第38話 中継都市エオス Ⅱ
「ありがと、ここまででも助かった。あとは一人でヘリオスまで行くから、放っておいて」
「ま、待ってください!」
しかしテューイは待たない。むしろ勢いを増して、徐行運転中の竜車から飛び出していく。
だからだろう。
真上から来た巨人の足に、テューイが気付いた時には手遅れだった。
「え――」
「っ、ヘカテ――!」
『はいはい、お任せ!』
精霊の力を宿す神速。流れるように少女の後を追って、ギガ―ス達も使う大通りへと駆け出していく。
人の重さが両腕に乗った瞬間、頭に触れるか触れないかの位置に巨大な足があった。
「ミコトさん!?」
「――大丈夫だ!」
悲鳴に近い呼びかけへ、俺はテューイを抱えたまま応じる。
彼女は驚きのまま固まっていた。踏み潰しそうになったギガ―スも同じで、巨大な目をコレでもかとばかりに見開いている。
『お、おいそこの人間、生きてっか?』
「あ、はい、どうにか」
『そりゃあ良かった。……嬢ちゃん、この町で飛び出しは禁物だぞ? 今みてえにオレらが踏み潰しそうになっちまうからな』
「……ご、ごめん、なさい」
『なに、これから気ぃつけてくれりゃあいいさ』
騒音としか思えない笑い声を放って、ギガ―スは大通りを進んでいった。
抱きかかえたテューイは今も呆然としている。自分の身に何が起こったのか、きちんと理解していない様子だった。
もっとも、叱ろうなんて気持ちにはならない。今の件については、イダメアにも原因があるんだし。
俺は周囲の安全を確認しながら、改めて彼女を立たせる。
「怪我はしてないか?」
「う、うん」
「しっかし、上から来るとはなあ。人間や他の亜人族ばっかの町で暮らすのとは、少し事情が違いそうだ」
「……」
他のところでも、似たような光景は見えている。うっかり竜車を潰しそうになるギガ―スがいたり、やっぱり人間を踏みそうになったり。
ただ、最悪の事態に発展することはいずれも無かった。テューイのように飛び出すような者がいないからだろう。
「じゃ、気をつけてな。ヘリオスで会えたら、また」
「ま、また……」
困惑気味なままの彼女を置いて、俺は竜車へと戻っていく。
中ではイダメアがさっそく後悔していた。遺跡や歴史の話をする時と同じく、いつものクールな彼女とは似ても似つかない。
「うう、申し訳ありません……」
「何事もなかったんだ、気にするなって。お陰でこっちも、ギガ―スに気をつけて歩かないといけないって分かったし」
「――なかなかの皮肉ですね」
「え、いや、そんなつもりは……」
喋っている間に、竜車は再び進みだした。
大人しくイダメアの隣に座ると、いつも通りの彼女が目に入る。……切り替えが早いというか、メリハリがついているというか。どっちが素なんだろう?
なんて思っていると、窓の向こうには休息している竜車がいくつも。
「ではミコトさん、この辺りで小休憩といたしましょう。今夜エオスで宿を取るか、ヘリオスに直行するかは――」
『ああ君達、少々いいかな?』
頭上を覆う、一面の影。
ギガ―スだ。これまで見た個体と体格に違いはないが、髭を生やしている。顔も皺が目立っており、それなりの年齢に達していることを悟らせた。
……真上から見下ろされている所為だろうか。彼の眼差しには威圧的なところがあって、思わず警戒してしまう。
「おお……!」
一方。年老いたギガ―スの登場に、イダメアは興奮気味の様子。
無論、この老ギガ―スが全能時代の生き証人である証拠はどこにもない。勝手に彼女が期待しているだけだ。
「……何か用ですか?」
『いやな、先ほど去っていった少女がいるだろう? ――彼女のことについて、我と話をしてほしいのだよ。時間もありそうだし、構わんだろう?』
「話、ですか?」
チラリとイダメアに横目を使うと、彼女は大袈裟なぐらいに頷いていた。……期待に裏切られた時に備えて、フォローの用意はしておこう。
ともあれ反対する人間はいないので、俺は声をかけてきたギガ―スに頷きを返す。
『決まりだな。――っと、自己紹介を忘れていたな。我が名はロキ。よろしく頼むぞ、魔獣殺しの少年』
「……」
告げられた名前にどう反応するべきか――しばらく迷ってから、俺は月並みの言葉を返す。イダメアも同じだった。
巨人、ロキ。
こちらも北欧神話の名前だ。しかもフェンリルの父親。
さすがに偶然で済ませることは出来ない。加えてフェンリルと因縁を持っていそうな、テューイの話をしたいと言い出してきたのだ。裏があると見て然るべきだろう。
……だからと言って怯えるつもりも、必要以上に警戒する気もないのだが。
『近くにギガ―スでも利用できる店がある。そこで食事でも奢ろうと思うのだが、どうかね?』
「い、いいんですか?」
『当然だ。少しでもあの子の――テューイの面倒を見てくれたのだろう? 身内として、少しぐらい礼をさせてくれ』
「み、身内!?」
似ても似つかない、両者の姿と形。
驚くしかない中で、竜車は静かに歩みを止めた。
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