第52話 ギガ―スの都合

 招かれたのはエオスの町と同じ、ギガ―ス族と他種族が兼用する食堂だ。


 といっても店はまだ開いておらず、特別に入れさせてもらっただけ。……どうもこちらのロキは店の主人と昵懇じっこんの間柄らしく、すんなりと通してもらえた。


『聞きたいのは、どうして俺達が殺戮者呼ばわりされて、ぶち切れたのか、だよな?』


「あ、その前に一つ。……ロキって名前、ギガ―スの中だと多いんですか?」


『ああ、多いぞ。ヘリオスにいるギガ―スだと、俺以外に十人そこらはいるんじゃねえかな? ……なんで、俺のことはジュニアとでも呼んでくれ。中で一番若いからな』


「は、はあ」


 そのジュニアは、俺達の横に座って腕を組んでいる。どう話したもんなかな、と悩んでいるようでもあった。


 と、店員らしき女性がコップに入った水を持ってくる。もちろん、ギガ―スの方は巨大な代物だった。


 ジュニアは水で軽く喉を潤してから、そうだな、と一言。


『殺戮者って呼称はな、王国でよく使われてた呼び名なんだよ。帝国の創設に関わった大巨人・ロキの子孫ってことでな。ほら、王国からすれば敵国だろ?』


「……ここは王国出身者も多いですから、そういう呼び方が広がったと?」


『だろうな。――俺達にも種族の誇りってのがあるから、連中の侮辱は看過できねえ。特に年いってるギガ―スは敏感に反応する。気をつけろよ?』


「はい。――これでいいか? テューイ」


「……」


 彼女は未だ、沈黙を守っていた。

 ここまでくると俺もどうすればいいのか分からない。ジュニアの方も同じで、ポカンと口を開けたままだった。


『……今の質問は、そっちの美少女ちゃんがしたかったのか?』


「ええ、まあ。でも彼女、人と話すのに馴れてなくて。代わりに俺が、ってところです」


『はは、苦労してんな。……でもどうして気になったんだ? 俺達が殺戮者なんて言われてる由来、この町に住んでいるやつらは大体知ってるぜ?』


「……とのことだが、どうなんだテューイ?」


「――本当は、もう一つ聞きたいことがある。……その、変身能力があるかどうかについてなんだけど」


「えっとジュニアさん、ギガ―スって変身能力なんて持ってるんですか?」


『へ、変身?』


 二つ目の質問には脈絡がなくて、さすがの彼も混乱気味だった。

 

 とはいえ俺個人は、その理由が分かっている。

 テューイと同じ理由だとすれば不思議でもあるが――北欧神話のロキは、変身して他の生き物になったりするシーンが多い。


 祖先であるようなことを言っていたし、今のギガ―スも行える可能性は十分ある筈だ。……ジュニアの反応を見る限り、そこまで確率は高くないだろうけど。


『んー、少なくとも俺は無理だなあ。確かに大巨人・ロキは、変身する能力があったって聞くけどよ。ウチの長老でもそんな能力はないぜ?』


「じゃあ、もっと昔のギガ―スは?」


『あー、大巨人に近い血筋の連中は出来たかもしれん。子供の頃、昔話だって親に聞かされたことがある。――でもまあ伝説だ、誰も信じちゃいねえよ』


「……伝説でもう一つ、聞きたいことがあるんですけど」


『おう、なんだ?』


「胸から血を流しているギガ―スって、知りませんか?」


『む、胸から血を?』


 ロキ・ジュニアは再び腕を組む。……いくら何でもホラーすぎたろうか? そんなギガ―スがいるとすれば、ただ重傷を負った者でしかない。


 しかし俺とイダメアにとっては別だ。パレーネ遺跡で出会ったあのギガ―スは、自傷行為を何とも思っていなかった。彼にとって、胸を血で浸すのは当たり前のことなのだ。


『……確かこれも、子供のころに聞いた話なんだが……いるっつっちゃあ、いたと思うぞ。まあ子供に対する脅し文句として使ってたんだけどな』


「というと?」


『そんな悪戯をしていると、ガルムに喰われますよー、ってな。んでガルムってのは……ギガ―スの間で伝わる、いたずら小僧を喰っちまう怖い犬の名前だよ。まあ実在しないらしいんだけどな。大人も笑って話す程度の存在だよ』


