第十一章 対決、二狼

第59話 どこかで聞いたような女神さま Ⅰ

 グニヘリルの故郷までは、竜車で数時間の道程だった。


 そんな距離のためか、普段は人が来ることなど滅多にないらしい。お陰で俺達が到着した直後の村は大騒ぎ。子供からお年寄りまで、様々な人が出迎えてくれた。


「本当にあるんですか? 村の近くに洞窟」


「ええ、ありますぞ。……といっても、昔のしきたりが御座いましてな。村の者はほとんど近寄りません」


「……もしかして、大当たり?」


 そのようだ。あるんじゃないかと予想はしていたが、まさか本当にあるとは。


 しかしガルムが残っている可能性は低いだろう。彼は解き放たれた後なのだ。戻れば呪縛結界に拘束される場合もあるだろうし、自ら危険を冒すことはあるまい。


 それでも俺達にとっては、そこがゴール。

 何か招き入れるための方法、仕掛けは施しておきたい。……神話の中に使えそうな情報、無かったろうか?


「見えた」


「お」


 噂をすれば何とやら、なのか。

 求めていた洞窟は、村から出て数分とかからない場所にあった。

 

 どれだけ目を凝らしても底は見えない。冥界と繋がっている、なんて噂があれば信じてもよさそうな暗闇が広がっている。


「昔、この辺りから狼の遠吠えが聞こえたそうで。村の者は基本的に近付きませぬ。口にすることすら、恐れる者は少なくない」


「……村の若い人とか、入ったりしなかったんですか?」


「一人だけおります。まあ洞窟の危険性を教えるためのおとぎ話でもあるのですが……その若者は外に帰ることが出来ず、冥界を彷徨う亡者となったのだとか」


「なるほど……」


 本当に冥界へ繋がっているのなら――まあ、興味はある。

 ガルムは番犬であり、その主人だって存在するのだ。対策を組む上で、出来ることなら話を聞いておきたい。


「行くの?」


 不安を一切伺わせず、テューイが下から覗き込んでくる。


 俺は頷くだけだった。冥界に対して、ちょっとした好奇心もある。よっぽどのことがない限り例の若者と同じことにはならない……だろうし。


「ではミコト殿、これを」


 話を聞いていたグニヘリルは、部下から受け取ったカンテラ――らしき物を差し出した。


「マナ・プレートを用いた、携帯用の照明器具で御座います。魔力を流し込めば明かりが灯りますので、どうぞお使いください」


「あ、どうも。……時間が掛るかもしれませんし、グニヘリルさん達は村で待っててください。魔獣が港の方に出現する可能性もありますし」


「いえいえ、お待ちしておりますよ。それにヘリオスにはロキ殿もいる。滅多なことにはなりますまい」


 返す彼は、自信と誇りに満ちた面持ちをしていた。

 やはりロキは相当な信頼を寄せられているらしい。……どうしてカールヴィに後任を委ねたのか、すこぶる疑問だ。


「じゃ、お先に」


「……では行ってきます。あの、本当に何かあった時は、好きに動いてくれて構いませんからね?」


「はは、お気づかい感謝いたします。……ともあれ、ミコト殿は急いだ方がよろしいかと。お連れの片がお待ちですぞ?」


「あ、ああ、そうですね」


 指摘の通り、後ろでは腰に手を当てたテューイが待っている。眉根を寄せて、腹立たしそうにしているのが明らかだった。


 グニヘリルの言葉に甘えて、俺は彼女の隣に並ぶ。

 周囲はあっという間に闇が濃くなった。視覚の馴れでどうにかなる暗さではない。


 なので、貸してもらったマナ・プレートのカンテラが役立つ。


「……あれ? どう使うんだこれ?」


「説明されたばっかりでしょ。魔力を込めれば、それに反応してマナ板が光る」


「どうやって魔力込めるんだ?」


「――」


 絶句されても、分からないものは分からない。

 テューイは俺からカンテラを奪うと、その直後には光を灯していた。ややオレンジ色の、暖かみのある光が洞窟を照らす。


 ……光の行き先を辿っても、映るのは暗闇だけ。お陰で雰囲気はバッチリだ。


「よし、行ってみるか。亡者にならないことを祈りつつ」


「隊長さんが話したのは伝説でしょ? 有り得ない」


「ま、まあそうかもしれないけどさ」


 俺の知っている世界と異なり、この世界はファンタジーで出来ている。伝説なんて、こっちにすれば見る物すべてが該当するわけで。


 原初的な恐怖を掻き立てられながら、俺は奥へと進んでいった。


「……」


「――」


 例によって、会話はない。

 しかし今回については、周囲の雰囲気も手伝っているんだろう。――俺はヘタレらしく後ろに振り返り、太陽の光を確認していた。


 無論、進むたびに光は小さくなっていく。見えなくなるのも時間の問題だろう。


「な、何してるの?」


「い、いや、外の明かりが恋しくてな。――って、テューイもか?」


「わ、私は違う。暗いところが怖いなんて、あ、貴方だけ。私はちっとも怖くない。……一人になるのは慣れっこだし」


「そ、そうか」


 弱い犬ほどよく吠える、の原理というか。とりあえず怖いらしい。


 ここは男である俺が――となけなしの勇気を奮ってみるが、やっぱり怖いものは怖かった。冷たい風が奥から吹き込んでいることもあり、恐怖を一層増大させる。


「で、でも意外。貴方でも怖いものあるんだ」


「不慣れなものは全部怖いぞ。……ここまで暗い場所で、恐怖を少しも感じない人なんていないと思うけどな」


「わ、私は違うって――」


「はいはい、そうですねー」


「むー!」


 からかった俺に対し、テューイは食い縛った歯を見せて抗議する。ご丁寧に顔も赤らめて、可愛いったらありゃしない。


 ロキがこの子を大切に扱うのも理解できる。まあ向こうの場合は、親戚ってのもあるんだろうけど。


 俺の方は、妹が出来たような気分だ。リナはどちらかというと、女友達、みたいな感じだったし。

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