第39話 ロキのお願い事

 ギガ―ス族が利用するだけあって、店はかなり大きい。


 といっても、地下に掘り進められている形だ。人間は地上に張られた床の上へ、巨人の彼らは地下に腰を下ろす形式となっている。


 会話がしやすいように位置も調節され、ロキの顔は真横にあった。


『我とテューイは、遠い親戚のようなものでな。種族こそ異なるが、同じ一族の出身なのだよ』


「マジですか……」


 信じ難い話を聞きながら、俺達は遅めの昼食を進めていく。

 ギガ―スの食事はその体格と同じように巨大だった。焼かれた牛がほぼ一頭、ロキの前に運ばれているのだ。


 これを一日三食となると大変――なんて素直な感想は、ロキの新たな告白によって解消される。


『ふむ、一週間ぶりの食事は最高だな。お代りしたくなってくる』


「そ、そんな抜きにして、大丈夫なんですか?」


『心配は無用だ。身体がそういう風に出来ている。――もし我らが人間と同じようなペースで食事を取ったら、地上の生物が消えてなくなるぞ?』


「そりゃそうですね……」


 ロキは頷きながら、手元に置かれているスプーンとフォークを使って肉を切り始めた。無論、それらの道具も巨大である。


『まあ我らと異なる種のギガ―スは、地上のすべてを平らげるような勢いで食事を採っていたらしいがな。今では一人も残っていない』


「……絶滅したんですか?」


『左様。まあ、厳密には自爆だな。連中はもともと王国――エルアーク王国に住んでいたそうで、今でも当時の名残が発見される。……ほとんどは、王国に破壊されてしまったのだがな』


「な、なんて酷いことを……!」


 突然割り込んできたのは、もちろんイダメアである。


 彼女は常日頃、遺跡の破壊を推奨しているエルアーク王国に苛立ちを隠さない。本人達を前にした日には、罵詈雑言の嵐を浴びせることだろう。


「過去の遺物を破壊するなんて、何を考えているんですか彼らは! 私のお仕事が減ったらどうするんです!」


「そこは人類の損失、とか言っとけよ……」


「何故です? 過去の産物が、時には争いの種になることもあります。損失と断言できるほど、私は遺跡に惚れ込んでいません」


「……」


 いつもの冷静な抑揚で、大嘘を吐くイダメアだった。


 直後に彼女は、ロキへ質問しようと前置きを作る。――でもこれ以上話題が逸れるのは困るので、一声かけて我慢してもらうことにした。


「テューイの話をしたいんですよね? ロキさんは」


『その通りだ少年。……が、本格的な話に入る前に一つ確認したい。君達は、彼女に対して違和感を抱かなかったか?』


「違和感?」


 突然言われても、思い当たる節はない。帝国内で王国魔術師が着るようなローブを着ていた、ぐらいだろうか。


 あとは他に、童顔の可愛らしい美少女だったぐらい。個人的にはイダメアの方が好みだが、人によってはテューイの方に惹かれる場合もあるんじゃなかろうか。


「――あの、私は少し感じました。彼女の肩を押さえた時に」


『ふむ、そうか。噂は事実ということになるな……』


「噂?」


『ああ』


 聞かれたら困る独り言ではないらしく、ロキは肉を咀嚼しながら頷いた。

 こっちも食事を進めるとしよう。そこまで急ぐ理由はないが、冷めた方が美味そうな料理ではない。


 食事と会話を切り替えつつ、俺達は昼を過ごしていく。


『ここだけの話だが……テューイは、片腕に神器を埋め込まれているらしい。フェンリルを殺すための神器だそうだ』


「う、埋め込まれてるって……」


 イダメアが話した違和感とは、それのことだろうか?


