第7話 魔術学園 Ⅱ

「おおミコト君、初めましてだな。私はアントニウス。名前だけだが、魔術学校の校長をやらせてもらっているよ」


「ど、どうも……」


 奥の机で笑みを浮かべる、一人の男性。


 屈強な身体つきの、清々しい笑顔が特徴的な男性だった。蓄えた髭も立派なもので、一組織の長であることを見た目の時点で納得させる。……個人的には、軍人にしか思えないが。


「いやはや、娘を助け出してくれたこと、感謝しているぞ。一時は二度と会えないと思ったのだが……君には一生感謝してもしたりんな」


「い、いえそんな……自分に出来ることをやったまでです」


「ははっ、良い返事だ! イダメアが気に入るのも分かるぞ!」


「……」


 まさかと思ってイダメアに横目を向けると、赤くなった頬と俯いた姿が見える。

 率直な反応を見て、校長は更に上機嫌。が、娘の方は、冗談で済まされない表情になっていた。


「――校長、くだらない話をするのなら帰りますよ」


「何だ何だ、いつもの調子はどうした? ミコト君が帰ると言わなければ、帰るつもりはないのだろう?」


「そ、それは……」


「というわけでミコト君、、娘のことをよろしく頼む。アレでけっこう抜けているところがあってな。一つのことしか目に入らんのだ」


「校長!」


「ぬ、何故止める。ここからが面白いというのに……」


「私はまったく面白くありませんっ。むしろ迷惑です!」


「相変わらず頭の堅いやつだな。もう少し余裕を持って周囲を見ろ。私もお前の母親も、そういう性格だったろう?」


「だから逆にこうなったんです!!」


 イダメア、必死の主張。


 父・アントニウスは、肩を竦めるだけだった。もう少しあやつに似ればなあ、と残念そうな溜め息も一緒に零している。


「――ああミコト君、娘から話は行っているかね?」


「えっと、帝国政府からの依頼、ってやつですか?」


「うむ。この国は長い間、魔獣からの被害に悩まされてきた。……やつらはその特性ゆえ、通常の攻撃手段では対抗できん。君のように、古文書を読み取れる人材が必要不可欠でな」


 言って、彼は机の引き出しから年季の入った本を取り出した。

 話の流れからして古文書の類だろう。……にしては、きちんと本として纏まっていたりするが。


「これは過去、帝国が調査した遺跡で発掘された古文書を写したものだ。君にやろう」


「よ、よろしいんですか?」


「構わん構わん。娘を連れ戻してくれた、礼の一つ――と言いたいところだが、これでは足りんな。後で別の品を用意しよう」


「……」


 懐かしさに駆られて、俺はついつい本を開く。


 使われている文字は問題なく読めるものだ。帝国や王国で使われている言語ではない。故郷――地球で使われている文字だ。具体的にいうと日本語。


 中身は各地の神話に登場する魔獣を記したものだ。あるいは、それをモデルにした怪物達。……この世界と向こうが別物である以上、そういう表現がしっくりくる。


「……古の儀式により呼び出された異世界人は、その文字が読めると聞く。やはり君も問題ないのかね?」


「ええ、平気ですよ。王国でも読んでましたし」


「ほほう」


 嫌味も何もなく、アントニウスは興味深そうにこちらを眺めている。


 じっくり目を通したいところだが、今は彼と話している途中だ。一人の世界に入っていたことを詫びてから、俺は視線を戻していく。


「そちらの要求には従いたいと思います。魔獣の対処、よろこんで引き受けますよ」


「おお、それは助かる。王国との対立が続いている今、国内の不安要素は取り除いておきたいのでな。――イダメア、アレを彼に渡してくれ」


「かしこまりました」


 すると彼女は、何故か壁に向かって歩き始めた。


 首を傾げたくなる行動だが、ふざけているわけではないらしい。これまで通りの真面目な面持ちで、イダメアは正面から突っ込んでいく。


「ちょ――」


 止めようとした、その直後。

 壁に波紋を立てながら、イダメアはその中に溶け込んでいってしまった。


「――え」


「はは、驚く必要はない。単なる隠し通路だ。……一応、帝国にとって重要な品を保管しているんでな、私やイダメアでなければ開けられん」


「魔術、ですか?」


「左様。といっても、王国のものとは系列が異なる。帝国の魔術は物に細工を施して使う形式でな。まあせっかくだ、このあと作業現場でも――」


『校長、よろしいでしょうか?』


 俺達の通った扉が、柔らかな印象の声と共にノックされる。


 学校の職員なんだろうか? アントニウスは好意的に迎え入れ――る気配など微塵もない。眉間に皺を寄せて、嫌悪しているのを隠そうともしなかった。


「ああ、入ってこい。――ミコト君、私の隣へ」


「は、はあ」


 指示に従って移動するのと、ドアが開けられるのは同時。


 入って来たのは、第一印象を裏切らない優男だった。正直言って悪人には見えず、アントニウスが浮かべていた表情に疑問を抱く。


 もちろん、人間は見た目で分かるわけじゃない。用件があるのはアントニウスなんだし、ここは観察に徹するとしよう。


「何の用だ、クリティス。今はこの通り客人が来ている。用件があるなら手短に済ませろ」


「これは失礼を。――用件というのは言うまでもありません。以前ご提案した、魔術工房の見学についてです。ぜひ生徒達に――」


「無理なものは無理だ。既に工房からも断られている。……どうしてもと言うなら、そちら一人で交渉を行ってくれ」


「しかし、これは生徒達の経験になることです。どうか校長の方から――」


「くどいぞクリティス。……しつこく食い下がるなど、帝国男子にあるまじき行為。潔く諦めよ」


「……では、今のところは諦めると致します」


 クリティスと呼ばれた男は、校長に向けて恭しく頭を下げる。――一方、俺の方には一瞥を向ける程度だ。それどころか睨んでいたようにも感じる。


 彼は苛立ちを込めて扉を閉めると、大きな足音を響かせて去っていった。


「すまんな、見苦しいものを見せてしまった」


「……問題のある人なんですか? その、クリティスさんは」


「ありもあり、大ありでな。王国からのスパイである可能性が極めて高い。出来ることなら直ぐにでも追い出したいところだ」


「とすると、追い出せない理由が?」


「む、理由か……難しい質問だな。あやつに対して攻撃を行えないのは、帝国人の感情的な部分が強い。それを理由などと言っていいのかどうか……」


「ど、どういうことですか?」


「んー」


 喉を唸らせながら、アントニウスは背もたれに寄りかかる。


 横顔には誇りがある一方で、消しきれない葛藤も存在していた。論点は帝国の国民感情に関しているのだろうが、彼は複雑な気持ちを抱いているらしい。


 話が再開したのは、短い前置きを作ってからだった。


「帝国人はな、自分たちこそが王者であるという認識を持っている。多くのモノを認め、取り込み、成長するべき民族であると定めている」


「それが、問題だと?」


「うむ。まあ、言ってしまえばお人好しでな。疑わしい人物だろうと、表立った反逆に出ない限り罰を与えることに反対する。……クリティスは、そのギリギリで活動しているのだ」


「なるほど……」


 アントニウスはもう一度嘆息した。敵がどれだけ危険なのか、重々承知しているからこそなのだろう。

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