「……」


 残念だが、俺は笑う気持ちにはなれない。

 ガルムは北欧神話に登場する番犬であり、北欧神話最強の犬と称される魔獣だ。古文書に載っていたし、恐らく実在するんだろう。


 そしてこのガルム。フェンリルと同一視されることがある。


 しかし両者にはいくつか違いがあるものだ。ガルムはロキの子供じゃないしフェンリルが番犬として登場することもない。


 他に目立つ違いがあるとすれば、血。

 ガルムは常に、胸から血を滴らせているという。フェンリルについてはこれがない。


 そしてあのギガ―ス。ジュニアから聞いた、変身能力の話。

 ……どうやら、クレイプニルは役に立たなさそうだ。あれはフェンリルを拘束するための道具であり、ガルムを倒すにはまったく別の方法がいる。


「お話、どうもありがとうございました。……テューイはもういいか?」


「うん。参考になった」


『そうかそうか、俺も話した甲斐があるってもんだ。……でもどうして、変身能力なんて聞いたんだよ? ギガ―スのことでも調べてるのか?』


「えっと……」


 問いの根本はテューイなので、俺は隣の席に目を向ける。


 しかし彼女はこちらの視線に気付かないままだった。自分の膝を見つめながら、何やらぶつぶつとぼやいている。


『だ、大丈夫か? そこの美少女ちゃん』


「え、ええ多分。もともと喋るのが苦手みたいなんで」


『そうか……まあ他にも聞きてえことがあったら、ヘリオスの西にある洞窟を訪ねてくれ。そこに他のギガ―スと一緒にいるからよ』


「あ、はい」


 ロキ・ジュニアは腰を上げると、方手を振りながら店を出ていった。

 ……忘れちゃならないが、まだ店は開店前。あまり長居をするのは従業員にも迷惑だろう。残った水を飲んで早々に出なければ。


「ほらテューイ、行くぞ」


「――帰るなら一人で帰って。私は急ぐ」


「い、急ぐって……あっ、おい!」


 跳ねるように席から立つと、テューイは店の出入り口を潜っていった。

 わざわざ出してもらった水を飲み干して、急ぎ彼女の後を追う。――正直、嫌な予感しかしない。このままなら外に飛び出すだろうし、ヘリオスにもギガ―スが普通にいるのだ。


 怪我だけはしてくれるなと、祈りながら店の外へ。


「ひゃあっ!?」


「――」


 とまあ、彼女らしからぬ悲鳴が聞こえた。


 何が起こったのかと言うと、ずぶ濡れである。

 周囲に同族しかいないのを確かめて、ギガ―スの一人が大胆な水撒きをしていたのだ。そこにテューイが突っ込み、滝のような一撃を受けた。


『うおお!? だ、大丈夫か!?』


 慌てて謝意を示してくる原因の一人。店から出たばかりのロキ・ジュニアも、つられて踵を返していた。


「言わんこっちゃないな」


「うう……何で二回目……それに寒い……」


「だったら一度、屋敷に戻ろう。放っておいたら風邪ひくかもしれないぞ」


「べ、別に、これぐらいは平気。急がなくっちゃいけないんだから、寄り道は厳禁!」


「そういって店飛び出して、ずぶ濡れになったのはどこのどいつだ? 急いだ結果寄り道してないか?」


「う……」


 意外にも素直な反応を見せたところで、俺は彼女を取ることにした。――思いっきり抵抗されるものの、こちらもしっかり抵抗しておく。


 まあこれで逃げ辛くなるろう。屋敷へ黙々と屋敷へ連行までだ。

 俺は水撒きをしていたギガ―スとジュニアに謝罪してから、来た道を戻っていく。


 まだまだテューイは抗議をして、一歩先に進むだけでも大変だった。

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