第79話 地下世界 Ⅱ

「あのう、これ……」


「おいおいおいおい……!」


 舌打ち混じりに、急いでイダメアを抱き上げる。

 しかし。


「っ!?」


「あ――」


 足場は呆気なく崩壊した。

 落ちる、落ちる、落ちる。暗闇の中、風を切って落ちていく。


「え、えええぇぇぇえええ!? どうすればいいんですか、これ!?」


「どうって……!」


 使えるのは神器ぐらい。

 俺は長めの槍を一本、近くの壁に突き立てる。


「ひゃ――」

 対応が早かったお陰だろう。重力に従った落下は、直ぐになりを潜めてくれた。

 しかし反動自体は発生している。――イダメアが握っていたカンテラは、それに揺さ振られて真っ逆さま。


「あ……」


 彼女が手を伸ばした時には、もう遅い。

 徐々に小さくなっていく光。……しかし、床に落ちた音はなかなか聞こえなかった。一体どこまで続いてるんだ、この階段。


 ともあれ、辺りは暗闇に逆戻り。抱きかかえているイダメアの顔すら、今は黒く塗りつぶされている。

 でも、だからだろうか。腕の中にある彼女の温もりとか、感触が少しづつ強くなっていく。


 ――もう片方の手が自由だったら、衝動的に抱きしめてしまいそうだ。


 なんていうかそれぐらい、イダメアの体温を感じることが幸せだった。……もし添い寝でもしたら、正気を失う自信がありますとも。


「す、すみません……」


「――え? あ、ああ、カンテラのことか?だから気にすんなって。とにかく今は、現状を解決することに努めよう」


「……ミコトさん、下です」


「?」


 指摘通りに動いてみると、微かな明かりが見えている。……落下して砕け散ったカンテラの残骸、だろうか?


 ともあれ床の位置が分かったのは幸いである。

 まあ、それにしたって十メートルぐらい有りそうだが。


「……降りるか?」


「はい、ご迷惑でなければ。もしかしたら、階段の先に行けるかもしれませんし……ああでも、ミコトさんが無理だと仰るなら――」


「いいって。ほか、しっかり捕まってろよ?」


「は、はい!」


 と、イダメアは俺の首に手を回してきた。

 ……何だか緊張する。好きな女の子の役に立っていることは勿論、これだけ密着した状態なのは珍しいし。ああでも、この前混浴したばかりか。


 急激に距離が縮まっていることを自覚しつつ、俺は神器を命綱の代わりに突き立てていく。落ちて、壁に突き刺して、の繰り返しだ。


 地道ではあるが、順調に進んでいく。イダメアのことを考え過ぎて、意識を反らしたりしなければ大丈夫だろう。


「っと」


 足元にはカンテラの残骸。

 無事到着したようだ。中に入っていたマナ・プレートは無事だし、照明にも困らない。


「……」


 改めて、イダメアとどれぐらい接近していたのか自覚する。

 というか今、彼女はいわゆるお姫様だっこの状態だった。俺の片手が塞がっているので、随分と彼女にも頼っている形だが。


 ――どうせだから、もう少し楽しみたいと思う自分がいる。


「お、降りますね! ミコトさんにご迷惑でしょうし……」


「い、いや、でもほら、えっと……カンテラ壊れてるし、そこら辺にガラスが飛び散ってるかもしれないだろ? 踏んだら大変だし、このまま行こう」


「で、ですど、それはミコトさんも同じじゃ――」


 まったくその通りだが、俺は彼女の意見を無視することにした。

 ――階段が降りている方向には小さな光が見えている。足元のマナ・プレートを拾う必要はなさそうだった。


 そのままの姿勢で、イダメアの反論を無視しつつ歩いていく。幸い、彼女は無理やり降りようとはしない。光に向けて歩く度、声が小さくなるぐらいだ。


「う、うう、ミコトさんが帝国人化して困ります……」


 なんて、最後にぼやきながら。

 ……いやでも、これは帝国人の気質がどうとか関係ない気がする。単純に彼女のことが好きっていう話なわけで。


 まあ緊張しっぱなしはところは、少し改善するべき要素だが。


「……見えてきたな」


「あ、あの、いい加減降りても……」


「そ、そうだな。俺が抱き上げたままじゃ、好き勝手調べれられないだろうし」


「すみません……」


 本日何度目になるか分からない謝罪の後、俺はイダメアを床に下ろした。

 彼女は深々と礼をして、光に向かって走り出していく。……微かに見えた表情は適度に赤くて、愛らしいの一言に尽きた。


 ――許可した矢先に何だが、もっとギリギリまでイダメアの体温を感じても良かった気がする。どれだけ費やしても飽きは来なさそうだし。


「……早くデートにでも誘いたいもんだ」


 その時まで、しっかり勇気と根性をため込んでおこう。


 光の向こうに消えたイダメアを、俺は駈け足で追いかける。どんな真実が待っているのか――十分膨らんだ期待を、現実との計りに乗せるために。

 だが。


「み、見てくださいミコト様! これ、きっと全能時代の町ですよ! ここまで完璧な形で残っているなんて……!」


「――」


 感動で唇を震わせるイダメアとは逆に、俺は唖然として動けなかった。


 彼女と同じ感情は、俺にはない。

 だって、目に映っている光景は何よりも既視間がある。ほとんど劣化していないのもあって、疑いを挟むことは出来ない。


「……嘘だろ」


 ビル。

 背を競うように建っている、無数の高層建築物。同程度に高いマンションもいくつか顔を見せており、都市の営みを体現している。


 間違いない。

 帝都の地下にあったモノ。それは――


 地球の、近代都市だった。

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