第68話 皇女様、暴れる Ⅰ
「遅い! 遅いぞ!」
案の定、屋敷の前で叫んでいる少女が一人。
銀髪の彼女は、眉根を寄せて不快感を露わにしている。とはいえやや童顔なため、迫力の方は察してもらいたい。
声の方も同じで、威圧感には欠けていた。どちらかと言うと愛らしい、小鳥のさえずりに思える美声である。
現皇帝の一人娘、皇女ルキナに間違いない。
彼女は従者も連れず一人だった。……以前はこれ見よがしに大集団で訪問してきたのだから、意外なものである。
身に纏っているのは、帝国のイメージカラーらしい真紅のドレス。ボディラインもハッキリしており、彼女の美貌を思う存分演出している。
「ひ、姫様!」
馴染みの顔を見るなり、イダメアは皇女の元へ駆け寄った。
「こ、婚約者とはどういうことですか!? 彼は私の――」
「ええい、
「つまり悪いのは私一人ですか!?」
「――ふむ、そうなるな。というわけでイダメア、学校で出された課題を代わりに仕上げてほしい。妾はその間、ミコトと戯れる」
「だ、駄目ですっ! 学校生活に関するものは、きちんと自分で行ってください!」
「心の狭い女だな……」
やれやれ、とルキナは肩を竦めていた。
直後、俺と彼女の視線がぶつかる。――表情は一瞬で切り替わり、太陽のような笑顔を浮かべて走り出した。
「ミコト! まずは熱い抱擁を――」
「わー! 駄目ですって! 駄目!」
「ぬう!?」
いざ飛び掛ろうとした皇女を、イダメアが寸前のところで阻止した。後ろから、容赦なく首根っこを掴んで。
「ちょ、ちょっと! 乱暴だぞ!」
「姫様に言われたくありません! ――と、とにかく、事情を説明してください、事情を! このこと、皇帝陛下はご存じなんですか!?」
「当然、知らん。婚約ぐらい事後承諾で問題ない」
「いや大問題ですよね!? 姫様の夫になるということは、将来の皇帝になる可能性もある人物ですよ!? きちんと選ばないと――」
「おやイダメア、貴方はミコトがきちんとした人物ではない、と言うのか?」
「そ、そんなわけありません! 彼は勇気と知恵を兼ね揃えた、立派な男性です!」
――傍から聞いているだけだったが、今のはさすがに聞き逃せない。
お陰で両頬も緩くなっていた。近くにいるメイド達からは、ミコト様キモイ、なんて容赦ない台詞が聞こえてきてチクショウ後で覚えてろ。
「と、とにかく、ミコトさんとの婚約について、一人で暴走しないでください。……その、せめて陛下と話し合ってからにして頂ければと」
「だから、事後承諾で構わないと言っているだろう? 第一、お父様まで割り込んできて、困るのはお前ではないか? 彼と別れることになるかもしれぬぞ?」
「そ、それは、ミコトさんが決めることです。私が未練に思うなど――」
「はいはい、嘘は結構。……だからな、妾も考えたのだ。妾の願いを叶え、かつイダメアが悲しまずにすむ方法を」
「そ、それは?」
「ミコトが二人揃って
「――」
皇女の発言に驚かされたのは、ここにいる全員だったろう。
まるで時が止まったかのように、ルキナ以外の者達は唖然としていた。……彼女の主張は理解できないわけじゃないが、それにしたって急過ぎる。
「えっと、あの……」
それなりにある胸を逸らしている皇女へ、まだイダメアは困惑していた。
彼女が言葉を選んでいる間、ルキナは再び俺に飛びつこうとする。が、試案に耽りながらも、しっかりと仕事を果たしているイダメアに阻止された。
「ええい、放せ! なぜ妾の恋を止める!?」
「殿下の場合、恋ではなく単なる収集癖でしょう? 聞きましたよ、珍しい能力がある魔術師を人形に変えて保管してるって」
「ま、待て、それは誤解だ! そもそもコレクションにしておる人形には、男なんぞ一人もおらん!」
「でも、人形に変えていることは否定なさらないんですね?」
「うむ、趣味だからなあ……って、随分と冷静になってきているな貴様! 妾に勝ち目がないぞ!」
「では諦めて出直して来てください。具体的には皇帝陛下に叱られる方向で」
「喜んで断る!」
ルキナはそう断言して、移動しようとするもののやはりイダメアに止められる。
状況は完全に膠着し、俺も傍観者である時間が続いた。……まあ二人の仲は悪くなさそうなので、放っておいても大丈夫だろうし。
「そもそも、妾の夫に他の誰がいる!? ミコトなら父上もきっと認めてくれる筈!」
「しかし彼は現状、わ、私の婚約者ですので。そもそも実行に移せば、貴族達の反感を買うかもしれませんよ?」
「そんなことはどうでもよい! 妾は希少な人間が大好きなのだ! これまで男がコレクションに加わったこともなかったしな!」
「駄目なものは駄目です」
「ぬおお……!」
いつの間にか羽交い絞めにされて、ルキナは必死にもがいている。……本気じゃないんだろうけど、そこまでやって大丈夫なのか?
「やれやれ、皇女殿下は騒がしいお方だ」
「アントニウスさん?」
杞憂を巡らしているところで、背後から屋敷の主が近付いてくる。
今も言い争っている少女達を見て、アントニウスは軽い笑みを零していた。向けている視線も心から温かいもので、皇家と深い間柄にあることを連想させる。
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