第50話 港町の朝 Ⅱ
なんだか、昨日に比べると随分行動的じゃないか? なら大助かり――なのだが、最低限の礼儀ぐらいは果たさせて欲しい。これでイダメアの好感度が下がったら最悪だぞ。
しかし俺の心配を気に留めず、テューイはついに町へと出た。
その直前、屋敷のメイドさんに伝言を残すことには成功している。これでイダメアについては、あとから言い訳をすることも出来るだろう。
「むう……」
でも反面、怒る彼女を見てみたい気持ちはあった。
これまで謝罪をされたことはあるけど、謝罪を求められたことは一度もない。できればこう、少し頬を赤らめながら怒って欲しいというか――
「気持ち悪い」
「へっ!?」
「さっきからニヤニヤしてる。私、変なことした?」
「あー、いや……変なことをしたというか、考えているのは俺だよ、うん」
「?」
ますます首を傾げるテューイ。こっちとしては、説明しろ、の一言が来ないことを祈るだけだった。
俺達はそのまま町へ。潮風の匂いに誘われて、雑多な種族が作る賑わいの輪へと飛び込んでいく。
「やっぱり亜人族が多いんだな……」
「もちろん。でも注意して、王国から逃げてきたばっかりの人もいるから。そういう人はかなりピリピリしてる」
「? 帝国に迎え入れてもらえたんだし、普通は気を抜くもんじゃ……」
「そういう人もいるにはいるけど、数としては少ない。――ほら、あそこ」
テューイの指差した先。見窄らしい格好をした人間が、帝国兵に連行されている。
彼ら声高らかに、自分の正当性を主張していた。亜人族を排斥するのは当然だ、と。……帝国兵は無論のこと耳を貸さないが、大勢の亜人族は不快感を隠さない。
「王国から亡命してくるのは、亜人族に限った話じゃない。ああいう人間だってやってくる」
「……で、律儀に帝国は受け入れてると」
「そう。――亜人の人達はそれを不満に感じてる。他種族すべてを疑う人も多い。だからヘリオスには緊張感がある」
「なるほどね……」
確かによく見ると、エオスと比べて笑顔が少ない町だ。姿形の違う他人へ、多くの人が疑惑の目を向けている。
帝国の町として見ると、かなりの異端だとしか評価できない。……これまで見た人々が皆、前を向いていたのとは逆の方向性だ。
王国と帝国の在り方を、そのまま一つの町として押し込めたような。
「おお、これはミコト殿。おはようございます」
「あ、グニヘリルさん。おはようございます」
「晴れたよい朝ですな。……まあ、町の方には暗闇が差したままのようですが。今日も亡命を希望する者が大勢訪れましてな……」
「さっき連れて行かれた男もですか?」
「その通りです」
言っている間に、新しく人間の王国人が連れていかれる。かなり暴れており、帝国兵たちも手を焼いていた。
グニヘリルは深く嘆息して、憐みの籠った目を向けている。
「酷いものですな。かつて亜人族を迫害していた故、いつまでも自分にその権利があると思い込んでいる。……習慣とは恐ろしいものです」
「……王国に住んでた人間は、どういう理由でここに来るんですか? 亜人族は想像がつきますけど……」
「大抵は亜人族と同じく、命の危険に遭遇している者ばかりで御座います。中には反逆罪で王国を追われた者もいるとか」
「は、反逆罪!?」
「まあ実際は、王国政府による免罪だと聞いております。拙者の祖父も、かつて似たような罪で追われた者でしてな……」
「す、すみません」
「ほほ、気にする必要は御座いませぬ。祖父が追われなければ、拙者は皇帝陛下や貴族の方々と会うことはなかった。こうしてミコト殿と、先祖の話をすることもなかったでしょう」
「……」
かつて似たようなことを、キュロスの娘が言っていた。
あの時、下手な同情は止めようと決めたつもりだったが――グニヘリルの言う通り、習慣はなかなか消えない。それが地球にいた十五年間で培われたのなら尚更だ。
直したい気持ちだけが、先走りしているらしい。
「ところでミコト殿、私どもに何か、お手伝い出来ることは御座いますかな?」
「えっと、今のところは特に。テューイも問題ないよな?」
「……うん」
グニヘリルを前に緊張しているのか、彼女は俺の後ろに隠れながら答えた。
昨夜の態度から一変していることもあって、グニヘリルの方も驚いている。――が、テューイの性格については、直ぐに理解を示してくれた。
「では私はここで。急用が御座いましたら、町の南にある詰め所へ来てくだされ。名前を出していただければ、直ぐ皆協力するでしょう」
「……なるべくお手を煩わせないよう、努力します」
「はは、そう遠慮なさらずとも。昨日も言いましたが、私どもは――」
直後。ヘリオスの中央に該当する場所から、いくつもの怒号が響いてきた。
「っ……!」
「あっ、おい!」
テューイは目の色を変えて走っていく。
俺もグニヘリルも、急いで彼女の後を追った。……あの性格じゃ、物事を解決させるなんて出来っこない。問題が余計に複雑化しそうな気がする。
「大方、種族間の対立でしょうな。早朝にドワーフの重要人物が町に来ましたので……」
「――それは、エオスからですか? まさかカールヴィとかいう?」
「おお、よくご存じで。……あやつは臆病な性格なのですが、後ろ盾があると妙に威張り散らす男でしてなあ。衝突の発端でしょうよ」
まったく。
面倒な人物が、やってきたものだ。
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