第十三章 来訪者と訪問

第75話 大食漢

「くうー、やっぱ帝国は飯が美味い! 生き物の脳みそも喰ったりするんだろ!?」


「ええ、まあ。鳥の脳などは食べる方もいますね」


「それ出してくれよ! ……あー、いや、ゲテモノの前にもっと普通のが食いてぇな。王国じゃ質素な飯しか出ねえんだよ。これじゃあやる気でねえっつーの!」


 アントニウス邸にお邪魔しているトールは、遠慮の欠片もなく食事を進めていた。


 彼の前には六皿以上の豪華な料理が並んでいる。もちろん、出しているのはアントニウス。戦士にはこれでも足りんだろうが、と一言残していったのが記憶に新しい。


 なお、当人は例の如く席を外している。……貴族というのは、見た目以上に忙しい階級のようだ。


「――ほうら、一つ聞いておきふぇえんだがよ」


「口の中を空にしてから喋ってください。会話に支障が生じますので」


「ほっほまふぇ。――じゃ、改めて聞くぞ。こっちのキツそうなお譲さんがイダメアで、こっちの人畜無害そうなボウズがミコトだな?」


 鶏肉が刺さっていた串を左右に振りながら、赤髪の巨漢青年――トールは確認を求めてくる。


 いまさら隠す必要もなく、俺とイダメアは素直に頷いた。

 その返答に、トールは膝を打って喜んでいる。生来の胴間声が遠慮なく響き、まるで屋敷を揺さぶっている感じだった。


「そうかそうか、お前らがフェンリルの話してたやつか! いやー、会えて良かったぜ! えっと、ミコト君よ?」


「は、はい?」


「人間止まりで神器の能力を引き出せるとは、なかなかやるじゃえねえか。マサユキにも一発喰らわせてやったんだろ?」


「……致命傷には至りませんでしたけどね」


「いやいや、それでも十分ってもんだぜ。あいつには今回、お前の腕試しをするために俺の神器を貸してたからなぁ。――もしぶち抜かれてたら、俺が直に相手してやったんだが」


 トールの表情が一変する。ご馳走を一人で平らげようとする大食漢から、残忍な戦士の顔へと。

 ……引く理由はもちろんない。精一杯の根性で、戦神の視線を押し返す。


「――はは、悪くねえな。その面構えだったら、俺達を殺す奴としては申し分ない」


「……ルーンの民と手を組んで、帝国と戦うってことですか?」


「あー、そっちはあんま興味ねえんだよなぁ、俺。戦えりゃいいや、って加わってるだけなんだよ」


「じゃ、じゃあ、帝国とは敵対しない選択肢もあるんですか?」


「いんや」


 一抹の希望を、トールは惜しまずに切り捨てた。

 ――ならその通りに受け止めるしかない。彼の実力を考えると頭が痛くなるが、こっちだってそれなりの戦力は保有している。実際、マサユキは撤退まで追い込めた。


 いつものように、自信を持って挑めばいい。


「お、いい顔だなボウズ。宿敵ってのはそうでなきゃな!」


「……その宿敵の顔を、今回は確認しに来たんですか?」


「いや、俺が帝都に来たのは美味い飯を食うためだ。――ボウズは食に拘りとかねえのか? 肉が好きとか、そんなんでもいいぜ!?」


「そりゃあまあ、肉は好きですけど……」


「お、じゃあボーっとしてねえで食え食え! ちと線が細いみてぇだしな、もう少し筋肉つけた方が女にモテるぜ?」


「べ、別にモテたいとかは――」


「隣にこんな美人はべらせといて、言い逃れ出来ると思うか? ほら、とっとと食えよ。客の俺が一人で食ってるってのも、気分わりぃしな」


「……」


 そう言われても、腹の中は満杯だ。

 トールは変わらず一枚の皿を進めてくる。……せっかくの好意? なので受け取りたい気持ちはあるが、やっぱりこれ以上入る気はしない。


「あの、さっき昼食とったばっかりなんですよ。ですから今は――」


「? 帝国人はゲロってでも胃袋空にするって聞いたぜ?」


「そ、それは一部の人達だけです!」


「なにぃ!?」


 よっぽど強いイメージを抱いていたんだろう。トールは大きく口を開けて、そのまま動かなくなってしまった。


 俺の横では、いつの間にかイダメアが退室している。

 もう悪い予感しかしない。戻ってきた時に鳥の羽なんか持っていたら、完全にアウトである。喉を刺激されて胃の中身を――ってことになるだろう。


 助かるにはもう、話題を切り替えるしかなさそうだ。


「あ、あの、他に用件はないんですか?」


「あー、そうだなぁ……マサユキのやつは気に食わねぇからぶっ殺して欲しいけど、殺すと反乱軍の統率がなぁ……」


「そ、そんな人に神器を貸したんですか……」


「大したことじゃねぇよ。力も半分以下に抑えてるし、俺の意思で勝手に戻せるからな。――だから、アイツに一発ぶち込んだからって、俺に勝てるとは思わねえことだ」


「……そうですか」


「お? ビビってなさそうだな」


「だってここで何を言ったって、トールさんが手加減してくれるわけじゃないでしょう? 俺が強くなれるわけでもない。――戦神の名前にヒビらないよう、受け止めることに努めます」


