第81話 蛇の名残り Ⅰ

 翌日。


 皇帝の命によって始まった調査は、近衛隊や帝国軍、学者を含める大規模なものと化していた。

 一団が到着した直後、けたたましいサイレンの音が聞こえたのは言うまでもない。現れた騎動殻も十や二十では足らず、戦闘可能な者が総出で当たることになった。


 結果、


「よっ……と!」


 辺りには、騎動殻の残骸が山積みされている。


 彼らは侵入者へ向けて出撃し、無残にも返り討ちとなった。お陰で地下都市の主要な道路は、騎動殻の残骸で塞がれている。


 近衛隊と帝国軍の軍人は、その撤去作業に追われていた。


「あ、お兄さんこっちこっちー。あんまり乱暴に扱わないでねー」


「分かってるよ!」


 身体に似合わないぐらいの巨大な部品を、精霊の力で無理やり引き摺っていく。

 俺に指示を出しているのは、亜人族の一つであるドワーフ――その少女だった。


「ふぬ……!」


 竜人ナーガが繋がれている荷車の上へ、切断された騎動殻の腕を放りこんだ。……ドワーフの少女、リナからは冗談交じりのブーイングが飛んでくる。


「乱暴に扱わないで、って言ったじゃん。この騎動殻、すっごい貴重なんだよ? なんなら講義してあげよっか?」


「……少し興味はあるから、どっちにしても聞きたい」


「おおう積極的。――まあお兄さんもお仕事中だからざっくり話すけど……騎動殻がゼロから作れないのは、知ってるよね?」


「ああ。骨格の部分、だっけ? それは遺跡から持ち帰らないといけないんだろ?」


「そ。お兄さん達が機能停止まで追い込んだとはいえ、フレームは無事な部分も多いからね。魔術工房としてはきちんと回収したいわけ。でも――」


「でも?」


「この騎動殻のフレーム、見たことないよ。……多分、全能時代の末期に作られ機体なんじゃないかな? 今まで発掘・回収されたやつとは質が違うね」


「……」


 この場所が地球と関連あるとして、やはり祖語はつきまとう。

 騎動殻――人型のロボット兵器なんてSFの世界だ。アニメや漫画、ゲームの産物と言っても構わない。


 しかし地下の光景は、それらの要素を否定しきれるものではなかった。


 言ってしまえば未来の世界。俺は異世界に召喚されたのでも何でもなく、第三者の手によって時間旅行をしただけなんだろうか……?


「――なあリナ、他に変わったところはなかったのか? どんな小さいことでもいいんだけど」


「んー、そうだねえ……完全に自動操縦だったこと、ぐらいかな。ほら、普通の騎動殻って、操縦者が外から動かす必要があるでしょ? でもここの連中は、自分で考えて自分で動くみたい」


「なるほど……」


 AI、ってやつなのかもしれない。俺が地球にいた頃でもその成長はよくニュースになっていたし、未来ならもっと複雑な取捨選択が出来るようになるだろう。


 ……以前、この世界が地球の未来ではないかと、イダメアに指摘されたことがある。

 あのとき俺は、魔術や亜人の存在を例に否定した。が、よく考えれば根拠としては薄い。遥か未来の世界であれば、俺の常識と比較したところで無意味すぎる。


 じゃあ、本当にここは――


「ミコトさん!」


「お?」


 思案に耽ろうとした直前、イダメアの声によって現実へ引き戻される。

 全力で駆け寄ってくる彼女は、どう見たって焦っていた。同業者と共に調査を行って大興奮していたのに、一体どうしたんだろう?


