第32話 傀儡 Ⅱ
「死ねっ! 帝国人!」
頭上を覆う巨大な拳。
しかしヘカテの一面、コレに切り替えてしまえば捉えることなど不可能だ。風の流れるまま、一切の淀みを排除して疾走する。
跳躍ですら、飛翔の域。
置き去りにされたクリティスとケオロースを眼下において、その一本角を吹き飛ばす。
だが。
「っ!?」
打ち込んだサモン・ディアナは、角を曲げることすら出来なかった。
呪縛結界だ。弱点である筈の角にも、不滅の防壁が敷かれている……!
「はは、それぐらいは予想してますよ。見るからにして狙われそうでしたからね、角」
「ちっ……!」
態度を一転させ、クリティスは攻勢へと移行する。
俺は問題なく攻撃を躱していくが、時間制限に怯えていた。――これまで小さな休憩を挟んできたから持ったものの、魔力切れによる精霊の強制解除が近付いている。早急に呪縛結界を解除しなければならない。
クリティスの台詞からすると、彼ら何かしらの加工を施したと考えられる。それは何か? 遺跡にいた竜の精霊と契約している、彼に出来ることは――
「スパルトイで何かやってんのか!? だとしたら――」
竜の言葉を思い出す。スパルトイは、町に入ると力を失うのだと。
試してみる価値は十分にある。だがどうやって帝都に入れるか。騎動殻なんて巨体、いくらなんでも動かせるもんじゃない。
「無駄だと分かりましたか!? なら骨に埋もれて死ぬといい!」
地中から吹き出る、捲かれた
いずれも雑兵ではあるが、完全に無視できる存在でもない。蹴散らしながら、クリティスへの対策を練らなければ。
こちらのカードは精霊砲を除いた精霊術。そして神器と、遺跡で回収した竜燐ぐらいなものだ。いずれも後半は使い方が不明なものばかり。
「っ、邪魔だ骸骨……!」
精霊の力で、快音を響かせて薙ぎ払う。
瞬間、
『ごめん、もう無理……!』
「は!?」
虚脱感と喪失感に襲われた。
刹那の間とはいえ、動きは完全に停止する。――見逃してくれるほど、クリティスも甘い性格はしていない。
「ぐっ!?」
打ち上げられ、空を舞う。
大地へ叩きつけられた俺に映るのは、押し寄せる亡者の大群だった。十や二十では足りない、百を超える悪鬼の群れ。
抵抗など許さないと、相応するだけの得物が掲げられた。
「ふざけるな……!」
頭の中に湧いてきたのは、いっそう強い激情。
だって、俺には戦うことしか取り柄がないのに。
ここで格好つけられなくて、どこで格好つけろっていうんだ……!
「!?」
制服のポケットから落ちた、壊れた神器と白い竜燐。
その二つが、一つの形に溶けていく。……何かが、起ころうとしているのだ。
しかし。
「――はい?」
本当に溶けてしまった。――跡形もなく、消滅してしまったのだ。
絵に書いたような展開でも、期待していた側はキツネに抓まされた気分で。呆然としながら、自分の死を見届けることしか出来なくなる。
無論、
「なっ!?」
スパルトイが一瞬で全滅すれば、目も覚めるというものだが。
槍、だった。
視界を埋め尽くすほどの槍が、墓標のように突き出ている。スパルトイ達はこの槍で砕かれたのだ。
これが、新しい武器。
敵を淘汰する、自分の意志――!
「っ、それが神器の……!」
蹴散らされたスパルトイには目もくれず、クリティスとケオロースは突撃する。
精霊が使えない俺に避ける手段はない。身体能力そのものは、至って普通な十七歳の少年にまで落とされている。
故に。
攻撃なぞ、させるわけにはいかない。
「――っ!」
空間から突如として突き出した槍の軍が、ケオロースを打撃した。
これまで通り衝撃を殺せず、大きく後ろへ下がる騎動殻。――ゴールは見えた。あとは徹底的に攻撃を叩き込むだけ。
一歩進む。
「ぐっ」
二歩進む。
「こ、の……っ」
三歩、四歩。
「くそっ、くそっ……!」
間断なく、槍はケイロースを帝都へ放りこもうと発射される。彼の目の前以外にも、頭上から雨のように降り注ぐ。
まるで一面の壁だ。回避したところで、俺の後ろから発射された槍が衝撃をぶち込んでいく。
大地は隕石が堕ちたかのように、いくつもの痕跡を刻まれていった。
門まで、残り数メートル。
『お待たせ! ――ってあれ? きばって回復してきたのに、私いらないんじゃない?』
「いや必要だぞ。何秒持つ?」
『五秒ね』
上出来だ。
「サモン……!」
槍の射出を続けながら、俺は全速力でケオロースの懐へ潜り込む。――機体にもクリティスにも、一連の動きを止めることは出来ない。
ただ、後方の門を睨んだだけ。
「チェックだ……!」
「このおおおぉぉぉおおお!!」
吠えた彼は、そのまま地上に飛び降りた。
もちろんケオロースは放置状態だ。密着した状態で発射された槍を受け止めることも出来ず、門をぶち破って帝都内へ投げ込まれる。
主のない状態でも再起しようとする騎動殻だが、時既に遅し。
角を圧し折った後、胸を穿たれて再起不能となった。
「――さて、あとは一人」
門の外。未だに抵抗の炎を燃やしているクリティスが、俺の方を睨んでいた。
彼は両手を広げ、何やら呪文を口にする。
「確かにスパルトイは町の中では動けない。だが、町の形そのものを破壊してしまえば関係ないんですよ!」
「……」
彼の背後に光が浮かぶ。
俺が精霊砲で倒した、あの超ド級スパルトイを呼び出す気だ。……確かに、町自体を破壊する兵器としては申し分ない。
だが。
彼の助けは、いつまで経っても現われなかった。
「!? ば、馬鹿な! どうして――」
「っ!」
混乱する彼を余所に、もう一度コレの力を使う。
精霊の力を出せないクリティスには、防ぐ術も躱す術もなく。
「ご、おっ――」
惨めに一度、喘ぐだけ。
孤を描いて叩き落とされた彼は、もう戦う能力など残っていなかった。
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