「ははっ、いい台詞だ! こりゃあ殺し甲斐のある敵だぜ!」


 気分を良くしたらしく、トールは食事の勢いを上げていく。


 すべて呑み込んでるんじゃないかと思える速度に、俺は唖然とするだけだ。以前、港町ヘリオスで開いた夕食会の猛者達も驚くに違いない。


「――っと、一つ忘れてたぜ」


「?」


「なあボウズ、その神器をもっと使えるようになりたくねえか?」


「……どういうことですか?」


「それはなぁ――」


 言いつつ、トールは新しく運ばれてきた皿の食事を平らげていた。料理を運んできたメイド達も驚きの目で彼を見ている。


 最後にワインで流し込んで、戦神は笑みのまま顔を向けてきた。


「神器ってのは、何段階かに分かれて制限がかけられてる。資格のねぇやつは使うな、って意味でな。――だからボウズの神器は、最低限の機能しか発揮できてねえのさ」


「……現段階ですら最低限、ってことの方が驚きです」


「だろうなぁ。――でも、今のままじゃ俺は困る。せめてもう一段上に行ってくれねえと楽しめねぇ」


「やり方は知ってるんですか?」


「ああ、ご丁寧に案内してやろうと思ってるぜ。場所についてはまぁ、俺もうろ覚えなんだけどよ」


「う、うろ覚えって……」


 一応は敵なんだし、どこまで信じたらいいものか。


 話がひと段落したところで、トールは食事の方へ意識を戻す。アントニウスが用意させた物はほとんど尽きているらしく、テーブルの上にある皿はほぼ空だ。


 最後の一皿を終えて、彼は椅子に凭れかかった。


「はぁー、食った食った! これなら一生帝国に滞在したいぐらいだぜ」


「すればいいじゃないですか。いやまあ、俺の立場じゃ何も保障できませんけど」


「そりゃそうだ。まだ十七の小僧だろ? 立場なんて持って、自由に動けなくなるのは大損だぜ。……好き放題やれるうちにやっとけ、大人からの忠告だ」


「……トールさん、何歳なんですか? そこまで年行ってるようには見えませんけど」


 個人的な視点で言えば、二十代の頭から半ばぐらい。

 しかし彼は腕を組み、即座に答えようとしなかった。


「俺はもっと年行ってる筈だぜ? ま、詳しくは知らねえんだが」


「し、知らない?」


「ああ。……ちょっと面倒な身体でな、定期的に記憶がリセットされてんだよ。生まれた時のこととかはあんまり覚えてなくてなー。変わりに分かるのは、戦いたくて仕方ねぇ性格だけだよ」


「……」


 同じ告白を、以前聞いたことがある。

 イダメアと最初に向かった古代遺跡だ。あそこで出会った竜王は、過去の記憶が薄れていると証言している。


 ……その理由がどんなものなのか、俺達は確かめていない。しかしあの竜王が、遥かな過去から存在していたのは間違いないだろう。


 トールも同じだとすれば、その過去に共通点を見出すことが出来る。


「あの、トールさんの生まれって……」


「俺か? 俺ぁ全能時代だと思うぞ? ぜんっ、ぜん覚えてねぇけどな! ははっ!」


「……調べようとは、思わないんですか?」


「別に興味もねぇしな。……逆に知ったところでどうする気だよ? 過去の情報一つで、自分が変わるわけじゃねぇぜ? 精々、未練が晴れるぐらいだろ」


「それは……」


 否定することは出来ないが、肯定することも出来ない理論だった。

 口数が少なくなった俺に対し、トールは呵々大笑しながら肩を叩いてくる。……見た目通り豪快な触れ合いで、肩の骨が外れるんじゃないかと思うレベルだ。


「まあ若いうちは昔のことを調べんのも重要さ。そこからでも、自分ってのを作るのには遅くねぇし」


「そんなもん、ですかね?」


「ああ。――ともかく、あんま振り回されねぇようにするこったな。でないと心を置く場所が分からなくなる」


「……はい」


 忠告を素直に受け止めて、俺は不意に廊下の方を覗く。


 一度部屋から出たイダメアがなかなか戻ってこないのだ。……鳥の羽を取りに行っただけなら、そろそろ顔を見せてもいいと思うのだけど。


「――あ」


 噂をすれば何とやら。彼女は立派な鳥の羽を持って、駆け足で部屋に入ってくる。

 しかし、その直後。


「イダメア!?」


 彼女は膝から屑折れた。

 直前、頭痛を堪えるような仕草を見せながら。

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