第27話 子供じみた企み
帝都へ帰還した時、日は完全に落ちていた。
暗闇の支配する時間。人々は自然と家の中に籠り、明日に向けての英気を養っていることだろう。
とはいえ、すべての存在が眠ってしまったわけではない。
「随分明るいんだな……」
「えへへ、凄いでしょ? 全部、魔術工房の人達が作ったんだよ?」
街灯がある。
白い光は太陽の変わりとして、帝都の夜道を照らしていた。不夜城と呼べるほどの活気は作り出せていないが――どこか温かみのある光で、安堵感を与えてくれる。
「えっとね、これはマナ板を光らせてるんだ。ほら、お兄さんが工房に来た時、皆が呪文を刻んでたでしょ? あの時の応用――」
「説明はいいから、急ぐぞ。研究所までもう直ぐだ」
「あ、うん」
ヘカテに乗ったまま、俺達は夜の帝都を駆け抜ける。
……町におかしな点はない。目覚めてから初めての夜ではあるが、常識の範囲内で静まり返っている気がする。
もしクリティスが攻撃を行っていたら、こんな風にはならない筈だ。
まさか既に撃退――も有り得ないだろう。それならそれと、多少の余韻は残っていなければならない。帝国兵が町中を見張るわけでもなし。
クリティスは到着していないか、本当にただ戻ってきただけか。
「っと」
いずれにせよ、中にいるであろうアントニウスに聞けば判明する。
ヘカテの実体化を解除し、俺達は足を揃えて研究所の中に入った。
内部もやはり以前と同じ。……まあ人が入り切っていない上に夜なのだから、静かなのは当然だろうけど。
「先生っ!」
「!?」
こっちが襲撃者になった勢いで、俺は扉をぶち明けた。
――彼はやっぱり普通のご様子。ベッドで眠っているイダメアも同じだ。変化と言えば、彼女に暖かそうな毛布がかけられていることぐらい。
「ど、どうしたんだい君達? こんな夜に」
「色々と事情がありまして。……ここに黒髪の優男が来ませんでしたか?」
「男? いや、来ていないよ。アントニウスはさっきまでここにいたけど……用事があるとかで帰っちゃったね」
「よ、用事?」
てっきり夜通し付き添うのかと思っていたが、違うらしい。
「何の用事か聞いてますか?」
「いいや、僕は聞いてないよ。ただまあ、少し明るい顔をしていたかな。子供に戻った時みたいでさ」
「こ、子供?」
どういうことだ? 落ち込んでいるなら分かるが、楽しんでいるだなんて。
こうなったら直ぐに彼の元へ向かうしかない。ヘカテの堪忍袋がいい加減限界を迎えそうだが、こっちは彼女に頼るしかないわけで。
せめてリナには残ってもらおうかと、算段していたその直後。
「――あれ? もう一人のニュンフ族さんは……?」
「彼女ならアントニウスが連れていったよ。帝国政府の方で、正式に面倒を見ることになってね。今ごろ彼の屋敷にいるんじゃないかな?」
「や、屋敷?」
「ああそれと、彼から伝言を預かっているよ。明日、竜王の遺跡にて待つ、とね」
「――」
頭がついていかない。屋敷に連れていった? 伝言? ……動きの中心がクリティスから、アントニウスへと移りつつある。
まさかの考えが、脳裏を過ぎった。
「ところでミコト君は今夜、どうするんだい? これから屋敷に戻る? それともここに泊る? イダメア君のこと、気になるだろうし」
「そ、それは……」
「甘えちゃいなよお兄さん。アントニウスさん、忙しいかもしれないしさ」
「……」
しかし確認したいことはいくつもある。第一、もし彼が裏で糸を引いていた場合――その真意を探るのは、最優先事項としなければならない。
……こんなことを考えるなんて、俺は意外と白状なようだ。あるいはイダメアへの危機にも繋がるからと、子供らしく背伸びをしたいだけなのか。
「――あの、ミコトさん」
「っ、イダメア!? 大丈夫なのか!?」
「は、はい、どうにか。……そのミコトさんと二人で話をしたいので、リナとクレビオ先生は席を外してもらっても宜しいでしょうか?」