「い、急いで来てもらえますか? 凄いものが見つかって……!」


「す、凄いもの?」


「説明するより見てもらった方が早いです! とにかく来てください!」


「わ、分かった!」


 腕を掴まれ、俺はリナの前から去っていく。


 彼女と一緒に向かったのは、東京タワーに似た建物の手前。行政と関わりを持っていそうな、厳かな雰囲気がある建築物の中だった。


 入り口はやはり自動ドア。……今さらだけど、電源が生きていることに驚いた方がいいかもしれない。

 照明にしたって同じだ。昨日から、地下空間は日中と変わらないほど明るい。恒常的に使用できる動力源がどこかにあるんだろう。


「こちらです」


 俺はイダメアに導かれるまま、建物の奥へと進んでいく。

 ……中は、無人の役所を連想させた。待合室みたいなのがあって、受付みたいなのがあって。既視感以外の何もない。


「――で、ここからどこに行くんだ?」


「地下です。奥に地下へ入る入口がありまして、その先にちょっと……」


「……」


 喋りながら進んでいくと、辺りは徐々に暗くなっていく。単純に照明が配置されていないのだ。


 やがてたどり着いたのは、巨大な一枚の扉だった。

 見るからに重厚な、鉄で作られた出入り口。余人の侵入を阻むように、無言で俺達を見下ろしてくる。


 軋みを上げる扉を押しこんで、俺達は地下のさらに地下へ。

 ――昨日とは別で、あっさりと出口にたどり着く。


「これです」


「おいおい……」


 出迎えてくれたのは、巨大な空洞。

 もちろん、単なる空洞ではない。一帯を囲むように鉄格子が設置され、中にあるナニかを見物するための通路も設けられている。


 ……にしても本当に広い。サッカースタジアムぐらいはあるだろうか? 縦の幅については完全に上回っているようにも見える。


「――」


 そんな鉄格子の中に生物はいない。ただ、名残だけが残っている。


 巨大な、蛇の脱け殻が。


「まさかこれ、ヨルムンガンドの……」


「はい、脱け殻と思われます。巨大な蛇、なんですよね?」


「ああ」


 殻の幅は、四車線のトンネルにも匹敵しそうなサイズだった。

 全体の長さも相当で、空洞のほとんどを埋め尽くしている。――といっても、大地を囲める大きさではないだろう。


 まだ、成長途中なのかもしれない。


「……他に痕跡は?」


「右手の方にあります。鉄格子の破壊された跡が」


「――」


 確かにイダメアの言う通り、その一か所だけが拉げている。

 もう地上に出てしまった後なんだろう。――これまでの情報を組み合わせると、近衛隊がどうにも怪しい。


 そもそも今日、マルクやその側近を目撃した者は一人もいないとか。


「……マルクさん達はまだ見つかってないのか?」


「はい、今のところは。自宅の方も捜索してみましたが、完全に出払った後だそうで……彼らが何かを起こそうとしているのは、間違いないようです」


「で、ヨルムンガンドが関わってる、と……」


 繋がることには繋がっているが――正直、一つ疑問がある。

 脱け殻を見る限り、現時点でヨルムンガンドはとてつもなく巨大だ。俺達が使った通路なんて、道になりはしないだろう。


 それをどうやって外に出したのか? いや、この空洞の外に出たのか。


「……ともあれ、近衛隊の行方を追うのが先決か」


「ですね。――現在、マルクさんと関わりを持ち、姿を消さなかった隊員達に事情を聞いています。私達が地上へ戻る頃には、何かしらの成果が出ているでしょう」


「じゃ、今はこっちに集中か――」


「よぉ!」


 唐突なようで、しかし自然に語りかけてくる野太い声。

 確かめるまでもなくトールだった。燃えるように紅い髪は、こんな胡散臭い場所でも雄々しさを保っている。


「あのクソ蛇の住処か? ここ。おもしれぇもん見つけたな!」


「ご、ご存じなんですか? ヨルムンガンドのこと……」


「そりゃあボウズ、俺は戦神トール様だぜ? アイツとは何度もやりあってるし、今回だって戦うことになんだろ。……あの野郎、俺じゃねえと攻撃できねえしな」


「呪縛結界で、ですか?」


「おうよ」


 腕を組みながら、赤髪の巨漢は頷いた。

 ――呪縛結界は、魔獣の生死を定めている魔術的な概念だ。すべて地球にある神話の再現であり、これを介することでしか魔獣を倒すことは出来ない。


 しかしトールがヨルムンガンドを倒そうという場合、それは彼の死を意味する。大蛇を撃破した際、彼はその猛毒に蝕まれて命を落とす。


 ……もちろん、俺が心配するようなことじゃないんだろうけど。


「――っていうか、どうしてここに来てるんですか!?」


「あ? そりゃあおめぇ、お譲ちゃんの親父さんから許可貰ったに決まってんだろ。俺と因縁の魔獣がいるかもしれん、つったら遠慮なく通してくれたぞ?」


「マジですか……」


「お父様……」


 話を聞いたイダメアは、嘆息を漏らしながら頭を押さえていた。

 ――まあ一概に迷惑だとは言うまい。ここにいたであろう大蛇ヨルムンガンドについて、俺達よりもトールの方が詳しい筈だ。


「しっかし、アイツ脱走しやがったのか? 前にここへ封印して、それから放置してたから詳しくは知らねぇけど」


「こ、ここに封印したって、トールさんが!?」


「ああ。ざっと五百年ぐらい前の話……だったかねぇ」


「五百年……」


 気が遠くなりそうな時間の告白に、俺もイダメアも返す言葉が少なくなる。

 とはいえ本人の方は、これまで通りの様子だった。――懐かしむような気配さえなく、笑いながら鉄格子の中を見詰めている。


「っとそうだ、ボウズを案内しようと思ってたんだよ」


「お、俺をですか?」


「ああ。昨日言ったろ? 神器の性能、もう一段階上げてやるってな。――これからあの大蛇と戦うかもしれねぇんだ、欲しいだろ?」


「――じゃあ、イダメア」


 意思疎通にはそれだけで十分。はい、と彼女は首肯して、俺達に道を譲った。


 階段を上るのは俺とトールだけ。檻を囲む形で設置されたテラスには学者達がいるし、イダメアも彼らと仕事をする気だろう。


 ……別々の時間を過ごすことに、妙な罪悪感が胸に湧く。

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