第21話 超一自我 Ⅱ
「妻の死後、イダメアもしばらく塞ぎ込んでいてな。……立ち直った頃には、他人との接触を控えるようになった。学友も作らず、友人らしい友人はリナだけでな」
彼の独白は続く。森を彩る鳥の鳴き声も、風で揺れる草木も気に留めない。
「理由を尋ねたところ、自分が死んでも誰かを悲しませないようにするため、らしい。……正直、聞いた時は叱ろうかと思ったのだがな。出来なかったよ」
「それは――」
「うむ、ハーフとはいえあの子はニュンフ族だ。妻と同じような事態が起こるかもしれんし、耐えろと言えるほど、私はニュンフ族の痛みに詳しくない。……本当に生きていて辛いのなら、私には止める権利などないのだ」
故に、とアントニウスは前置きを作る。
足を止めて、こちらのことを正面から見下ろしながら。
「ミコト君に頼みたい。イダメアの背負っている重荷を、軽くしてやってくれないだろうか?」
「お、俺がですか?」
「ああ。……私やリナでは、娘の心の蓋を開くことなど出来ん。迷惑をかけまいと、本音で話すことも控えようとするだろう。が、君なら少しは、思いの丈を打ち明けるかもしれん」
「――」
自信はまったくない。イダメアとこれまで話して、そんな雰囲気を感じたりもしなかった。
しかし逆に、今後も有り得ないと証明するのは困難だろう。……アントニウスが抱く確信についても、根拠を出すのは難しいわけだが。
「ああ、答えを出すのは後日で構わんよ。君も目覚めたばかりで、色々と大変だろう? ――今ので余計、大変になってしまったかな?」
「そ、そんなことは……」
「よいよい、誤魔化すな。君より先に人生から引退する男の、情けない我儘なのだからな」
「……」
反応に困る独白だった。
校長室の時に見せた風格を取り戻して、アントニウスは奥地への進行を再開する。歩幅にさがあることもあり、俺は駆け足で追いかけた。
「前も言ったが、婚約について無理強いするつもりはない。私が最も願っているのは、アレの友になってくれることだけだよ」
「……一応、自分としてはなってるつもりです」
「ありがとう。――妻もきっと、喜んでくれているよ」
「……」
アントニウスが浮かべる笑みは、雄々しさではなく優しさに満たされていた。
溜まっていた不安を吐き出したお陰だろうか。彼はよし、と自分の頬を軽く叩いている。背中から感じる気合いも直前より強くなっていた。
「……なんか、信頼されすぎてて怖いですね」
「私達にかね? ――まあそう思うのも無理はないが、こっちは君が眠っていた一週間を知っている。毎晩徹夜で看病する娘を見れば、少しは情が移るというものだ」
「改めて申し訳ないというか……娘さんには改めて、お礼を言いたいです」
「私が代わりに受け取っておこう。直接イダメアにいったところで、拒もうとするだろうからな」
「あはは」
光景が簡単に想像できて、俺はアントニウスと一緒に笑っていた。
すると突如、彼は森の奥に向けて走り始める。生徒の一人でも発見したんだろうか?