彼女は案外と元気そうに、上半身を起こしながら言う。
イダメアの提案に対する反応は統一されていなかった。リナは妙な方向に期待して、クレビオは一人で首を縦に振っている。
――前者について、中身を推測するのは簡単だ。
しかし後者は異なる。表情には俺達ではない誰かへの、親しみが籠っているのだ。もちろん、一つの納得も。
「では僕達は失礼しよう。ささ、工房長の娘さん、若い二人の邪魔をしちゃいけないよ」
「えー、見たいのになあ。こっちはどうせ、このあとお父さんに怒られそうだし……」
がっくりと項垂れながら、外野は廊下へと移動する。
一方、残された俺達には、初々しい雰囲気なんて微塵もない。かたや罪悪感を匂わせ、かたや企みに気付いて嘆息する。
「……あの、ミコトさん。先に謝っておきますね」
「ああ、何のことか大体予想はついた。……ところで、ここにいたもう一人のニュンフ族は大丈夫なのか?」
「ええ、彼女も共犯ですから。ですので、その――」
「おいっ!!」
閉まったばかりの扉を本当に吹き飛ばす、何者か。
工房長でありリナの父・キュロスだった。やはりドワーフ族は力持ちなのか、吹き飛ばされた扉は完全に歪んでしまっている。
「無事か嬢ちゃん!? 旦那から連絡を受けて、飛んで来たんだが――」
「この通り、今は問題ありません。……し、しかし今後体調を崩すかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「おう、任せとけ! ……ところでウチの騎動殻はどこ行ったんだ? 娘が勝手に持ち出したんだが……」
「――」
俺とリナは沈黙を選んだ。つまり隠蔽する気は更々なく、徐々に驚きを強くするキュロスを観察するしかない。
工房の責任者は踵を返して、娘の肩をがっしりと掴んだ。
「お、お前は何をやった!? オイラ達の努力を無駄にするようなことをしなかったか!?」
「え、えーっと、したかも……」
「なにぃぃぃ!?」
沸点が限界を迎え、娘の肩を激しく揺さぶるキュロス。……といっても、その面持ちはどこか堅い。彼も共犯の一人なんだろう。
何だかもう、本当に苦笑しか零せなかった。クリティスも同じではあるまいな、と無駄な妄想も抱いてしまう。
「……標的はクリティスさんで間違いないんだよな?」
「は、はい。といっても、彼の仲間がどこにいるのか分かりませんので……すみません、そのように振る舞ってください」
「了解。下手なりに頑張るよ」
本気なのか遊んでいるのか分からない親子を横目に、俺は研究所の外へと向かう。――そのように振る舞え、と言われたのだ。順当にアントニウスの屋敷へ向かうとしよう。
「おやミコト君、どこに?」
「アントニウスさんの動きを探ってきます。彼が何を考えているか、知りたい気持ちはありますんで」
「そうか。……まあ、彼の友人として一言謝っておくよ」
「い、いえいえ、そんな。クレビオ先生も巻き込まれて――ですよね?」
「ふふ、どうかな?」
裏の意味を込めて、クレビオは冷たい笑みを浮かべていた。
俺は彼に一礼してから、助けを求めるリナを放って外に向かう。底が見えない大人達に、振り回されていることを自覚しながら。
「……これで、敵の命も残りわずかか」
クリティスにはそこまで恨みもないが、一方で庇ってやる義理もない。王国の出身者というだけで敵視するに値する。
頭の中は、彼らの教育にすっかり毒されているようでもあったし。
「サモン――いや、さすがに止めとくか」
研究所から貴族の住宅街まで、そこまで距離は離れていない。走ってしまえば三十分そこいらで着くだろう。
満天の星空に見守られながら、俺は帝都を駆けていく。
「はあ」
正直、掌で踊らされているきらいはあるが――心の中にあった杞憂は、すっかり払い落された後だ。
最終的にはもう、自分がしっかりするしかないんだろう。
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