第19話 ドワーフ少女の昔話 Ⅱ

「あのね、お兄さんは気にしなくていいよ。アタシが話したくて話したんだから」


「で、でもな……」


「ああもう、帝国人よりお人好しな人だねー。でも本当、気にしなくていいってば。当時のことは……そりゃあ思い出したくないけど、否定は出来ないから。そのお陰で帝国にいるんだもん」


「――タフなんだな、リナは」


「べ、別にそんなことないって。お兄さんの方がずっとタフじゃない?」


「そうか?」


 頬を赤らめながらも、リナは大きく首肯する。――一方で、俺はとても納得できない。


 だってあの日まで、逃げ出そうと行動に移したことはなかったのだ。


 機会自体は何とかあったように思う。……それでも現状維持を望んだのは、俺が臆病だったからだ。自分の環境が変わることを怖がっていた。


 きちんとイダメアを助け出せた辺り、まだ捨てたもんじゃないんだろうけど。


「お兄さん、複雑そうな顔してるよ?」


「――まあ、自分が強いだなんて思ったことなかったからな。根本的には絶対ヘタレだぞ、俺」


「え、違うじゃん」


「……なんで?」


 リナは踊りを止める。こちらに向いている瞳は、俺の発言を心底不思議がっていそうだ。首も傾げて、なんだか子犬に見えてくる。


 図書室の入り口はもう目の前。二人だけで話すのは、ここらで一度お開きらしい。


「自覚はあるし、いざって時には行動できるんでしょ? だったら勇敢な人だと思うけど?」


「判定が緩すぎやしないか……?」


「えー! これでも文句言うの!? こっちは褒めてるんだから、素直に受け取っておきなよー!」


「むう……」


「大体、お兄さんがそれまでくすぶってたりしたから、お姉ちゃんを逃がす絶好の機会が出来たんでしょ? だったらそれいいの」


「――」


 俺がもっと行動的だったら、イダメアと出会うことも、助けることも出来なかった、と。

 リナは胸を張ってそう言った。無意味な出来事は何一つないと、自身の過去を受け入れたその精神で。


「それにさー、一目惚れしちゃったんでしょ? 助けたくなるのも当然だね!」


「ま、またその話か……」


「アタシは恋愛大好きですから。しかもあの堅物お姉ちゃんが気にしてる相手なんだよ? こりゃあ聞き出すしかないでしょ」


「……具体的に何が知りたいんだよ?」


「イダメアお姉ちゃんのことを好きかどうか。この辺り、ズバッと答えて頂ければ」


「ぐぬ……」


 はい分かりました、とは言い返せない要求だった。


 そもそも一度たりとも恋人が出来ていない俺に、自分の恋愛感情を語れ、なんてのはハードルが高い。

しかもリナは、イダメアと旧知の間柄らしい人物であって。本人に流れるんじゃないかと非常に心配になってくる。


「……誰にも言うなよ?」


「ああ、もう絶対言わない! 言わないったら言わないよ! ホントホント!」


 駄目だこいつ。

 そんな俺の本音とは正反対に、リナはすっかり目を輝かせている。……子供らしい無邪気さがある分、断るのは良心の呵責に耐えられない。

 

 ハメられた気分になりながら、俺は溜め息と共に打ち明けた。


「まあ一目惚れはしましたよ。なかなか劣悪な環境だったけどな」


「やっぱり!? いやー、アタシは凄くお似合いのカップルだと思うよ? 初めて見た時に、こう、ビビッと!」


「ほ、本当かよ……」


 でもまあ、言われて嫌な気分ではない。

 それどころか、気を抜いたらニヤケてしまいそうだった。今のリナには絶対に見せられない隙である。


「お姉ちゃんが男の人と一緒にいるなんて、校長先生を覗けばまずないからねー。その辺りはお母さんと似たのかな」


「……そういえば、イダメアの母親ってどんな人なんだ? まだ会ってないんだけど」


「え、あ、やば……」


 何を間違えたのか、リナは珍しく慌てている。


 俺は追及することもせず、その貴重な光景を眺めているだけだ。――あるいは、彼女の反応を見た瞬間に分かっていたのかもしれない。


 言うべきか否か。ドワーフの少女は右往左往しながら、眉間に皺を寄せている。


「……もしかして、亡くなってるのか?」


「う――う、うん。その、お姉ちゃんが魔術学校に入学した翌年にね。……ちょっと複雑な事情があるから、本人の前では話題にしないでね?」


「俺はヘタレだからな、安心してくれ」


「あはは、そうだった。――じゃあさ、アタシの方から聞いてくれない? おばさんが亡くなったの、今のお姉ちゃんと無関係じゃないからさ」


「……」


 いつになく深刻な顔付きのリナは、近くに誰もいないことを念入りに確認する。

 図書室への入り口まではもう少し。誰かが出てくる気配もないし、第三者に聞かれる可能性は低いだろう。


「――お兄さん、ニュンフ族って亜人族、知ってる?」


「いんや。……イダメアのお母さんがその種族なのか?」


「うん。女性しかいない種族でね、よく人間とか他の亜人族との間に子供を残すんだ。だからイダメアお姉ちゃんはハーフで、その特性を引き継いでるの。――で、この特性が問題なんだよね」


 リナは立て続けに語らず、一息挟んでからもう一度周囲を確認する。

 ガラス張りになっている図書室の入り口が開いたのは、直後だった。


「っ、ミコトさん?」


「イダメア……!」


 驚いたのは、こちらも彼女も一緒だった。神妙な顔付きだったリナも、見馴れた笑顔を取りつくろう。


「どうしたんだ? なんか急いでるけど……」


「い、いえ、その――」


 イダメアは理由を告げず、必死に言い訳を探していた。


 俺は眉間に皺を寄せるしかないわけだが、付き合いの長いリナは違っていたらしい。直前と同じように真剣な眼差しで、短い前置きを作る。


「もしかしてお姉ちゃん、学校に通ってるニュンフ族に何かあった?」


「っ――え、ええ、そうなの。十人ぐらいの生徒が、一斉に外へ飛び出して……」


「へ?」


 もっと大変な出来事を想像していただけに、俺は気の抜けた声が出てしまう。


 だがイダメアもリナも、生徒達の行動が深刻な事態であると感じているらしい。この場にいることで、足を引っ張ってるんじゃないかと思うぐらいだ。


「……お兄さんにはアタシから説明しておくから、お姉ちゃんは先に行きなよ。あんまり時間を置くのもまずいだろうし」


「お、お願いね、リナ。――ではミコトさん、あとで……!」


「あ、ああ」


 何かから逃げるように、彼女は図書館前の廊下を駆け抜ける。


 萱の外にいる俺は、リナの説明を待つことぐらいしか出来なかった。直ぐに追いかけるべきなのかどうかも、頭が混乱気味で決められずにいる。


「とりあえず行こう、お兄さん。説明は現場に辿りついてからね」


「い、いいのか? 人に聞かれちゃまずい話なんじゃ――」


「この事件については大丈夫だよ。注意してほしいのは、お姉ちゃんのお母さんについて。ま、それも今日中には話すから」


「……分かった」


 リナは俺が頷いたのを確認して、颯爽と踵を返す。……廊下から覗ける中庭の方は、徐々に騒々しくなっていた。


 果たして何が起こって、何が問題だったのか。

 直ぐにでも知りたい気持ちを抑えて、俺はリナの後に続く。

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