第25話 奇襲 Ⅰ
帝都の東。王国方面にあるのは、地平線の向こうまで広がる広大な平原だ。
日は沈みかけているが、障害物がほとんどないため良く見える。……こんな状況でなければ、足を止めて見惚れたい絶景だった。
「――あの遺跡です。あそこに薬草があると聞きました」
「遺跡って……」
建物の形はどこにもない。
あるのは残骸だけだ。恐らく、王国軍からの攻撃に晒されたんだろう。イダメアがいれば、激怒していたのは間違いない。
「本当に壊してるんですね……」
「残るっている部分もでありますけどね。人が隠れたりは出来るでしょうか……あ、リナ君、このまま北の方角へ進んでください」
「あーい」
騎動殻を動かしているリナは、クリティスの指示に従って舵を取る。
通った道に残るのは、車が通過したような車輪の後だ。実際、騎動殻は足を上げて動いているわけではなく、地上を滑るように駆けていく。
「……もっと人間っぽく動くと思ってた」
「あはは、期待はずれだった? まあ昔はそういう機体もあったらしいけどね。今じゃ殆どがローラーを搭載してるよ」
「へえ……」
話している間に、遺跡は目と鼻の先にまでやってきていた。
騎動殻の手に乗っていたクリティスは、我先にと飛び降りる。リナは機体の姿勢を下げてから。俺は精霊の力を頼りに、五メートルの高さから飛び降りた。
「奥の方で発見されたとのことです! 私は一足先に向かいますので、お二人は後で!」
「あ、はい」
本心の方はどうなのやら――疑いの目はすっかり染み付いている。
リナが下りてくるのを待つ間、疑惑の目は三六〇度に向かっていた。……遺跡は王国軍の攻撃を受けているとはいえ、身を隠す場所は少なからず存在する。今だって、誰かの視線を感じている真っ最中だ。
ヘカテを呼び出す用意はしておいた方がいい。最悪、騎動殻とも戦闘になる。
「どう? お兄さん」
小声で語りかけてくるリナに、同じく小声で肯定を返した。
「間違いなく誰か潜んでるな。魔術師かどうかは分からないし、騎動殻が紛れてるかどうかも分からんけど」
「……とりあえず、お兄さんの傍を離れないようにするから。よろしくー」
「責任重大だな」
冷静な心持ちで、俺達はクリティスの後を追い始める。
遺跡はほとんどが緑の浸食を許しており、古代の文明を感じさせるものはまず見当たらない。……徹底、ではないかもしれないが、破壊者の敵意は存分に感じられる。
「あーあ、お姉ちゃんが来てれば面白いことになったのになあ。しばらくの間、王国に対する罵詈雑言を吐いてたよ」
「よっぽど好きなんだな、古代文明が」
「だねー。……きっとおばさんの影響もあるんだよ。あの人、アントニウスさんと結婚する前は遺跡の発掘で有名だったらしいから。神器もたくさん持ち返ったんだって」
「……その中に剣の神器とか、紛れてたりはしないよな?」
「えっと……確か無かったと思うよ? 儀式に使うような祭具ばっかりだったって」
「そ、そうか……」
渡された神器が母親の形見だったら、俺と彼女の関係は終わっていただろう。
しかしまさか、母親の後を継いで始めたとは。……自ら命を断った彼女に対して、消えない未練があるということだろうか?
尋ねてみたい気もするけど、こればっかりは簡単に決められない。そもそもイダメアは、俺が過去の出来事を知っていると知らない筈だし。
「……何だかんだって、イダメアが一番他人の影響を受けてそうだな」
「あ、アタシもそう思う。だってそうじゃないと、超一自我のことを怖がったりはしないもんね。……皆が大切だから、遠いところに置いておくんだよ」
「でもそれ、責任から逃げてるだけじゃ――」
直後。
背後から、巨大な鉄塊が振り下ろされる。
「っ、リナ!」
「へ――」
間一髪、彼女を抱えて脱出する。
俺達がいた場所は鉄塊の――巨大な剣の下敷きになっていた。もし気付かなかったらと思うとゾッとする。
剣を辿ると、一本の巨大な腕が。
騎動殻だ。肩には王国の魔術師を乗せており、揃って攻撃の準備を整えている。
「……乗ってきた騎動殻の方に戻れ。最悪、それで脱出――」
「む、無理じゃないかな?」
「は?」
彼女が怯えながら指差した方向。赤い騎動殻がある付近には、数体の騎動殻が壁となっている。
リナ一人で突破できるものではない。こちらが足になってやりたいところだが――
「お兄さん!」
隣には敵がいる。
リナが操っていた物と異なり、フレームの大半が露出している機体だった。守りとして使えそうな装甲は、腕や胸、足の一部についているだけ。作業用として、最低限の機能しか搭載していないんだろう。
しかし巨体だ。人間にとっては、それだけで脅威となり得る。
「リナ! 向こうの機体は動かさないのか!?」
「さ、さっきからやってるけど、全然反応がないよ! 魔力の接続が切られてる!」
「っ、じゃあ――」
蹴散らす以外に有り得ない。
二度目の攻撃に入ろうとする騎動殻を横に、俺はリナを抱えたまま反撃する。
「頼むぞヘカテ……!」
『ったく、しゃーないわね!』
愚痴に背中を押されながら、難なく大剣の横をすり抜ける。
隙を縫う目的で魔術が襲いかかるが、取るに足らない雑音だ。正面から激突したところで、精霊の力によって外へ流される。
「な――」
「ふんっ!」
驚愕する魔術師を余所に、騎動殻の頭部を蹴り砕いた。
既に獅子への切り替えは済ませており、鉄の塊を容赦なく噛み砕く。中にあるフレームもろとも、豪快な音を立てながら。
肩にいた魔術師は攻撃の余波で地面に落ちている。あるいは自分から降りたのか。恐れ慄いたその瞳で、俺達のことを見上げている。
ともあれ一機、無力化できたのは確かだった。
「――なあ、この騎動殻動かせないか?」
「た、たぶん出来ると思う。頭部が破壊されてるから、魔力の供給識別を組み直すだけだろうし……」
「つまり持ち主不在の状態、と?」
「かな。――も、もしかして、これで自分の身を守れって?」
「そうしてくれると助かる……!」
残るは五機。先に蹴散らさなければ、クリティスを追うことは出来ない……!
隊列を組み、まず先頭の三機が前に出る。――それぞれ、肩には魔術師を乗せていた。詠唱もある程度すませており、左右に巨大な火球を浮かべている。
……彼らは手始めに警告してくるが、貸す耳など俺は持っていない。
だって、負ける要素がないんだから。
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