第33話 エピローグ

「で、いつからだったんですか?」


「ふむ、知りたいか」


 翌日。修理が行われている屋敷の一角で、俺はアントニウスと対面していた。


 彼は昨日の成果がよっぽど気に入ったのか、常に笑顔を崩していない。……確かに元から明るい人だったが、四六時中笑っているとなると薄気味悪くなってくる。


「仕掛けそのものは、君とイダメアが遺跡に行った時からだよ。あの白い竜は私と契約している精霊でね。クリティスには特別、力だけ貸してやっていたのさ」


「そりゃまた、どうしてです?」


「頭に乗ってもらわなければ困るからだ。でないと行動を起こしてくれないだろう? 煽るには最適の方法だったと言うわけさ」


「……他には? 森にニュンフ族の生徒が入ったのも演技ですか?」


「もちろん。迫真の演技だったろう?」


「――ええ、そりゃあもう」


 お陰で見事に騙された。

 俺は物言いたげな目で、アントニウスに批判を送る。――仲間外れにされたことを恨む、子供みたいな意地の悪さで。


「まあまあ、気にせんでくれ。私は一応、君を信じて計画を実行に移したんだぞ?」


「そりゃどうも。……でも、あんまり無関係な人を巻き込まないで下さいよ? 迷惑掛けるんですから」


「真面目だなあ、君は。早くうちの娘と婚約してくれんかね?」


「きょ、強制はしない約束でしょう!?」


「……うむ、面倒な約束だな。いっそ無かったことに――」


「失礼します!」


 腰の骨が折れそうな勢いで頭を下げ、脱兎のごとく退出する。このままねばったって、向こうのペースに飲まれるだけだし。


 廊下に出た途端、待っていた一人の少女と再開した。


「い、イダメア……」


「ど、どうも……あの、少しお話しても宜しいですか? 昨日の事件について、謝りたくて」


「あ、ああ。全然平気だぞ」


 いつも通りの空気感――なんて二日目で言っていいのか分からないが、俺は彼女の隣に並んで歩きだした。


 しばらく、無言の時間が続いていく。

 聞こえるのは屋敷を修復している人々の声だけだ。……あそこはやはりファウスティナの部屋だったそうで、きちんと元通りにするよう厳命されたとか何とか。


「……すみませんでした。父の都合で振り回して」


「途中で分かったから、別に気にしてないぞ? イダメアの方が大変だったんじゃないか?」


「い、いえ、ミコトさんの方が大変だったでしょう? 実際には何も聞かされていない状態だったんですし」


「だから途中から――ああ、いいや、この辺りにしておこう」


 終わらない謝罪合戦になるのが目に見えている。


 謝罪を受け入れてもらったことに、しかしイダメアは前向きな表情をしなかった。まだ言い足りないことがあるようで、目を小さく泳がせている。

 俺は黙って待つだけだった。行き先も分からないまま、適当に屋敷の廊下を進んでいく。


「……その、ミコトさん、誰かから聞いてました? 私の母のこと」


「う」


 こんな反応をした時点で手遅れだが、さてどうしよう。

 

 ああいや、あまり真面目に考えすぎるのは良くないかもしれない。……イダメアだって、これまでとは雰囲気が違って見えるし。


「その、お父さんから」


「やはりですか……あ、怒ってるわけじゃありませんからね? その、寧ろ謝りたいぐらいです」


「な、なんで?」


「父のことですから、心配してやってくれ、と言われたりしたでしょう? ……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。私は大丈夫ですから」


「……」


 決して強がりじゃないことは、昨夜の彼女を見れば分かる。


 それでもつい気遣ってしまうのは、冗談抜きでお節介ってやつだろう。自分が彼女の役に立っているか自信がないから、あれこれ気を働かせようとする。


「そっか。イダメアがそう言うなら、俺は心配しないことにするよ。――あ、でも一つだけ聞いてもいいか?」


「はい、何でしょう?」


「……イダメアはさ、どうして遺跡に興味を持ったんだよ? その、お母さんの跡を継ぐためか?」


「――」


 人との関係を断ち、周囲を悲しませたくないと考えていた少女。


 遺跡を調べるなんてのは、現代と過去の接点を探るということだ。つまりは関係を作ることであり、彼女の行動とは反している。


 となると、俺には想像できない動機があるんだろう。イダメアだけの、大切な理由が。


「あ、答えたくないなら答えなくていいぞ?」


「いえ、せっかくですからお教えします。……私が遺跡を調べているのは、少し母のことが関係していまして。といっても、研究者としての母ではありませんが」


「ってことは……」


「私は文明が滅んだ時、何が起こるのか知りたかったんです。……昔の私は、母の言葉をまったく理解できませんでしたから。近い物を探って、答えを掴みたかったんです」


「……あったのか? 答えは」


「もちろん。――たとえ何かが滅んでも、誰かが死んでも、世界は回ることが出来ます。どんな偉人が亡くなろうと同じです。私達はずっと、前を向いて生きなければならない――それが、星をめぐる命の仕組みです」


 どこか冷たい、自然の倫理に関するお話。

 しかしイダメアに、後ろめたさは一切ない。目を逸らしたくなえるぐらい、輝かしい決意で前を見つめている。


 あの日。

 牢獄で見惚れた、一輪の花のように。


「ミコトさんには、感謝の気持ちでいっぱいですよ」


「は? どうして?」


「だってあの場で彼と話さなければ、私は過去の自分と決別できませんでした。……真っ当に母を愛した自分から、逃れることが出来なかった」


「立ち向かう、じゃなくてか?」


「それは逃げることと同義ですよ。まあ私見ではありますが……どちらも環境を変える行為です。勇気がいるのは同じことかと」


「……なるほど」


 頷いた頃、いつの間にか俺の部屋が近くにあった。特に意識はしていなかったのに、もう帰巣本能が作られているんだろうか?


 まあ今のところ、他に用事があるわけでもない。ヘカテから小言を挟まれる前に、魔力の補充を行うべきだ。

 俺はイダメアに一言告げて、ドアノブを握る。


「――あの、私からも一ついいでしょうか? お願いごとなんですけど……」


「俺に出来ることなら構わんけど……」


「じゃ、じゃあ、聞いてもらえますか? ――その、私との婚約ですが、形だけでもお受けしてもらえませんでしょうか?」


「――」


「ち、父に迷惑をかけたくないんです。それにミコトさんの立場を強化する上でも、決して悪い話ではないと、思うのですが……!」


 もうイダメアは半分ぐらい狼狽えている。穴があったら入りたさそうなぐらいだ。

 ……急なことで俺も混乱気味だけど、答えは同じこと。


「じゃ、じゃあ、引き受けるよ。俺も別に――」


「ありがとうございますっ! で、では、さっそく父に知らせてきますね!?」


「ちょ、ちょっと待って……!」


 狼狽するあまり、周囲が完全に見えていないんだろう。来た道を戻っていくイダメアは、お手伝いさんと激突しながら先に進んでいった。


 謝罪も最低限。ついでに耳まで真っ赤で、様子のおかしいお姫様を怪訝そうな顔で眺めている。

 何だろう、この罪悪感。狙ってイダメアを混乱させたわけじゃないのに。


「……片付けが必要そうだし、とりあえず手伝おう」


 そんな間に、もう一度メイドさんの悲鳴が。どうも正面衝突らしい。


 こうして。

 屋敷の二日目は、騒々しくスタートするのだった。

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