第26話 奇襲 Ⅱ

「ぐ……!」


 初めの一機を、鎧袖一触とばかりに蹴散らした。

 獅子の精霊は今度も加減をしない。俺の指先と動きを合わせて、騎動殻の胸に爪を喰い込ませる。


 最後は抉り取るだけの、簡単な作業。


 フレームの拉げる快音が響くや否や、騎動殻は足元から力を失った。その反動で魔術師も投げ出される。


 残るは二機。この調子なら、片づけるのにそう時間はかかるまい。


「おお……!」


 リナの安全を横目で確認しつつ、赤い機体を解放するべく疾走する。

 妨害はそよ風でしかなかった。自分の身体が思った通りに動いていく満足感、勝利に近付いていく高揚感を演出するための装置でしかない。


 圧倒的な実力差に、騎動殻を操る魔術師たちが恐怖を宿す。


「くるな、くるなっ……!」


「――敵に頼むことじゃないだろ、王国魔術師」


「ひっ――」


 我武者羅に振り回される大剣。物体を振り抜いて生じる風よりも、敵の悲鳴がうるさいぐらいだ。

 故に、もう少し派手なのを見せてやる。


 声で感情を形にできるぐらい、彼には絶望が足りないんだから。


「!?」


 跳ね上がったのは、騎動殻が握っていた大剣。

 それが根元から宙に上がっている。単純にヘカテの牙でへし折ったのだ。


 魔術師に残っているのは、敗北を悟った自責の念。


「ふ――!」


 その彼ごと、騎動殻を砕き切る。

 これで前に出てきたのは残り一機となった。リナが乗っていた騎動殻を守っているものも含めると三機。折り返し地点に差しかかっている。


 といっても、彼らには戦意など残っていない。後ろに下がりながら、逃げる機会を伺っている。


「――君達は下がってください、私がやります」


「クリティス様……!」


 死にかけた希望を取り戻して、彼らが見るのは向かい側。俺の後ろだ。

 そこにクリティスは一人で立っている。リナを人質にするわけでも、不意を突こうというわけでもない。


 頭に来るぐらい堂々と、正面から対峙していた。


「一つお手合わせを願います。――まあ、戦うのは私ではありませんが」


「やっぱりか。スパルトイはアンタの――」


 言葉を結ぶ前に、ついさっき聞いた悲鳴が木霊する。

 王国の魔術師達だ。生存に希望を繋いだ筈の彼らは、下から湧きあがってくる骨に囲まれている。


 その光景は捕食に近かった。騎動殻は無視して、躯の兵士達は生身の人間を喰っていく。


「く、クリティス様……!」


「た、助け――」


 願いは届かない。

 人を捕食したスパルトイは、完全に彼らへと成り変わっていた。その分体格は膨らみ、手は剣や斧のように変形している。


「では、好きなだけ戦ってください。といっても加減を間違えたら、中にいる彼らを殺してしまうかもしれませんが」


「……」


 クリティスはこれ以上なく、歪な笑みを浮かべている。

 捕食されたのは騎動殻を破壊された二人。残る三名は安全地帯から、切り捨てられた仲間を見つめていた。


「おお……!」


 しかし、口から漏れたのは感嘆。

 全員がスパルトイに喰われたことを称賛している。当人達は救出を願ったのに、彼らの耳には届いていないらしい。


 それとも。

 頭が恐怖で固まっているからこその、盲信なのか。


「必要な物は手に入れました。あとはこちらの騎動殻を回収し、帝都へ撤退します」


「何……!?」


 この期に及んで、敵の巣窟に戻るだと?

