みなんてほとんど見てないから知らんけど……」
「――そうでしたね、失礼しました。……試しにどこか入ってみますか? 武具の他、日常生活で使う魔導具もありますよ。フライパンとか」
「ぶ、武器だけじゃないのか? 一体どういう仕組みで――」
作ってるんだ? と言葉を結ぼうとした直前。視界の中に、妙な人々が映っていた。
小人である。
俺の肩か、脇の辺りまでしか背丈がない人達。といっても子供ではなく、きちんと大人の顔をしている。髭を生やしている者も多い。
彼らは手に槍のような物を持っていた。先端が尖ってはいないものの、得物だと聞かされれば納得するしかない代物である。
「あの人達は……」
「ドワーフですね。魔導具の製造を専門とする亜人族です。少々乱暴なところがありますが、根は良い人――失礼しました。余計な先入観を与えてしまいますね」
「いや……もう普通に話していいぞ? 何言われたって、最終的には自分で判断するんだから。――それに、偏見を持ちそうだと疑われるようでくすぐったい」
「! そ、それは失礼しました……!」
かなりショックだったのか、イダメアは一度だけでなく二度、三度と頭を下げてきた。……必死すぎて、同情したくなってしまう。
「あ、謝らなくていいって。これから注意してくれれば助かる」
「……
「?」
理由はさっぱりだが、彼女は躊躇している。視線も逸らして、何か過ちを犯したようにうろたえていた。
「で、ではミコトさん、お店に入りましょうか? それとも招待を受けている工房へ行きますか?」
「……先に工房の方へ行こう。待たせるのも悪いだろうしな」
「はい」
話したことで冷静さを取り戻したのか、イダメアはいつもの無表情に戻っている。
――しかし一瞬、肩の力を抜くような仕草を見せた。これまで背負っていた重荷を下ろしたかのように、安堵感を浮かべながら。
一体どうしたんだろう? もしかして、案内するのが退屈だったりするんだろうか?
「……なあイダメア、他に用件があるなら構わないぞ? あとは俺一人で回ってくるから」
「はい? 私は今日、特に用事はありませんよ? 研究所もお休みですし……」
「そうなのか?」
ええ、と頷く彼女に、自分の気持ちを押し殺している様子は見られない。こっちの勘違いだったか?
「……何か気になることでも?」
「いや、俺の勘違いだった。早く工房に行こう」
通りかかるドワーフに横目を使いながら、俺はイダメアと一緒に進んでいく。
一帯の賑わいは大したものだ。アントニウスの言から窮屈な雰囲気を想像していたのだが、目に映るのは解放的に動き回る人々。ドワーフも人間も大差はない。
どうして見学が禁じられているのか、気になるのは当然とも言えた。
「工房の見学禁止って、つまり魔導具を作ってる現場を見せられない、ってことなのか?」
「その通りです。といっても、絶対ではありません。……ミコトさんは、父とクリティスさんの会話を聞いたんですよね?」
「ああ。アントニウスさんが問答無用で断ってた」
「それは相手が学生だからです。魔術学校では基本、教師が中心となって施設の見学を行うことは許されていません。学生が自発的に行う場合のみ、許されています」
「じゃあクリティスさんは勝手に、ってことか?」
「その通りです。学生たちにも話を聞きましたが、今のところ工房の見学を希望している生徒はほとんどいません。ドワーフの独壇場ですから」
「なるほど……」
客らしき人物を覗けば、通りを闊歩しているのはドワーフばかり。人間の職人は一人も見当たらない。
と、直後。
「イダメアおねえちゃーん!」
正面に見える大きな工房。その正面玄関から、ドワーフの少女が駆け寄ってくる。
他の同族と同じ、背丈の低い少女だった。が、身体のうちに秘めているエネルギーは相当なものなんだろう。風を切るような勢いで走ってくる。
「お姉ちゃん、久しぶりっ! 元気してた?」
ノースリーブの作業着を着た少女は、いったん勢いを殺してからイダメアに抱きついた。
親しい関係なんだろうか? 彼女はこれといって嫌がる素振りもなく、飛び込んできた少女を受け止めている。
「久しぶりですね、リナ。そちらこそ元気にしていましたか?」
「もっちろん! ――あ、この人ってもしかして、お姉ちゃんを助けた騎士様!? 凄腕だって聞いてるよ!」
「そ、それはどうも……」
「――」
少女の迫力に押されながら答えると、彼女はイダメアを離れてこちらの元へ。
何故か疑いの目を向けつつ、リナとかいう少女は俺の周囲を回っていた。ふむふむ、と何かに納得してもいる。
最後に大きく頷いて、ドワーフの少女は遠慮なく暴露した。
「お姉ちゃんおめでとう! この人とけっこ――」
「だ、黙りなさいっ!!」
全身で喜んでいた少女の口を、イダメアは目にも止まらぬ速さで塞いだ。
本人にとっては幸い、他の誰もリナの暴露を聞いていない。こちらに視線を向けている者すらおらず、辺りは至って平和なままだ。
もちろん、イダメアの心境は荒れ果てているだろうけど。
「――ぷはぁっ! ど、どうして止めるのー!? おめでたいことなのに!」
「こんな人前で言われたら誰だって迷惑です! ……というか誰から聞いたんですか!? 父からですか!?」
「ううん、班長から。で、班長はお父さんから聞いたんだって。お父さんはアントニウスさんから聞いたって。――皆に言いふらしてたよ?」
「……」
イダメアの表情から、生気というものが消え去っていく。無表情よりも無機質な顔付きだ。
俺も彼女と同じような心境になってくるが、真逆な精神状態の人物が一人。
「お姉ちゃん、どうして困ってるの? お姉ちゃんぐらいの貴族が恋人すら作ったことがないって、まずいの知ってるでしょ?」
「そ、それは、もちろんです」
「だったら喜んでいいんじゃないの? それに聞いたよ? このお兄さんのこと、つきっきりで看病――」
「あ、あの男はそこまで喋ったんですか!?」
再びリナの口を塞ぎながら、イダメアは困り果てていた。
それでも直ぐにリナは解放され、姉と慕っている人物の心を探りにいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます