第三章 彼女達の事情

第18話 ドワーフ少女の昔話 Ⅰ

「へえ、そんなことがねえ……」


 舞台は変わって、魔術学校。

 俺の隣には工房の時と同じで、リナの姿だけがある。イダメアは個人的な用事で席を外しており、俺は校内見学の最中だった。


 昼休みに入っていることもあって、廊下は生徒の姿で埋め尽くされている。


 今朝イダメアが渡してくれた制服と似て、彼らは赤いマントを羽織っていた。色さえ除いてしまえば、絵に書いたような魔術師の出で立ちである。


「で、お姉ちゃんはどこ?」


「図書室だけで調べ物だってさ。……なんか、妙に深刻そうな顔してたな。遺跡関係のことだとは思うんだけど」


「お姉ちゃんは色恋沙汰より研究だからねー。お兄さんも困るんじゃない?」


「……別に、口を挟んだりする気はないぞ。本人が好きでやってるんだしさ」


「ほんとー? 構ってもらえなくて、寂しかったりするんじゃないの?」


「んなわけあるかっ」


 すみません、ちょっと寂しいです。

 しかしリナに向かって言うのは気が引ける。イダメアにそのまま知らせてしまいそうな気もするし。


「怪しいなあ……じゃあさ、お兄さんはイダメアお姉ちゃんのこと、どう思ってるの?」


「……どうって? っていうか、こんな人前で話すことじゃないだろ……」


 俺達は生徒が集まっているど真ん中、廊下に立っているのだ。会話の中身なんて当然ながら彼らに漏れている。


 さっさと別の場所に移動すればいいんだろうけど、生徒の波に揉まれてなかなか自由に動けない。


「っていうかお兄さん、お昼ごはんは? このまま食べに行くの?」


「いや、先に図書館に戻ろうと思ってる。イダメアの調べ物、終わってるかもしれないしな」


「迎えに行くってこと? 真面目だねー」


「意識がない間も世話になってるんだし、これぐらいは当たり前だろ」


 どうにか生徒を掻き分けて、俺とリナは中庭を目指す。図書室への最短ルートではないが、この込み具合だと時間の節約にはなりそうだった。


 人込みを抜けて、靴の裏には土の感覚が返ってくる。

 生徒達の注目を少しばかり受けながら、俺達は図書室がある塔へと急いだ。


「まあとにかく、イダメアお姉ちゃんのこと宜しくね。あの人、けっこう寂しがり屋さんだからさー。校長先生とは一緒にいる時間少ないし、精神的に参ってる思うよ?」


「……ついこの前まで、誘拐されてたんだもんな」


「うん。傷も完治してないらしいし……ひょっとしたらまだ、満足に歩いたり出来ないかもね。本人は隠し通すつもりだろうけど」


「――」


 自分の至らなさを責めたくなる。


 彼女が拷問によって傷だらけだったのは、俺だってよく知っていることだ。自分が治っているからって、イダメアも同じとは限らないのに。


 薬草を使ったという話についても同じだ。彼女の性格上、自身よりも俺を優先したのではないか――?


 不安と罪悪感は徐々に膨らんでいく。……工房を見た際に席を外したのは、かつての拷問が原因となった体調不良かもしれない。


「お兄さん? もしかして心当たり有りまくりだったりする?」


「――ああ、かなり」


「……アタシが言うのも変だけど、気にしすぎない方がいいよ? それ、お姉ちゃんの性格だからさ。したいようにさせておけばいいんだって」


「さ、サッパリしてるな……」


「帝国人はそんなもんですから。お人好しって思われがちだけど、冷たいところもあるんだよー? 自由人ってやつ」


「? 自由は冷たいのか?」


「そりゃそうでしょ。だって何者にも囚われないんだよ? だから誰にも固執しないし、誰かの大切な存在にもなろうとしない。縛られるのも、縛るのも嫌だから」


「……」


 脳裏に過るのは、イダメアが何度も言ってきたこと。

 貴方の考えを拘束しない――結局は守り通せなかった約束だが、裏には帝国流の自由があったんだろう。


「ま、こういう考えを日頃から意識している人は珍しいけどね。アタシも何だかんだって、お姉ちゃんの面倒みたりはしてるし、振り回されることもある。面白いよ?」


「普段から無茶してたりするのか?」


「そりゃあもう、しまくりだよー。魔術学校に入学する時だってさ、お父さんに迷惑かけないようにって、一番の成績で入学したらしいからね。――まあ受験当日に風邪ひいたんだけど」


「逆に迷惑かけてんじゃねえか……」


「そう。で、本人はなおさら迷惑をかけないように――って、無限ループしちゃってるわけ。面白いでしょ?」


「面白、い……?」


 じゃなくて、真面目の一言に尽きる。


 イダメアに対する指摘は、きっとリナやアントニウスも同じなんだろう。――俺だって、もう少し肩の力を抜いて欲しいと思っている。


 図書室に戻ったら、いの一番に言っておこう。でもお節介にならないよう、慎重に、促す程度で。


「……ねえ、お兄さん」


「? なんだ?」


 目的地に続いている廊下の中央。自然と見上げる形になっているリナが、怪訝そうな眼差しを向けてくる。


「――やっぱりお兄さん、王国人っぽくないね。あそこの人達だったら、今ごろお姉ちゃんを思いっきり馬鹿にしるところだよ」


「そ、そりゃあ王国生まれ、王国育ちの王国産ってわけじゃないからな。国から見れば赤の他人がいいところだぞ」


「あー、やっぱり? あそこ、嫌なとこだったでしょー? 帝国なんて、王国と比べれば楽園みたいだよね?」


「……俺、まだ来て一日目なんだが?」


「まあそうだけどさ。でも、余所の国に亡命したい、なんて今は考えてないでしょ?」


「それは、確かに」


 聞きたかった回答を引き出せたようで、リナは俺の前で小躍りしている。

 ……帝国人が帝国を称賛しているのは、これといって珍しい光景ではないだろう。彼女の台詞でおかしいところがあるとすれば――


「リナ、君って王国出身なのか?」


「うん。まあ王国にいたのは八年前――七歳の頃までなんだけどね。いやー、大変だったよ? 向こうは亜人族に対する差別が激しくてさ」


「そういえば……」


 俺は向こうで生活して、ドワーフなんて言葉も存在も、見聞きしたことがない。


 リナが答えたように、迫害が行われていたんだろう。――珍しくないと思ってしまう辺り、俺も王国に対して明確なイメージを抱いているようだ。


 あの国はとにかく、余所者に対して遠慮がない。俺以外にも、辺境の出身と思わしき兵士は差別を受けていた。


「エルアーク王国だと、亜人族は罪人の種族なんだって。だからもう、とにかくこき使われてさー。……アタシと同じぐらいの友達も、たくさん死んじゃったし」


「――」


「あはは、暗い話でヤになるよね。……あ、お兄さん、ごめんねって思ってる?」


「う」


 ものの見事に心を読まれた。

 同じようにリナは楽しそうにしている。――第一印象と変わらない、無邪気で明るい少女のままで。


 といっても、さすがに話題が話題だ。横顔にはわずかながら、暗い影が落ちている。

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