第37話 中継都市エオス Ⅰ
エオスというのが、町の名前らしい。
ヘリオスから運ばれる荷物が、帝国各地へと向かうための分岐点。町はその役割を全うするための規模と、人員を割り振られている。
中でも、やはり亜人族の数は多かった。
帝都にもいたドワーフとニュンフはもちろん、やけに図体のデカイ男達を目にする。……アントニウスは二メートルを超える巨人だったが、いま映る彼らは更に巨大。倍近くはあるんじゃなかろうか。
「彼らはギガ―ス、巨人族ですね。殆どが王国出身、あるいは避難してきた方々の子孫になります」
「圧倒されるな……」
「まあ大きいですからね。平均寿命も長く、千年ぐらい生きている方も存在しているそうですよ」
「――イダメアが会いたさそうな人だな」
「あ、分かります!? 千年前というと、全能時代が終わって間もない頃ですからね! もしかしたら生き証人かもしれないんですよ! それでですね、実は――」
イダメアは目を輝かせながら、お得意の歴史トークを始めていく。
ついていける筈がないので、俺は適当に相槌を打ちながら外を見ていた。
さすがに町中なので、フェンリルへの警戒は止めている。今は竜車の中から、エオスの町並みを眺めて時間を潰していた。
町を歩く人々が雑多なら、建物も雑多だ。小さい家、大きい家、店も同じように大小の種類がある。恐らくギガ―ス族と、そうでない種族で分けているんだろう。
「しかし、ギガ―スか……」
妙な一致があったものだ。
ギガ―スとは、ギリシャ神話に登場する巨人族の名である。といっても下半身が蛇で、巨大な人間、と一概に言えるわけではない。
その種類は、魔獣に分類される。
少なくとも王国で読んだ古文書には、そのように記されていた。これまで遭遇したことは無かったので、それ以上のことは言えないが。
「……」
エオスの町を歩く彼らは、きちんとした足を持っている。蛇なんて影も形もない。
にも関わらず、ギガ―スという名前で呼ばれている。
果たして偶然なのか、何かしらの意図があるのか。――個人的には後者であってほしい。魔獣の正体を突き止める手掛かりになるし、過去に古文書を読めた人物がいる証明にもなる。
故郷に未練があるわけじゃないけど、同郷の人物がいれば会ってみたいのが本音だ。
「それでですね、実はギガ―ス族は神の眷属とも呼ばれているんですよ? その歴史は全能時代が始まる頃よりも古いんです!」
「か、神の眷属?」
「おっ、きちんと聞いているとは、優秀な生徒さんですね。神の眷属というのは文字通りの意味で、昔の巨人族は人間よりも優れた文化を持っていたそうです。魔術工房、ありますよね?」
「あ、ああ、ドワーフの皆さんが務めてるところだろ?」
「はい。――あそこで使用されている呪文を刻む道具、アレってギガ―ス族が使っていた物を真似たそうなんです」
「へえ……」
さすが神の眷属、なんだろうか?
お陰で余計に興味が湧いてくる。ギリシャ神話に出るギガ―スも、地母神によって生み出された神の眷属だ。
どこまで同じで、どこが違うのか。
こうなったらイダメアの遺跡散策に、俺も付き合った方がいいかもしれない。
「厳密には違う」
「え?」
突然語り出したのは、向かい側の席に座って動かないテューイだった。
「ドワーフはギガ―スから生まれた種族。呪文刻みの槍は、真似をしたんじゃなくてギガ―スから与えられたもの。鍛冶のやり方も教わってる」
「そ、そうなんですか? ――というかテューイさん、詳しいんですね! もしかして歴史が大好きで寝る間も惜しんで勉強するぐらい大好きだったりします!?」
「――」
テューイの肩を掴んで、逃げられないようにしてから迫るイダメア。……明らかに向こうは引いてるんだが、彼女は気付いた様子もない。
「……おや?」
不意に、イダメアが首を傾げた。
テューイはぶっきら棒な表情のまま、自分を抑えている両手を振り払う。直後に目を伏せて、何かの罪悪感に耐えるように。
「……別に、歴史が好きってわけじゃない。知ってる事実とは違う情報が出てたから、訂正したかっただけ」
「つまり好きということですね!?」
「だ、だから、違う。興味ない」
「おや、でしたらなぜ訂正するのですか? 興味がないのであれば、誤解されたままでも構わないのでは?」
「っ、だから――」
苛立ちを込めて言い返そうとするテューイだが、途中でその勢いは消えていた。
代わりにイダメアが、大きな胸を誇らしげに逸らして言う。
「執着があるからこそ、貴女は訂正せざるを得なかった! つまり私と同じ趣味趣向を持つことは明白です! ミコトさんは付き合ってくれそうにありませんし、このまま歴史について語り合いましょう!」
「……」
テューイはうんざりした表情で、俺に助けを求めてくる。が、残念ながら何の役にも立てません。
まあこっちとしてはイダメアの話し相手、もとい犠牲になってもらえるなら幸いだ。…・…あとで謝罪する必要性は大かもしれないけど。
「わ、私は馴れ合いをする気はないから。歴史の話なら、そこの男性とやって」
「そ、そんなっ! フェンリルとの戦いに、ミコトさんは必要不可欠な人材です! 貴女はフェンリルと因縁があるようですし、せっかくですからお話を――」
「くどい、あと意味分かんない。……貴族のお嬢様は随分と我儘みたいね」
「う……」
わりと自覚があるのか、イダメアは黙ってしまった。
勝利の余韻に浸るのはテューイの番。彼女はあざ笑うように鼻を鳴らしてから、竜車のドアを開ける。
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