第91話 交渉人の素顔
「では我々、王国反乱軍は帝国に――いや、ボレアス市に協力を求める」
「……」
関係者が集まる、会議室らしき部屋。そこでマサユキは、堂々と自身の要求を突きつけた。
それが対等な交渉――であるとは、恐らく誰も思っていまい。髭を蓄えた市長らしき人物の他、大半が不安げな表情を浮かべている。
覇気らしい覇気もない。俺が知っている帝国人に比べれば、情けなく見えるぐらいの怯え方。
「……珍しいですね、帝国人にしては」
「仕方ないよ。もともと帝国の北は、異民族の土地だったんだ。性質的には影響を受けていない人が多い。昔から住んでる人は特にね」
「なるほど……」
今度、歴史の勉強も進めた方がいいかもしれない。帝都以外で活動する際、色々な判断の基準に出来るだろうし。
ともあれ今はマサユキだ。無謀にも一人でこの場に赴いた彼は、どんな詳細を出してくるのか。
……息子に対して特別な情を見せることもなく、父親は前置きを作る。
「我々は帝国軍に対し、本質的な敵意を持っていない。――今回、兵を起こしたのはあくまでも『ルーンの民』を打倒するためである」
「理由をお聞かせ願いたい」
真っ先に疑問をぶつけたのは、俺の隣に座っているヤスバータだった。
マサユキは至って冷静な顔つきのまま、机の上で手を組む。
「我々と彼らの目的は根本的に異なっている。打倒する相手が違う。――故に、排除していきたい。道具としては、これ以上の利用価値がないのでね」
「……仲間ではなかった。そう仰るのか?」
「正解だ、若き北の民よ。君とてもともと、この戦いが無謀であることは承知していた筈。我々の行動は、君達を諌めるためでもあるのだ」
「……」
裏の事情まで言われて、ヤスバータは口を閉ざしてしまう。
とはいえ他の者達が驚きを示すことはなかった、……内通者として雇っているようだし、大まかな部分については知っているんだろう。
「――残念だが」
話の流れが途切れたところで、口を開いたのは市長と思わしき人物だった。
彼は正面からマサユキのことを睨み、力強い口調で訴える。
「ボレアス市は帝国の一部。そちらの要求を飲むことはないと思ってほしい」
「帝国の奴隷になり下がると?」
「無論。――しかし勘違いはしないで頂きたい。奴隷にも人権はある。帝国が戴く気高さのため、市は全力を尽くすだけだ」
「……どこまで、その言葉が通用するかな?」
「?」
市長が眉根を寄せた、その直後。
激震と咆哮が、町そのものを揺さぶった。
「し、市長!」
会議室の扉をぶち明けて入ってくる、一人の軍人。
状況が刻一刻と悪化していることに、彼を見た全員が気付いていた。
「だ、大蛇が、こちらに向かっています!」
「何ぃ!?」
――その驚愕は、会議室に集まった全員へ共通するもの。
ヨルムンガンドがこちらに向かっているのであれば、それはトールが敗北したことを意味する。……決してあってはならない、例外中の例外だ。
必死に記憶の棚を探ってみるが、どうしたって彼が敗北するシーンは思い出せない。
俺の知らない情報が、古文書に存在するということだろうか……?
