第4話 目覚めと美少女
「……」
目を覚まして、軽く手足を動かしてみる。
痛みは残っているものの、普通に生活を送る上では問題なさそうだ。ところどころ包帯が巻かれている感触もある。左目の方も同じ理由で覆われていた。
窓から差し込む日差しに、言いようのない安心感を覚える。
おまけに全身が暖かい。――ベッドに寝かせられているんだから当然なわけだけど、ここ数年まともな寝具を与えられなかった俺には感動ものだった。
「目が覚めましたか」
「っ」
意識を失う前にも聞いた、イダメアの声。
淡泊で冷たい声色だけど、俺は少しも気にならなかった。厳密には、綺麗な女性、という情報がすべてを塗りつぶしてしまっている。
……それに、彼女は俺を助けてくれた。布団まで用意してくれた。
王国で奴隷のように働いていた俺には、それだけで女神さまとしか考えられない。思わず目が熱くなってくる始末。
「気分はどうですか? 家中の薬草を使ったのですが」
「……そう聞かれると、効いてるとしか答えられないような」
「いえ、素直に仰ってくれて結構です。貴方の傷を治すことこそ最大の目的ですから。――で、どうなのですか?」
「効いてるよ」
冗談ではないことを証明するべく、俺は上半身を起こしてから肩を回す。
しかしイダメアは、それを疑い深く観察していた。穴が開きそうなレベルの凝視で、見られているこっちが恥ずかしくなってくる。
「ふむ、どうやら私達に気を遣っているわけではなさそうですね。……もともと治りの早い身体だとは伺っていましたが」
「……イダメアは俺のこと、けっこう知ってるのか?」
「もちろん。王国が持っている古文書により、異世界から召喚された人。これまで魔獣を何体も倒してきたと、帝国にも名は轟いていました」
「……」
正直なところ、驚いた。
これまで外の状況を確認する機会に恵まなかったためである。自分がある程度の成果を出していると分かっても、直に知る方法は持っていなかった。
本当、王国の連中が頭に来る。
「……ところでさ、俺を助けて良かったのか? 君を連れ出したとは言え、普通は疑うところだろ?」
「確かに当初は、そういった声がありました。が、貴方が来てから一週間も経過していますので。とっくに迎え入れる方針で決まりましたよ」
「い、一週間!?」
そんな長い時間寝ていたのか。
もう一度手足を動かしてみるが、鈍っているような感覚はない。薬草とやらの効果なのか、きちんと筋肉が解されていたお陰なのか――
どちらにせよ、世話になってしまったようだ。
「これから帝国では自由に過ごしていただいて構いません。この屋敷で寛ぐのも良し、普通の市民として暮らしても構いません。貴方の願いはすべて叶えます」
「は?」
そっちの答えは予想していなかった。
でも、イダメアは本気で言っているらしい。気の抜けた声を出した俺に、じっと真剣なまま向き合っている。
「何かしら協力しろ、ってことはないのか?」
「ありません。……確かに、帝国政府は国内に出没する魔獣の討伐を依頼したいようです。が、何よりも重要なのはミコトさんの意志。自由に振る舞って頂ければ、それで」
「と言われても……」
王国で呼び出されてからずっと、俺は魔獣の退治だけを行ってきた。助け出したお姫様とのラブロマンスも、人々に背中を押されてのサクセスストーリーも体験していない。
自由に過ごしてくれと言われても、困惑するのが本音だった。恩返しをしたい気持ちがあるぐらい。
「な、なあ、どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺なんて赤の他人だろ?」
「? 赤の他人であれば、望みを叶えるのは不適切だと?」
「それは……」
反論なんて出来っこない。……この世界に呼び出されて二年、俺がすっかり疑心暗鬼になっているだけだ。
ここは違う国で、違う価値観で生きている。
胆に命じた方がよさそうだ。まだ、生きる意志は潰えていないのだから。
「――と、話し過ぎましたね。これでは返って影響を与えてしまいます」