 正直、人道的な行いである匂いはしない。何せフェンリルを殺すための道具、ときた。俺が持っている神器も武器だったし、同じジャンルである可能性は十分高い。


『あの子は神器を嫌っている。どうにかして自分から切り離せないものかと、方法を探っているようでな。――そこで導き出したのが、フェンリルと戦うことだ』


「ど、どういうことですか?」


『私も直接聞いたわけではないのだが……テューイに埋め込まれている神器は、フェンリルを封印する装置の一つらしい。加えて試作機ゆえ、一度しか使用することが出来ん』


「……だからフェンリルを封じて、神器の機能を止めようと?」


『そうだ』


 ロキは握っていた食器を下して、改めて俺達に向きあう。

 真剣な眼差しはテューイの両親ではと見紛うぐらい。こっちも自然と肩に力が入って、食事を進める手を中断する。


『……どうか、あの子を守ってやってくれないだろうか? 現在ヘリオスで起こっている魔獣被害は、テューイが一人で挑めるものではない。この通りだ、頼む……!』


 強風を勘違いするような息使いの中で、ロキは深々と頭を下げた。

 もちろん、俺達だって同じ目的を有する者。断る理由はなく、味方が増えることは喜んで迎えたいぐらいだ。


「ミコトさん」


 会話の主導権は俺とロキにあると遠慮しているのか、イダメアは催促してくるだけ。

 なら承諾するとしよう。……一番の問題はテューイが了承するかどうかに掛っているが、直ぐに確認を取ることは出来ない。


 ロキの安心を買う――それが今、俺達に出来る協力だ。


「分かりました、出来るだけテューイと行動するようにします」


『……感謝する。我一人ではどうしようもなかったのでな』


「――そうですか」


 彼もまた、テューイと同じく事情を抱えているんだろう。


 話が落ち着いて、俺達は食事を再開する。雑談をする間柄でもなし、黙々と料理を頬張っていった。

 一方でイダメアは、こちらに怪訝そうな顔を向けている。


「ミコトさん、何か気になることでも?」


「うん? ……いやその、ロキって名前がさ。フェンリルと関係があるんだよ。それでな」


「どのような関係なのですか?」


「まあ親子だよ。これも古文書に書いてあるんだが……ロキには三人? いや三匹か? まあ取りあえず子供がいて、その長男が巨狼・フェンリルなんだ」


「……私達の隣にいるロキさんも、同じ人物なんでしょうか?」


「古文書のロキは神様だぞ? あやかってる、って考えるのが普通だろうが――」


『ふむ、我の名が気になるのか?』


 意外と陽気そうに、ギガ―スのロキが割り込んできた。

 誤魔化すには手遅れだし、俺は素直に首肯する。彼もこれといって拒否する様子は示さず、前置きを作って語り始めた。


『我の名は先祖代々使われてきたものでな。近くの遺跡にも、我と同じ名が刻まれている』


「――どこですか!? その遺跡っ!」


 一瞬で切り替わったイダメアは、興奮のあまり身を乗り出して尋ねる。


『エオスの西にある遺跡だ。役所が管理しているのでな、簡単に入ることは出来んぞ?』


「それなら問題ありません。許可を取る方法はいくらでもありますので!」


『そ、そうか?』


 となると、午後の予定は決まったらしい。

 まあその予定には俺も賛成だ。この世界におけるフェンリルとロキの繋がりを知れば、敵を打倒する上で役には立つ。


 可能ならテューイも同行して欲しかったが、それは贅沢というものだろう。


「じゃあ俺も付き合うかね。ヘリオス行きは明日でいいんだな?」


「一応連絡は入れておきます。寄り道するわけですし……」


「……確かに連絡は必要だけど、寄り道って考える必要はないだろ。有力な情報が手に入る可能性が高いんだ、しっかり調べた方がいいと思う」


「なるほど、お任せください。ギガ―スについては少々専門外ですが、必ず成果を上げてみせます」


 騒がしい食堂の中で、イダメアは拳を握って見せる。

 午後に使うエネルギーの源は、まだまだ湯気を放っていた。

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