第51話 見栄っ張りドワーフと老剣士

「お、お前達が殺したんだろう! 証拠が無かろうと、その目を見れば分かるんだ!」


 震えた声で批難するのは、髭が生えていない若いドワーフだった。


 向かいにいるのは数名のギガ―ス。……これだけ見ると、カールヴィが臆病だとは到底思えない。数メートルの体格差がある相手に、よく口論を挑んだものである。


『はっ、アリどもが何言ってんだよ!』


 代表格らしき若いギガ―スが、ドワーフ達を見下ろしながら言う。


『てめぇらを殺すのに、どうしてコソコソしなきゃならねえんだ!? だいたい食ったところで、腹も膨れねぇってのによ!』


「ふ、ふん、食うつもりなんて最初からないんだろ? お前達ギガ―スは、ただ僕達を殺して喜んでるんだ! 殺戮者の血を引いてるからね!」


『……その殺戮者の前で、よくも言えたもんだな』


 彼らを中心にしている緊張感は、ここで一気に濃くなった。

 どうやら限界らしい。ギガ―ス達は一人残らず、冷たい眼差しでドワーフを――カールヴィを睨んでいる。


「ふ、ふん、殺戮者と言われただけでその反応か! やっぱり歴史は事実なんだ! 本当に人殺しだからお前達は――」


『このアリがっ!』


 言うが早いか、若いギガ―スは拳を振り下ろした。


 間一髪のところで躱すカールヴィだが、そこから次の行動はない。完全に腰を抜かしている。――後ろに控えているドワーフ達へ、自分を動かせと命じるぐらいだ


 ギガ―スからすれば、失笑ものの抵抗だが。


『はっ、大口叩いたかと思えばその程度かよ! 死ね臆病者!』


「いかん……!」


 いの一番に飛び出したのは、俺でもテューイでもなくグニヘリルだった。


 下敷きになりかけていたカールヴィを、寸前のところで救出する。……ギガ―ス達はすっかり表情を反転させ、割り込んだ老人の背中を見つめていた。


『ぐ、グニヘリルの爺さん……』


「……お主らの気持ちは分かるが、ここは矛を収めてくれんか? 拙者の目が黒いうちは、亜人族同士の殺し合いなどさせたくないのだ」


『――爺さんの言うことなら仕方ないッスね。……おいお前ら、行くぞ』


「……」


 彼らは一人も反論しない。全員がグニヘリルに頭を下げ、港町の奥へと向かっていく。


 残されたドワーフ達には安堵の声と、少数ながら勝ち誇ったような嘲笑が聞こえた。――これかキュロスと同じ種族なのだから、個人的には驚きを禁じ得ない。


「ふ、ふん、臆病者はどっちだ。老人が一人来ただけで逃げるなんて……奴らは殺戮者なだけじゃない、卑怯者だ!」


 助けてもらった恩義も語らず、カールヴィは喜々として語っている。


「――馬鹿者っ!!」


「ぐっ!?」


 それを強制的に止めたのは、グニヘリルの拳だった。臆病者のドワーフは小石のように地面を転がっていく。


「お前はいつもいつも……言ってはならん言葉があるのを、まだ分からんのか! 彼らの誇りを汚すのもいい加減にしろ!」


「じ、ジジイのくせに生意気だぞ! そ、それにお前は、僕の両親から僕のことを頼まれたんじゃなかったのか!?」


「確かに拙者は託された。――が、怠け者を放っておけとは言われておらん!」


「ひっ……!」


 グニヘリルは帯刀している剣を抜くと、カールヴィに近付いて突き付ける。


 ……もう少し反攻があると思いきや、彼はそれで黙ってしまった。することと言えば、尻餅をついたまま後ろに下がるだけ。見世物と勘違いするぐらいの腑抜けっぷりである。


「く、くそっ!」


 取り巻きのドワーフに起こされて、彼はようやく威勢を取り戻した。


「お、覚えておけよジジイ! 僕に逆らったこと、絶対に後悔させてやるからな!」


「……」


 負け犬の遠吠えとはこのことか。

 大勢の仲間達を連れ、カールヴィはそのまま去っていった。もとい、逃げた。駆け足なところからも疑いようがない。


 ――卑屈な言い方かもしれないが、安心する。この帝国には、俺よりも情けないやつがいるんだって。


「はあ……」


 グニヘリルは全身を使って、今の苦労を吐き出していた。


「見苦しいところをお見せしました。拙者がもっとしっかりしていれば……」


「知り合いなんですか? あのドワーフと」


「ええ、昔世話になっていた上官の息子でしてな。……父親は立派なお方だったのですが、息子は情けない人物になってしまいまして。いやはや、責任を痛感します」


「彼のご両親は、今……?」


「帝国軍の仕事で家を開けております。その間の世話を、拙者や他の者達が引き受けたのですが……ご両親がいなくなった途端、性格が変わりましてな。ああなったのです」


 はあ、とグニヘリルはもう一度嘆息する。見るからに大変そうで、なんだか聞き出したことが申し訳なかった。