「くく……」
余裕を保っているのはマサユキただ一人。
状況を確認するべく、市長を始めとした数名が会議室を後にする。――もはや猶予は残されていない。終末の蛇は十分もかからず町へ到着するだろう。
「……何をしたんですか?」
「我々は何もしていない。あの蛇が、最初からそういう仕組みだったというだけだ」
「最初から……?」
どういうことだ? 呪縛結界について言えば、トールと相打ちするのが確定している筈。が、今はそれを無視された状態だ。
なら、根本的な話。
あの魔獣は、これまでの魔獣と何かが違う。
「っ――!?」
ボレアスそのものを照らす閃光が、会議室の窓へと飛び込んできた。
恐らくトールのミョルニルだろう。……幸い、まだ彼は敗北していないらしい。これならもう少しは耐えられるだろうか。
「……さて、どうやら手を組むことは不可能なようだ。帰らせてもらおう」
「っ、行かせると――」
言葉は驚きで停止した。
彼の姿が、何の脈絡もなく消えたのだ。
「んな――」
しかし彼の動きは、そこで止まっていなかったらしい。
二階。カンナのいる部屋から、当人の悲鳴が聞こえたのだ。
「ミコト君!」
「分かってます……!」
再び発生したミョルニルの光に押される形で、俺は階段を駆け上がる。
大蛇の咆哮に混じる金属音。焦燥は秒刻みで膨れていき、アポロンを握る力も強くなっていく。
「カンナ!」
突入した途端。
眉間目がけて、銀の一閃が突っ込んできた。
「く……!」
仕掛けたのが誰かなんて言うまでもない。紙一重で躱し、即座に反撃を叩き込む。
しかし敵もさる者。跳躍一つで逃れると、倒れているカンナの元へと向かった。
「動くな!」
倒れて動かない彼女に突きつけられる、剣、
――しかし敵の表情には妙な焦りがあって、見た目通りの危機感を感じさせない。……どういうわけだか知らないが、彼は追い込まれているのだ。
故に、こちらが要求に従う理由はない。最低限の警戒心は残したまま、俺は無言で距離を詰めていく。
「――動くなって言ってるだろう!? くそっ、どいつもこいつも僕の指示に歯向かいやがって!」
父とは思えない、若すぎる口調。
正体が発覚するまで、時間はないにも等しかった。
「……マルコさん?」
「ああそうだよ、僕だよ! お前の父親に命令されて、わざわざこの町に来てやったのさ!」
喚き散らしながら、マサユキの格好をした男は自身の顔に触れた。
途端、仮面を外したかのように顔が変化する。四十代半ばの中年男性から、まだ若い青年の顔立ちへと。
「ほら、早く神器を引っ込めろ! この女がどうなってもいいのか!?」
「……」
方針は変わらない。彼が動こうとすれば、その直前に矢を叩き込める自信がある。
俺は無言で、マルクを睨みながら詰め寄った。
「生意気な目だな……っ! お前みたいな異邦人は、帝国の道具だろうが! 道具が主人に意見するんじゃない!」
「……」
「だいたい、皆なんなんだ!? たかが魔獣を殺せるぐらいで、こいつを歓迎するなんて! 帝国の血が穢れるじゃないか! 王者が純血を維持できなくてどうするんだ……!」
クソっ、とカンナに剣を突き付けたまま、マルクは地団駄を踏んでいる。
――あまりにも露骨な隙で笑いたくなるが、逆に焦る必要はなさそうだった。簡単な仕事だと分かって、余裕が大きくなるぐらい。
口端をつり上げながら、俺は一歩ずつ進んでいく。
「お前のせいだ、お前のせいだお前のせいだお前のせいだ……! 帝国は血筋ですべてが決まるんだぞ! 僕は皇帝に繋がる血を持ってるのに……!」
「――他には?」
「っ、態度のなってない聞き方だな! いいぞ、まずこの女を殺し――」
台詞と行動が直結することはない。
剣はあっさりアポロンに弾かれた。――わずかに悲鳴を漏らすマルコ。が、激情が冷めたわけではないらしい。
「くそっ! 何を手間取ってるんだ、あの馬鹿ヘビ! とっとと僕を助けに来いよおおおぉぉぉおおお!」
「っ――」
微かに揺れる窓。――外には、巨大な影が伸びつつある。
時間切れが、来たのだ。
「は、ははっ! なんだ、ちゃんと出来るじゃないか!」
「やばい……!」
天井の向こうを仰ぐマルコ。
俺は彼を無視して、そのままカンナの元へと走る。――トールやロキ、ヤスバータのことが気掛かりだが、今は自分と彼女のことで手一杯だ。
そのまま、窓ガラスを破って建物の外へ。
だが遅い。
「――」
見上げた先には、視界を塞ぐ巨大な尾。
死を覚悟させるには、十分すぎる迫力だった。
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