一度しゃがんだ彼の手には、一冊の教科書が握られている。森にとっては不自然な物体であり、生徒の痕跡を示す物。
「この先で間違いないようだな。……何が待っているか分からん、ミコト君は精霊を――」
「っ!」
アントニウスの要求を飲むまでもなく。
その背後に迫っている影へ、ヘカテの一面――獅子の精霊を発射する。
三つの中で攻撃を担当する姿は、アントニウスを襲おうとした影に喰いついた。そのまま首筋に牙を立て、標的の命を狩ろうとする。
――骨しかない敵に、通用したのかどうかは分からないけど。
「こやつは……」
「魔獣・スパルトイですね。さっき戦ってきたばっかりだったんですけど……」
どうしてこんな場所にいるのか。俺達は疑念の目を向けながら、精霊ヘカテに喰い散らかされる骸骨を眺めている。
美味ではなかったそうで、彼女は噛み砕いた骨の一部を吐き出した。不機嫌そうな唸り声まで一緒である。
「……ミコト君は、自分の精霊と仲が悪いのかね?」
「きょ、今日はタイミングが悪かっただけです。――でも、どうしてですかね? 町の中だと能力が落ちるって聞いたんですが……」
「ここは広い森だ、都市の中だと認識していないのかもしれん。あるいは、誰かが細工を施したのかもしれんな」
「クリティスさんとかが?」
途端、場の空気が凍りつく。
確かに先ほど、彼は集まりに参加していなかった。もともと噂のある人物だそうだし、裏で糸を引いていてもおかしくない。
だがその方法が疑問だ。魔獣を誘導する方法なんて、古文書を読まなければ出来るものではない。
「……一旦戻りますか? 彼が何か起こそうとしている可能性もありそうですし」
「いや、私達は調査を続けよう。――それに、これは一つの機会となるぞ。奴を表に引きずり出す機会にな」
「ま、まさか放置するってことですか!?」
「そうは言っておらん。……仮に行えば、イダメアの傷を抉ることにも繋がる。父親としてそんなことは出来んよ」
「あ、ああ、済みません。早とちりして……」
「はは、突然聞けば、誰でもそう思うさ。……しかし、私達の現状は何一つ変わらんぞ? 生徒を救わなければ、進められることも進められん」
頭の中にあるんだろう作戦を告げず、アントニウスは前を向く。
彼の隣に並んで歩いていくと、ついに生徒達の姿が見えた。全員こちらに背を向けているが、とりあえず無事ではあるらしい。
「――待て」
何の警戒もせず近付こうとした俺を、アントニウスが引き戻した。
二人揃って、適当な幹の裏に身を隠す。――ニュンフ族の少女達に、相変わらず変化はない。ただ呆然と突っ立っているだけだ。
それから、もうしばらくした時。
「来たな」
姿を現したのは、黒いローブを着た男達。王国の魔術師だ。
ここからでは見え難いが、彼らは少女達に何かを施している。幸い、連れ去ろうとするような気配はない。黙々と作業を続行していく。
いま直ぐにでも止めるべきかと思うが、アントニウスは首を横に振るだけだった。
「た、助けるんじゃないんですか?」
「もちろんだとも。が、奴らの目的を探ることも重要だ。……このことはイダメアに言わんでくれよ?」
「……」
呆気に取られていると、アントニウスは木の枝に止まっている小鳥へ目をつける。
気付かれないよう注意しつつ、彼は指先から何かしらの魔術を放った。……しかし肝心の鳥に影響はなく、それまでと変わらず森を見渡している。
と、アントニウスは紙を取り出し、何やら書き始めた。
「それは……」
「悪いが、ニュンフの生徒達を見ていてくれ。手紙の内容については後で話す」
木の幹を下敷きに、アントニウスは携帯していたペンを取り出す。先端には加工された、マナ・プレートらしきもの。どうやら魔導具のようだ。
気になって仕方がないけれど、俺は指示通り少女達を観察する。
「早く済ませろ! 連中に気付かれるぞ!」
敵の存在に気付かない哀れな魔術師は、聞き取りやすい声で部下に命令していた。
「ただいま終了しました、小隊長。……あとは、クリティス様にお任せする形で良いのですか?」
「ああ。この停滞した戦況を打開する、唯一の作戦だ。奴はなかなか癖のある男だが……魔術師としての腕は信用できる。帝国が我々の動きに気付いても、止めることは不可能だ」
「……では、急いで撤退しましょう。いい加減やつらも来る頃です」
「ああ、そうだな」
「――」
もう来てますよ、と返事をしたい気持ちを抑えて、俺は去っていく彼らを見送ろうとする。
だが。
「行け」
アントニウスの一言で、俺は木の影から飛び出した。
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