 嫌な予感しかしない。ヘカテの力を維持して、彼を止めなければ――


「お兄さん後ろ!」


「っ!」


 スパルトイに飲まれた二人は、健気にも主人を守ろうと奇襲する。


 それでも攻撃は掠りすらしないが、足止めの役割は立派に果たしていた。……無視して進もうにも、リナはまだ騎動殻を動かせていない。もう少し守ってやる必要がある。


 しかしその間にも、クリティスは逃げようとしているわけで。


「構ってる暇なんてないんだよ……!」


 抵抗感はあった。

 しかしここで動かなければ、取り返しのつかない事態になるのは明白。


「ギ――!?」


 二体いるスパルトイのうち、一人の腕を切り落とす。


 痛みで彼は動けなくなっていた。何の小細工もない蹴りを避けることすら出来ず、後ろによろめいて倒れてくれる。


「っ――」


 頬には鮮血が付着していたが、構っている暇などありはしない。

 もう一体。攻撃を避けた一瞬の後に、騎動殻と同じように四肢の一本を弾き飛ばす。


「な――」


 絶句しているのはクリティスの方だった。……彼の頭がどうなっているか興味もないが、どうも俺が殺しに準じる行為へ踏み込まないと考えていたらしい。


「しょ、正気ですか!? 貴方は仮にも王国で生活した者でしょう!? 流血を――」


「てめえに言われたかねえよ!」


 俺が身体を弾き出すのと、クリティスが逃げようとするのはほぼ同時。


 しかし動きは他にもある。待機していた三機が、すべて彼を守ろうと動き出したのだ。――勝敗は見えているだろうに、よほど厚い忠誠を誓っているらしい。


「退けよ……!」


 一撃で砕き、背を晒す優男を猛追する。

 一方で彼らも必死だった。青ざめた表情の癖に、全力で彼を逃がそうとしている。


 ――死を覚悟した、なんて潔い言葉で語れるものではない。反抗すれば、王国での居場所が無くなると彼らは躾けられている。


 情けない。


「っ――!」


 自分を見ているようで、心底吐き気がした。


 順調に二機目を撃破。しかしクリティスは、立ちはだかる最後の壁を通り越している。リナの赤い騎動殻に乗ろうとしているのだ。


 相手にしていて、間に合うのかどうか。

 瞬間、


「だあああぁぁぁあああ!!」


 横から突っ込んできた作業用の機体が、目前の障壁を張り倒す。


「リナ!」


「よっしゃ動いた! ――ほらお兄さん、先行って! 盗られたら怒られるから!」


「了解……!」


 だが既に、赤い騎動殻は動き始めている。

 クリティスは高らかに笑いながら、己の勝利を宣言した。


「この新型騎動殻・ケオロースは頂いていきますね。これを手に入れるのが、私の目的でもありましたから――」


「ご苦労さま……!」


 無駄には付き合わず、獅子の一撃を叩き込む。

 加工されたマナ・プレートだろうとぶち抜く威力は、しかし。


「な――」


 防がれた。

 ある程度の衝撃は入っているものの、騎動殻をよろめかせることしか出来ない。


「ふ、ふふ、さすがですね。魔術の干渉を一切断つこの能力。さしもの魔獣殺しも――」


「アンタを狙えばすむ話だな!」


 跳躍一つ。ケオロースの動きより先に、クリティスへ狙いを定める。


「くたばれ……!」


「っ――」


 走る爪。

 ――ケオロースが主人を守ろうとしたのは、ヘカテが彼の右腕を喰い千切った後だった。


「……!」


 ヘカテを切り替えて防御には成功したものの、撃ち落とされてしまったのは変わらない。


 右腕を半分ほど失ったクリティスは、激痛を堪えながらケオロースを操作する。これ以上の長居は無用だと、戦場から離脱することを決断したのだ。


「待て!」


 声だけでは、全速力で去る騎動殻を止められない。

 それどころか一機、こちらを襲おうとする機体がある。――相手にしても大したことがない存在な分、妨害される怒りは二割増しだった。


 クリティスとは別の感情で歯を見せて、俺は妨害者に喰らいつく。


「邪魔すんな……!」


 最後の轟音。五機の騎動殻は、リナが使っているものを覗き大破した。

 しかし成果に喜ぶ暇はない。肝心のクリティスは、もう随分と小さくなっている。このまま追ったところで追いつけるかどうか。


 辺りには薄い闇。帝都からは距離もあるし、人々が異変に気付くかは分からない。


「お兄さん! いそご――ひゃあ!?」


「り、リナ?」


 彼女の悲鳴に続いて聞こえたのは、軽い爆発音だった。……振り返ってみると、操っていた騎動殻が煙を吹いている。


 ひそかに頼りにしていた分、残念でならない。直線の移動ではこちらよりも速かったろうし。


「お、お兄さん、どうする……? 追いかけないとまずいよね?」


「そりゃあ、帝都に戻るって言ってたしな。放っておくのは愚策だろ」


 こうなったらリナを抱えて追うまでだ。こっちにはヘカテの力がある。――正直、追いつけるかどうかは難しいところだが。


「……今日は色々と忙しいけど、頼むヘカテ」


『はいはい。アタシも退屈しなくて最高だわ』


 わ、と驚くリナを余所に、俺は実体化したサモン・コレに跨った。

「乗ってくれ。別に喰われやしないから」


『そうよお嬢さん。……でも、こっちの方が私の好みね』


「……」


 ヘカテの危険発言で、リナは一歩引いていた。

 それでも、必要な存在だと理解はしてくれたらしい。恐る恐る近付くと、俺の手を借りて準備を整える。


「よし、しっかり掴まっててくれよ。飛ばすからな」


『頑張るのは私だけどねえ』


「じゃあ頑張ってくれ。俺達は背中で楽してるから」


『アンタわりと冷静ね!?』


 否定か肯定か分からない台詞の後、ヘカテは一瞬で最高速度を叩きだした。

 冷え始めた風が、頬を撫でる。

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