第17話 白き竜 Ⅱ

「そ、そんなっ! せめて私の質問だけでも聞いて頂けませんか!?」


『もちろん聞くとも。しかし、答えられるかどうかの確証は持てん。我は王であるが、同時に老人――ああいや、老蛇か? ともあれ年齢がな。いやはや、年には勝てん』


 またもや、乾いた微笑を零す竜王様。


 質問はひとまず受け付けるそうなので、イダメアは安心して肩の力を抜いている。肝心の竜王も、ヘビではあるが楽しそうに頬を緩めていた。


 構図はどことなく、孫を見守る老人に見えてくる。


『……いや待て。その前に一つ、君達に尋ねたいことがある』


「はい?」


『ここに来る途中、兵を見なかったか? 全身が骨で出来ているようなやつなのだが』


「――」


 心当たりがあり過ぎて、俺とイダメアは目を合わせる。

 竜王の方にも、こっちの心情は伝わったんだろう。彼はなるほど、と頷きながら言葉を再開した。


『ちゃんと歓迎してくれたか? 我が眠る以前、そのように指示を出しておいたのだが……』


「――戦いになりましたよ?」


『なに? 珍しいな、奴らが命令を破るとは……』


 彼はただ、深刻そうに目を細めた。


 どうもスパルトイは竜王と関係している魔獣らしい。……古文書に記されている彼らの起源を考えると、やはり嫌な予感が浮かんできた。


 奴らはまだ消滅し切っていない。呪縛結界も、恐らく解除できていない。


「――竜王さんが、スパルトイ達の本体ですか?」


『おお、兵の名を知っていたか。……確かに我は彼らの主であり、呪縛結界そのものである。我を倒さぬ限り、奴らが消滅することも有り得ない』


 直後。

 大きな揺れが部屋を襲った。断続的に響いており、徐々に大きくなってすらいる。


『やれやれ、暴走しておるのかのう……五百年の間に呪文が狂ったか?』


「こ、ここに攻めてきてるんですか?」


『かもしれん。いや、逃げる必要はないんじゃよ? スパルトイは町、都市と認識する領域に入ると力を失う。……まあここ遺跡じゃし、町と呼ぶには無理があるのう、はっはっは』


「そ、そんな! でしたらミコトさん、どうか――」


『やめておけ。今の少年では、スパルトイは手に余る。そうじゃろう? ワシをこの場で消滅させるならまだしも、な』


「そりゃあ……」


 出来る筈がない。

 それが分かっているのか、提案した彼は堂々としていた。殺せるものなら殺してみろ、と。無理なことを知っているからこそ、王は挑発的な雰囲気さえ出している。


 ここは素直に忠告へ従った方がいいだろう。神器が折れ、精霊も使用し辛い俺では、指摘通りスパルトイの相手など出来ないし。


 ここに残りたい本心を抑えて、イダメアは王へと会釈する。


「……スパルトイの暴走が収まったら、また来ても宜しいでしょうか?」


『もちろんだ。まあさっき言った通り、話せることは少ないが……歳を取ると、人と話すだけで楽しいものでなあ。歓迎させてもらおう』


「ありがとうございます」


 手の代わりなのか、竜王は右端にある頭を左右に振っていた。


マナ・プレートで辺りを照らしながら、俺達は階段を駆け上がる。――一緒に遺跡を訪れていたドワーフは十名程度いるのだ。彼らを急いで避難させなければ。


 巨大な広間へと戻ってきた頃には、神殿の外にスパルトイが見え始めていた。


「ヘカテ頼む! 急いでるんだから乗せてくれ!」


『はあ? 馬に人間二人も乗せろって? 腰傷めるに決まって――』


「精霊のお前に普通の馬と同じ法則を使うな! いいから早く実体化しろ!」


『っ、人使いの荒いご主人さまね……!』


 人じゃないだろお前、とのツッコミは心の中で。


 実体化したヘカテの上に二人で乗ってから、神殿を出るまでは数秒と掛からなかった。……起こすなとか言ってたくせに、きちんと仕事を果たす彼女には感謝の念しかない。


 スパルトイはまだ町の外。木っ端みじんに砕けた身体を、修復しながら近付いている。

 最後に見かけた上半身だけの姿だ。地上を這いずっているその様は、亡者の侵攻としか表現できない。


「ど、どうしますか!?」


「そりゃあ別の方向から逃げるに決まってるだろ。いくら鈍いからって、真横を通り抜けたりとかは――」


「いいえ違います! この遺跡の安全についてです!」


 ある意味、イダメアは平常運転だった。


 でもそれについては、スパルトイの方を信じるしかなかろう。本質的には遺跡を守るのが役割のようだし。


「とにかく、他のドワーフさんと一緒に帰るぞ。工房長だって心配してるだろうし」


「そ、そんなっ! 貴重な調査の機会が――」


「だから後にしなさい、後に。好きなことに夢中なのは良いけど、それで周りが見えなくなっても困りものだぞ?」


「うっ」


 納得しないイダメアを、父親気分で叱ってみる。


 功を奏したのか、イダメアからの反論は綺麗に止んだ。残る問題はドワーフ達。早く全員を集めて、行動を開始しないと。


「……」


 徐々に小さくなる神殿の姿が名残惜しい。


 でも命は大切にしないと。ましてや自分のものだけじゃないんだから、一歩離れた位置で俯瞰することが肝要だ。

 イダメアはブツブツと文句を再開しているが、右から左へ流すことにする。


 幸運にも、ドワーフ達は勝手に集まってきていた。この流れながら無事に避難することが出来るだろう。


「ああくそ、まだ調査が終わってねえってのに!」


「こうなったらぶっ倒すしかねえ! 兄ちゃん、ワシらに力を貸してくれ!」


 この通り。

 説得するのは、大変そうだが。

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