第57話 ギガ―ス族の秘密 Ⅰ

「……ロキ、私は凄く怒ってる」


『な、何故だ? 我が何をした?』


「変身のこと、私に隠してた。……あの魔獣フェンリルがロキじゃないかってことは勘付いてたけど、やっぱり気に喰わない。――それにまだ、隠し事してるでしょ?」


『むう、仕方なかろう、お前に迷惑をかけるわけにはいかなかった。後者ついては――まあこれから説明はする。それで構わんだろう?』


「駄目。これまで黙ってたんだから、まず謝ること」


『ふむ、面倒だ』


「な――」


 親子のような親しさでロキとテューイが話す中、俺は案の定、としか思っていなかった。


 ロキに案内された店は、ジュニアと話したあの店だった。今もやっぱり開店準備中。そろそろ開けるようではあるが、特別に入れてもらったのは間違いない。


 同じ従業員が水を運んで来て、俺は誰よりも深く頭を下げる。

 彼女――従業員さんは笑って過ごすだけだ。別に引きつっているわけでもなく、非常に健康的な笑顔である。


「……」


「? イダメア、どうした?」


「……別に何も。彼女とはお知り合いなんですか?」


「いや知り合いってほどじゃないけど……さっきさ、テューイと一緒にここへ入ったんだよ。今と同じように準備中だったのにさ」


「ああ、それで」


 何故か、安堵感と共に胸を撫で下ろすイダメア。向かい側にいるロキは笑い、その横にいるテューイは物言いたげに目を細めていた。


『さて、何から話したものか……』


 運ばれた水にも手をつけず、ロキは天井を見上げている。

 彼の顔付きには後ろめたさや罪悪感が一切なかった。ただ、単純に感慨へ耽っている。


「その、古のギガ―ス族というのは……?」


 誰も話し出さないことに痺れを切らして、前かがみになったイダメアが問いかける。


 ロキは視線を戻すと、ふむ、と一言置いた。……横にいるテューイは何故か縮こまって、縋るような目を巨人に向けている。


『現在のギガ―ス族とは異なる種族の者達だ。全能時代に絶滅したとされているが、見ての通り生きている。まあ我を含め少数だがな』


「それが何故、魔獣などと?」


『我らには肉体を組みかえる能力がある。我らはギガ―スでありながらギガ―スではない、少々複雑な種族なのだ。――ああ、最初にお前達と会った狼は我だぞ』


「そうだったんですか……」


 ひとまず納得するイダメアだが、瞳には消し切れない疑念の色が宿っている。

 どうして黙っていたのか、そもそも目的は何なのか。


 こればっかりは話しながら判明させていくしかあるまい。……テューイはもちろん、俺だって知りたいんだ。ロキも無碍むげには扱わないだろう。


『まあ理由について全容を話すことは出来ん。下手をすると自我を失い、肉体は暴走を開始してしまう』


「またまた驚き。……でも少しは話すの?」


『助けてもらった礼もある、すべてを黙っておくわけにはいかん。――我らに掛っている呪いも、少しぐらいは許してくれる筈だ。……うむ、今おかしくなってないな? いつも通りか? 我は』


「いつも通り」


『そうかそうか。はっはっ!』


「あ、頭撫でないで! 子供扱いしないで!」


『何を言うか。我にとってはいつまでも子供だぞ』


「ひ、ひどい! せっかくロキの無実を証明しようと頑張ったのに……」


 ふてくされているテューイだが、そんな彼女もロキにとっては可愛いんだろう。笑顔で彼女の頭を撫でている。


「……ロキさん。私達も貴方のことは、口外しない方がよろしいのですね?」


『そうしてもらえると助かる。まあ通りの方では大勢の人間に聞かれたが……黙っておいてくれるのにこしたことはない。我らも少々、窮屈な種族なのでな』


「と言いますと?」


『呪縛結界だ。我らは盟約と呼んでいるのだが、種族全体を拘束する要素が存在する』


「じゅ、呪縛結界が……?」


 俺とイダメアは驚くしかない。テューイも全容を知ったのは初めてだったらしく、赤い瞳を大きく開いている。


『まあそこまで強力ではないのだが……破った場合、ガルムのようになってしまう。正気を失い、暴れるだけの存在となる』


「ぱ、パレーネ遺跡を襲撃したギガ―スのことですね……!」


『その通り。――っと、何をそんなに怒っているのだ?』


「し、失礼しました。私情に過ぎませんので、どうぞ話を続けてください」


『?』


 とは言いつつも、再燃した私情はなかなか収まりそうにない。イダメアは虚空を睨みながら、握り拳を作っている。


 ……しかし、あのとき邂逅かいこうしたギガ―スがガルムだったとは。強敵なのを頷く一方、仕留め切れなかったことへの責任を感じる。


『ミコト達はやはり、ガルムめを倒すのだろう?』


「そのつもりです。まあ今のところ、封じる方向にしようとは思ってますけど」


『我からもその方向性で頼みたい。……数少ない同胞を、ここで失うわけにはいかんのだ。それこそ盟約に反してしまう』


「……あの、その盟約って具体的には――」


『さっきも言ったが全体を話すことは出来ん。だが……ガルムが破った盟約については教えよう。奴が破ったのは、人の世を堅持すること、だ』


「つまり今回みたいな被害は、そのまま盟約の違反に繋がっていると?」


『その通り。故に、盟約を遂行していると認定されれば、奴の暴走も収まるだろう』


 となると、解決策は二つになった。

 ガルムを盟約の輪に戻すか、グニヘリルの故郷にある――かもしれない洞窟に封じるか。


 まだ準備不足の感じは否めないが、方法が増えたのは素直に喜びたい。テューイの神器に頼る必要もグッと減った。

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