「自分のことは自分で決めるから大丈夫だ。……で、帝国は魔獣に困ってるんだな? だったら協力させてくれ。助けてくれた恩返しがしたい」
「し、しかし、まだ休息が――」
「俺の意志を尊重してくれるんだろ? だったら、少しぐらいの無茶も多めに見てくれないか?」
「む……」
上手い具合に隙を突かれて、イダメアは眉根を寄せている。
――少しぐらい反論してくると思ったが、彼女は素直に首肯してくれた。間違ってはいませんね、と認める台詞と一緒に。
「宣言通り、ミコトさんの考えを尊重します。……ですが無理はなさらないでください。そんなもの、誰のためにもならないんですから」
「分かってる分かってる。……じゃあひとまず、イダメアのお父さんに挨拶したいんだけど――」
「父は魔術学校の校長ですので、外出しています。帝都見物ついでに会いに行きますか?」
「い、いいのか? 邪魔になるんじゃ……」
「この時間帯でしたら、挨拶程度は問題ありません。父も以前から、ミコトさんに会いたいと申していましたから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺はベッドから降りようとして、しかしイダメアに止められた。
「目の傷を確認しますね。かなり酷い状態でしたから……」
「あ、ああ」
痛みはほぼ消えているものの、俺は緊張を隠せなかった。
だってイダメアが近付いてくる。彫刻のように整った顔はもちろん、同年代の平均よりを上回る胸がとんでもない破壊力を生み出していた。
「……ふむ、問題ありませんね。ではこれから――ミコトさん?」
「え? な、何でもないぞ?」
「明らかに様子がおかしいのですが……まあ、貴方がそう仰るのでしたらそう受け取りましょう」
取った包帯を手にしたまま、では、と彼女はお辞儀をして部屋を出る。残るのは慌ただしい足音だけで、屋敷のどこかへと去ってしまった。
首を傾げながら、俺は自分の格好を再確認する。
無地のシャツとズボンを着ただけの格好。とどのつまりは寝間着であり、外出する上で適切な格好とは言い辛い。
「お待たせしました」
予想はほぼ敵中だった。
イダメアが抱えているのは、赤を基調とした制服らしきもの。……今さら過ぎるが、彼女の格好も同じ服だ。
「ひとまずの代用ですが用意しました。あ、私と似た制服であることに他意はございませんので。ミコトさんの選択に影響力を及ぼそうなどとは、ちっとも」
「べ、別にそこまで気にしなくても……」
「気にします。――人というのは、些細なことで影響を及ぼし合うもの。ミコトさんも立派な大人なのですし、私から影響を与えるのは失礼でしょう」
「……」
助けてくれた段階で手遅れを主張したいが、不問な争いに発展しそうな気もしてくる。彼女だって気付いてはいるんだろうし。
本音を飲みこんで、俺は制服を受け取った。
「では退室しておりますので、着替えが終了し次第お呼びください。簡単な食事も用意しておきます」
「至れり尽くせりだな……」
「ここは貴族の屋敷ですよ? そして貴方はお客人。当然のおもてなしです」
では、と一言残して、イダメアは部屋を去っていった。
……一人になったお陰か、色々な考えが頭を巡る。彼女の父親はどんな人なんだろうとか、こっちの人々はイダメアに近い性格をしているんだろうか? とか。
「影響を与えたくない、ねえ……」
無茶なことを言う。そもそも何で駄目なんだ? 考えを尊重してくれるのは嬉しいが、こっちだって過ちを犯す人間なわけで。誰かの助け、意見は聞いた方がいい筈だ。
「もしかしてイダメア、人間嫌いなのか……?」
あれだけの美少女だ。過去にいざこざがあったとしても不思議じゃない。
まあ詳しいことは外に行けば分かるだろう。彼女の価値観は個人的なものか、あるいは民族性なのかが。
サイズも確認しないまま、俺は制服に袖を通す。
「……」
怖くなるぐらい、ピッタリだった。
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