第20話 超一自我 Ⅰ

 辿りついたのは魔術学校の裏。授業で使う薬草などが採れるらしい、森の入り口だった。


 俺やイダメア、リナの他には学校の先生と思わしき人達がいる。校長のアントニウスも一緒だ。皆、一様に深刻そうな表情となっている。


「――で、何が起こったんだ?」


 今さらだけど、俺達は部外者。集まっている人々から一歩下がったところで、事の推移を見守っていた。


「多分、ニュンフ族の生徒が森に入ったんでしょ。死ななきゃいいけど……」


「危ない森なのか?」


「ううん。これまで魔獣は出ないし、凄く安全な場所だよ。……問題はニュンフ族の方にあってね。彼女の達の特徴としてさ、自我が不鮮明なの」


「ふ、不鮮明?」


「えーっとね、種族そのものが意思を持ってる、って言えばいいのかな……『超一自我』って言うんだけどさ。もともとニュンフ族は自我が統一されてて、個体が存在しなかったんだって」


「? で、でもイダメアは、ちゃんとイダメアとして話してるだろ?」


「昔は、って言ったでしょ? 他種族とのハーフは、ちゃんと自分を認識できる。――ただ時々、超一自我に押し潰されそうになるんだって。一部は薬で誤魔化せるらしいんだけど」


「……」


 魔術工房を案内されていた時、イダメアが急ぐように外へ出ていったことを思い出す。


 アレは拷問の怪我なんかじゃなくて、その超一自我を抑えるための薬を飲むためだったんじゃないか? リナは心配そうな眼差しで見送っていたし。


 ……どうやら俺は、彼女のことを何も知らないらしい。


「でも中には、薬が通用しない人もいてね。そういう人は、自分を蝕む超一自我に耐えられなくて死んじゃうことがある」


「じ、自殺ってことか?」


「そ。まあ大抵は原因があって、そこに近付いてく習性があるんだけど――」


 話しながら、リナは森の方に視線を運ぶ。


「何が原因なのか、直接見るまでは分かんないんだよね。魔力の溜まり場が出来てるのかもしれないし、ひょっとするち魔獣が何かしらの能力でおびき寄せてるのかもしれないし……」


「要するに、俺が行けばどうにかなりそうだと」


「かもね」


 不敵な笑みを浮かべる彼女に同意して、俺はイダメアとアントニウスの元へ向かった。


 今のところ、森に怪しい気配はない。陽光が差し込んで、雰囲気は明るいぐらいだ。鳥のさえずりも和やかな空気を運んでくれる。


「あの、アントニウスさん」


「おおミコト君! この騒ぎを聞きつけてやってきたのかね?」


「まあ一応は。……危険な可能性もありそうですし、俺が行きましょうか?」


「それは助かるが……イダメアに聞いたぞ? 精霊を使えない状態だとか。しかも神器を損傷したと……」


「――」


 アントニウスは怒っていないが、とにかく気まずい気分だった。


 まあイダメアの性格上、黙っていることは出来なかったんだろう。……何も考えず、精霊砲の媒体に選んだ俺も悪いんだし。


「すみません、貴重な品なのに」


「いやいや、謝る必要はない。アレは君にプレゼントしたものだ。――まあ本音を言えば残念ではあるが、謝罪される程のことではないよ」


「……とにかく、行かせてもらっていいですか?」


 遺跡から戻ってくる最中、多少なりと魔力は回復している。ヘカテだって、精霊砲は無理でも多少の戦闘はこなせるだろう。


 先生は互いに顔を見合わせて、それぞれ首を縦に振った。

 今さらだがクリティスの姿が見えない。ここには彼と年齢が近そうな若い先生も来ているが、優男は影も形も見当たらなかった。


「イダメア、良いな? 彼に一人で向かってもらうぞ?」


「お、お待ちください校長。私も――」


「ならん!」


 一人の父親として、アントニウスは怒号を叩きつけた。

 イダメアにとっても、激情を表にした彼は珍しいのだろう。悔しさと驚きと、困惑で青い瞳を染めている。


 一方のアントニウスも、今の行動に思うところはあったらしい。一度咳払いをして、いつもの冷静さを取り戻す。


「お前は戦闘が得意というわけでも、森に詳しいわけでもあるまい。ましてや同じニュンフ。何かしらの影響を受ける可能性もある」


「……」


「代理と言ってはなんだが、私が彼に同行しよう。それで文句はあるまい?」


「――分かりました」


 本心では不満で一杯かと思われるが、イダメアが首を縦に振っていた。


 娘の承諾を得たところで、アントニウスは教師陣にも同意を求める。――異論はゼロ。男二名による探索チームが迅速に決定した。


「連絡は使い魔にて行う。あと、授業はいつも通り行うように。……ではミコト君、行くとしようか」


「は、はい」


 アントニウスは何も持たないまま。父の安全を気遣うイダメアに手を振って、堂々と森の中へ突入する。

 俺も彼女達に同じサインを送って、自然の領域へと踏み込んだ。


 視界を埋め尽くす緑は、イダメアとの逃亡を思い出させる。一方で見たことのない植物も生息しており、純粋な興味を湧かせていた。


「……ミコト君、超一自我のことは聞いているかね?」


「はい、ついさっき。……色々な原因があるって聞きましたけど、今回はどういう原因の可能性が?」


「もっとも近い例で考えれば、魔力の溜まり場が出来ていると考えられる。大量のマナ・プレートが、何かしらの理由で地上に出現した、と言った方がいいか」


「確かプレートって、魔力に晒され続けて作られるんですよね?」


「うむ。そして魔力とマナ・プレートは、超一自我が存在するための糧でもある。アレは魔術的な現象でもあるのでな」


 どこか、怒りを滲ませる抑揚だった。

 理由も尋ねず、俺とアントニウスは順調に奥へと進んでいく。生徒達の姿や痕跡は、残念ながら発見できていないが。


「ミコト君、もう一つ聞きたいのだが」


「な、何でしょう?」


「私の妻がどうして世を去ったか、聞いているかね?」


「……」


 言葉で示す気にはなれず、俺は無言で否定を示した。


 そうか、とアントニウスは短く首肯するだけ。続く言葉を述べようとはしているのだが、どうにも踏ん切りがついていないらしい。


 無理はしなくてもいい――出来ることなら、そう擁護してやりたかった。

 しかし、彼の横顔からは決意しか感じない。改めて現実と向き合おうとする、力強い意思しか感じない。


「――私の妻は純血のニュンフでね。娘とは異なり、超一自我の影響は相当強かった。あの子が生まれてからも、娘であることを認識できない日は珍しくなかったよ」


「……」


「ある日、超一自我の影響で、妻は娘を殺めようとした。――それがショックであり、自身を危険な存在だと知るようになったんだろう。彼女は自ら命を絶った」


「――」


 何も、言うことはない。子供なんだから、彼らの悲劇を擁護するだけの力はない。


 反面、それは俺が怖がっている証左でもあった。余計な衝突を避けるため、聞き手に徹しているのではないかと。


 ――だったらせめて、一字一句漏らさないようにするしかない。

 アントニウスの決断は、きっと貴いものだろうから。

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