第56話 魔獣殺しのハッタリ Ⅱ
「……ロキさん、大丈夫ですか?」
『おお、ミコトか。我は大丈夫だ。……この通り、まったく動けんのだがな。自慢の髭も引っ張られて痛いのなんの』
「はは……」
子供のころに読んだ、ガリバー旅行記のワンシーンを思い出す。
構成もピッタリだ。ギガ―スにとって、ドワーフは小人に近い。危険だと思い込まれて拘束されるところもどこか似ている。
『ミコト、カールヴィをどうにかしてくれ。あやつが余計なことを話す前に』
「構いませんけど……後で少し、お尋ねしたいことがあるんです。よろしいですか?」
『……あい分かった。その様子だと、色々発覚したようだしな。……我はそこまで協力できんが、可能な範囲で動こう』
「そ、それは、どういう――」
問い続けようとした横。カールヴィは両手を広げて、自分の正当性をアピールしている。
「いいか、コイツは古のギガ―ス族だ! 巨狼に化けて、この町を襲っていたんだよ!」
「……それは有り得ない。ついさっき、敵の正体が発覚した」
「は、発覚!? それこそ有り得ないだろ! 僕の仲間は見たんだ、コイツが狼に変身するところを――」
「あー、ちょっといいか?」
話がこじれる前に、さっさと決着をつけてしまおう。
意外にも口を閉ざしてくれたカールヴィを前に、俺はいつも通りの抑揚で語り出す。
「ヘリオスに出現してる魔獣はロキさんじゃない。ガルムっていう、まったく別の魔獣だ」
「な、なに!? 証拠でもあるのか!? 魔獣自体、ほとんど目撃例が無いんだぞ!」
「――証拠ぐらいあるさ。魔獣の出身地だ。……初めに目撃されたのは確か、グニヘリルさんの出身地なんだろ?」
「あ、ああ、そうだ。だがそれが何の――」
「実はさ、その村に洞窟がある。冥界に続くって言われてる深い洞窟がな。……古文書によると、やつはそこを根城にしてる。でもロキさんは違うだろ?」
「……き、聞いたことが無いぞ! そんな話!」
「そりゃあアンタ、古文書読めないだろ?」
「う――」
なので少しぐらい、ハッタリをかましても問題ない。
正直に言おう。俺は特別、ロキを擁護する証拠の類を持っていない。
彼がフェンリルであることや、ガルムではないことを証明する方法が無い。
しかし古文書の内容については、ある程度まで俺が通る。他人には納得ではなく、信じてもらうしかないのだ。
故に、堂々と嘘を言う。カールヴィ相手なら罪悪感のざの字もない。
「……」
近くにいるテューイは、唖然として俺を見つめていた。洞窟の話なんて初めて聞いた、と言わんばかりである。
そりゃそうだ。神話の物語から洞窟があると予想はしているが、実際にあるかどうかは知らない。
「ほ、本当にそんな洞窟があるのか!? 直ぐに調べさせて――」
「おいおい、帝国貴族お墨付きの魔獣殺しを疑うのか? 失礼だと思うんだが」
「な、何だと!? お、おおお前の方こそ僕に意見して、無礼じゃないか! 疑うのは当然のことだ!」
「じゃあどっちが正しいか、ヘリオスの人達に決めてもらおう」
なあ? と俺は精一杯の虚勢を示して、人々に同意を求めていく。
しかし、真っ先に反応したのは取り巻きのドワーフ達だった。彼らは怒号にも近い大きな声で、自分達が味方する少年の正当性を主張する。
一番肝心な町の人々は、数秒経っても反応を見せない。
あ、まずい、このままじゃ――
「ま、魔獣殺し!」
歯切れの悪い声を上げたのは、隣にいるテューイ。
彼女は耳まで赤く染まりながら、しかし自分の主張を押し通す。
ややあってから、同調が来た。
声はいくつもの形を取って、徐々に集まっている者達を飲み込んでいく。反対にカールヴィ側の声は小さくなり、飲み込まれてたも同然だった。
「な、なな、何でこんなよそ者に! 僕の方がここで暮らして長いんだぞ! こ、これまで何をしてやったか、忘れたのか!?」
『くく……』
騒々しさが増す中でも、確かに響く巨人の声。
ロキは笑いを堪えようと必死だったが、カールヴィにまで隠し通すことは出来なかった。
「ど、どこがおかしいんだ!?」
『いや、両親とは正反対のことを言うのだと思ってな。彼らは言っていたぞ? ――年月など関係ない、真実に従う者にこそ栄光はある、とな』
「ぐ、ぐぬ……」
いやまあ、俺の言ったことは大ウソですが。
ともあれカールヴィにはダメージがあったらしい。彼は完全に勢いを失い、その場で地団駄を踏んでいる、絵に書いたような小物っぷりだ。
『ミコト、すまんが縄を切ってくれんか? 力で解こうとしても難しくてな』
「お安いご用ですよ、それぐらい」
神器を展開して、一発で綺麗に切断する。
……今さらだが、最近ヘカテに頼る機会が減ってきた。戦闘時の足としてはまだまだお世話になりそうだが――またヘソを曲げられないか心配になってくる。
頭の中で
「……さっそくですけど、質問していいですか?」
『いや、待ってくれ。さすがにこんな人前で話すことではない。もう少し落ち着いた場所で構わんか?』
「もちろん。――あ、そこで頭を抱えてるカールヴィはどうするんです?」
『ふむ……』
悔しさを紛らわすため地団駄を踏んでいた彼は、跪いて頭痛を堪えるような仕草をしていた。仲間が呼び掛けても、追い払うだけで耳を傾けない。
『放っておけ。今日か明日には、帝都から監査役も来る。――このまま責めたのでは、職を追われたショックも示せなくなるだろう』
「か、監査なんているんですか?」
『滅多に仕事はないがな。……だが、お陰で張り切って来るだろう。ああ、会いたければ明日にでも紹介するが?』
「そうですね、ガルムの一件が片付いたら」
順序を間違えてはならない。放っておけば最悪、ロキへの疑念が再燃する展開も起こりうるだろうし。
出来れば今日中に解決したいところだ。予測がすべて当たれば、それも不可能ではないだろうし。
『では、適当に休める場所へ行くか。我とテューイ、ミコトとイダメア。この四人で話をしよう。――っと、グニヘリルも呼んでおくか』
「あれ? お知り合いだったりします?」
『無論だ。我はもともと、ヘリオスでカールヴィの前任をやっていたからな。忘れたわけではあるまい?』
「そりゃあ覚えてますよ」
だからハッタリをかまして、ロキの味方を作るという博打を行った。
カールヴィが町の住人からそこまで信頼されていないのは、あの性格を知れば想像できる。ロキの方がまだ信頼されているんだろう、とも。
……人々が判断を迷っていたことは、正直意外だった。それだけガルムの被害がなんだろう。改めて自分に課せられた責任を痛感する。
「じゃあ行きましょうか。近くにギガ―スの入れる食堂がありますし」
『うん? この時間だと開いていないのではないか?』
「――」
しまった、その可能性があったか。
でも他に人の目を避けられそうな場所は知らない。屋敷に彼を招いたら、壊れてしまうのが当然だし。
『こうなったら、無理を言って開けさせてもらうしかないな。我が贔屓にしている店もある、そこなら応じてくれるだろう』
「……は、はい」
やっぱり嫌な予感がするんだが、ロキの希望もある。
頭を下げる用意だけはしておこうと、俺は一人で覚悟を決めた。
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