第66話 エピローグ

 夜。

 一日の仕事が終わって、今は俺達の滞在先で夕食会が開かれている。


 集まっているのはヘリオスにいる帝国軍の関係者や、魔術工房の関係者などなど。ガルムに関わった者達は、そのほとんどが屋敷に訪れていた。


「……うるさいな」


「まあこんなものですよ。帝国貴族の夜は」


 屋敷の中庭では、メイド達によって次々に料理が運び込まれている。


 既に満腹でダウンする者もいるが――そこは豪快な帝国人。なんと胃の中身を戻してから、再び参戦している。意外と実行している人数は多く、普通の光景として受け入れられていた。


 ……大規模な夕食会が初めての俺にとっては、もう驚くしかないのだが。


「さすがにギガ―スの人達は来ないんだな……」


「あの人達が来ると、出費が大変なことになりますからね。そもそも人間の食事じゃ満腹になりませんし。……お会いしたかったんですか?」


「え、いや、まあ……」


 実は夕食会の前、面白いものをやろう、とロキに言われていた。

 どうも盟約に関する代物らしい。もう少し踏み込んで言うと、全能時代に書かれた古文書だそうだ。


 ……このことはイダメアに話していない。ただでさえ古代文明に興味津々な彼女だ、ロキだって対応に困るだろう。


 なのでこうして、無言で待ち続けているわけだが――


「み、ミコト!」


「うん?」


 会場の一角。初対面の時と同じローブを羽織った少女が、駆け足で近付いてくる。


 その身体には本来あるべきモノがない。お陰でバランス感覚にも影響が出ているんだろう、彼女は少し覚束ない足取りでやってくる。


 どこか健気で、つい手を差し伸べたくなるような雰囲気だ。


「お、おい、そんな急がなくても……」


「へ、平気だってば。……ところで、明日には帝都へ帰っちゃうの?」


「ああ、一応な。もともとガルムの事件を解決するために来たわけだし」


「そう……」


 らしくなく、彼女は静かに目を伏せた。


 個人的には意外な反応である。てっきり、もう少し冷たく送ってくれると思っていた。利害の一致で行動していただけなんだし。


 ……いや。利害の一致で行動したからこそ、彼女は別れを寂しく思っているのかもしれない。


「別に帝都なんて、その気になればいつだって来れる。しばらくはヘリオスにいるんだろ?」


「その予定。……でもあのお爺さんによると、両親ぐらいの学者だったら直ぐに働く場所が見つかるって。それまでの間になると思う」


「じゃあその時、帝都で会うかもしれないわけだ」


「どうだろ……両親はもっと、帝都の田舎で仕事をしたいって言ってた。遺跡が沢山あるから」


「遺跡! いいですね!」


 大好きなワードが入り込んできたので、やっぱりイダメアはいつもの調子だ。

 そこに日常を感じつつ、俺はテューイに手を差し出す。


「今度会った時には、イダメアと遺跡の話でもしてやってくれ。テューイも行ける口なんだろ?」


「多少は……って、今度会った時には、じゃない。今度会った時も、が正しい」


「はは、そうだなあ」


 俺が笑みを浮かべている間に、彼女は手を握り返してきた。


 直ぐに再会しそうな、しかし確かな別れ。

 約二日の濃厚な時間に対して、意外とあっさりした解散だった。


「――? ロキ?」


「お」


 テューイの視線が向いた先を追えば、屋敷の敷地外から一人のギガ―スが手を振っている。月明かりと街灯に照らされた姿は言うまでもない。


 最後にもう一度挨拶して、俺は二人に背を向ける。他の参加者にも気付かないよう、こっそりと。


『なんだ、彼女達と話さんでいいのか?』


「前もって約束してた客人がいるもんで。……何もって来たんですか?」


『日記の切れ端、それに鍵だ』


「鍵……?」


 ロキの手には、口にした品が揃って乗っている。

 古めかしいデザインの無数の鍵だった。キーホルダーによって束ねられており、それぞれ微妙に形が異なっている。


 もう一つは一枚の紙。これが日記の切れ端なんだろうが――


『古文書と同じ言語で書かれている。我ら古のギガ―スでも読めなくてな。お前にやろう』


「……」


 やはり、中身は日本語。

 相当な年月が経っているんだろう、字は少し擦り切れている。全能時代――千年以上前の物だとしたら、仕方ないことかもしれないが。


『お前が真実を追う上で、二つとも役に立つだろう。特に鍵の方はな』


「何の鍵なんですか?」


『全能時代の資料を保管している部屋の鍵だと聞いている。まあ世界中に散らばっているそうだが……全能時代に何があったか、どうして滅びたのか、如何にして起ったのか――すべてが記されているそうだ』


「……」


 ここにイダメアがいなくて良かった。

 場違いな安心を得ながら、俺は鍵と紙を受け取る。……世界の真実とやらが、どれだけ俺に関係あるのかは分からないけど。


「そういえば、日記の本体は……」


『すまんが紛失した。帝国政府ならその在り処を知っているかもしれんが……まあ期待はするな。五百年近く前の話なんでな』


「途方もない時間ですね……」


『――そうだな、人間にとってはそうかもしれん。だが我にとっても、人類にとっても取るに足らぬ時間だ。世界は何一つ変わっていないのだから』


「……」


『っと、すまんすまん。これ以上は盟約に叱られてしまう。宴会に参加するわけでもなし、老人はここで立ち去るとしよう』


「顔ぐらい出したらどうなんですか? テューイもいますし」


『いやいや、気を遣わせてしまう。しばらく、あの子とはいつもでも会えるのだからな。急ぐ必要はあるまいよ』


「そうですか?」


 ……逆にこっちが気を遣われている気もしてくるが、本人の決めたことだ。これ以上の追及はするまい。

 二つの品を手に、俺は夕食会の会場へと踵を向ける。


「――あの、ところで日記を書いた人って……」


『ふむ、教えていいのかどうか難しいが……まあ小さな情報だ。盟約に叱られることもあるまい』


 それはな、とロキは前置きを作る。

 ……どこか空気は重苦しい。きっと俺の頭にあるいくつもの推測が、それを誘発させているんだろう。


『王国にて、一番最初に確認された異世界人。異世界召喚の術式、その基礎を作り出した男――名を、サクラ・マサユキという』


「え……」


 俺のフルネームは佐倉、ミコト

 マサユキは、父の名前だ。


『ではな。次に会う時は、お前が我らが知る以上のことを知った時だろう。――味方であることを祈っている』


「あの――」


 返答はない。視線を向けられることもない。

 ただ、謎だけが残っていた。

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