 にしても、両親がいなくなった直後に豹変するとは。知らないところで相当甘やかされて来たんだろう。偉大な親を持つ子供の、わりと典型的な顛末になっている。


 ああいう人物は叱ったとしても手遅れじゃないだろうか? 物理的に痛めつけた方が、ずっと効果的な気がする。


「――さて、この話はこの辺りにしておきましょう。私は若いドワーフ達が暴走しないよう、しばらく目を光らせておきます故」


「あ、はい。……何かあったら、呼んでくださいね? すぐに行けるかどうかは分かりませんけど……」


「ほほ、気持ちだけでも十分ですぞ。――では、これにて」


 グニヘリルは恭しく礼をして、近くで待機していた部下の元へと戻っていく。

 辺りにはまだ、騒動の余韻が残っていた。衝突が発生することを憂う声も、そこかしこから聞こえてくる。


 ……勘違いだけは、しないように努めよう。ドワーフもギガ―スも野蛮な種族ではない。カールヴィ一人が外れているだけだ。


「さっきのギガ―ス……」


「は?」


「私、聞きたいことがある。――危ないかもしれないから、一緒に来て」


「へ? ちょ――」


 思い切りの良さは屋敷を出るときと同じ。といっても、今度は手ではなく腕を掴まれたが。


 騒動の片翼を担っていたギガ―スは、直ぐに発見できた。……追いつくまで一苦労なのは言うまでもないが、テューイは少しも気にかけていない様子。


「待って!」


『あん?』


 ゆっくりと、巨大な首が後ろに回る。

 彼の周りにいた数名のギガ―スも同じだった。直前と異なり表情は落ち着いていて、恐怖を掻き立てる要素は一つもない。


『アンタ達はさっきの……俺達に何か用か?』


「……その、聞きたいこと、ある」


『聞きたいこと? さっきの喧嘩についてか?』


「ちょ、ちょっと違う。私が聞きたいのは、その、えっと……」


『――』


 はっきりしないテューイに、ギガ―スは苛立ちを示し――たりはしなかった。むしろ笑っているぐらいで、そこにはもちろん悪意がない。


『はは、別に焦らなくてもいいぜ? 俺達は別に、怒ったり逃げたりもしないからな』


「……そ、そうじゃない」


『?』


 予想を外されたギガ―スは首を傾げるだけ。……このままじゃ埒が明かない。俺が代理として間に立った方が良さそうだ。


 隣に並んで、俺はテューイの小声を聞く。


「さっきドワーフが言ってた、殺戮者の意味について聞いて」


「……失礼すぎやしないか?」


「重要なこと。貴方が誠意をこめて質問すれば、向こうも理解を示してくれる」


「……分かった、分かったよ」


『??』


 不思議そうな目を向けたままのギガ―スに、俺は深呼吸をしてから向かい合う。


 彼も空気の変化を悟ったんだろう、表情を切り替えていた。カールヴィと口論していた時ほどではないが、巨体のもたらす圧力は相当なもの。奴が怯えるのも無理はない。


 まあだからって、腰を抜かす程ではないが。


「先ほど、ドワーフが殺戮者と言っていましたよね? あれはどういう意味ですか?」


『……アンタら、知らないのか?』


「えっと、多分知らないかと」


 刺すような眼差しは、途端に力を抜いていた。

 しかし警戒だけはしており、後ろにいる同族達の様子を伺っている。

 

 幸か不幸か分からないが、当人達はこちらの存在にまったく気付いていなかった。仲間の一人が離れていることも、目に入っていない模様。


『あんま大声で言わない方がいいぞ、その話。……どうしても聞きたいってんなら、適当な店に入って話そう。あ、もちろん人間やドワーフの店は駄目だぜ? ぶち壊しちまう』


「――じゃあ、それで」


「……」


 いきなり割り込んできたテューイが、誇らしげな抑揚で場を纏めた。

 さすがに文句の一つでも言ってやりたいけど、彼女は気にも留めずにギガ―スの後を追っていく。


「――ま、いいか」


 これぐらいのことで、わざわざ自分の手柄だと主張するのも馬鹿らしい。最低でも、テューイの役には立てたんだし。


「ミコト、早く行こう」


「あ、ああ。――あ?」


「なに?」


「え、いや、その……」


 何でもない、とかぶりを振って、俺は二人の後を追っていく。

 ちょっとだけ緩くなっている頬を、気付かれないように隠しながら。


『あ、そうそう、俺の名前はロキってんだ。よろしくな』


「ろ、ロキ!?」


 まったく同じ名前に、再び驚きを隠せなくなる。……やはりギガ―スの中では有名な名前なんだろうか? 


 質問の内容が増えていくことを実感しながら、俺はテューイとギガ―スを追い掛けた。

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