第73話 偽りの落雷
捜索は、魔術学校の近郊から始まった。
皇帝の一人娘が
「見つかりませんね……」
俺は初対面である五名の近衛兵と歩きながら、手掛かりの無さを口にしていた。
彼ら、彼女らは落ち着いた態度で同意を示してくれる。皇家を守るエリートだからと、鼻に掛けた態度を取られることはない。
俺も俺で、近衛隊の面々と行動することに抵抗感はなかった。一つの目的に向けて邁進しているのもあるんだろう。話の種が用意されているのは、赤の他人と交流する上で非常に助かる。
中には男性も女性もいるが、その辺りだってあまり気にならない。
「――ミコト様、我らはもう少し市街地の方を探ってみます。恐らく避けているとは思うのですが……」
「逆手に取って通る可能性はありますよね。目撃情報だってあるかもしれませんし……あ、一緒に行きますか?」
「いえ、もうしばらくこの辺りをお願いします。何か進展がありましたら、直ぐにお知らせ致しますので」
「了解です」
五名中三名の近衛兵が、そう言って持ち場を移動し始めた。
俺と二人の女性近衛兵は、皇女の痕跡を探っていく。
辺りは帝都の建物で覆われた路地の一角。陽光で十分に照らされているものの、表通りに人気は奪われ気味だった。人の姿は疎らにしか存在しない。
だがここに、誘拐犯の姿がある筈。
建物の死角まで、きちんと近衛兵達は調べていく。もちろん俺も手は抜かない。カンナの真意を知りたい一心が、不慣れな環境でも能動的にさせる。
「……?」
不意に感じたのは、雨粒だった。
さっきまで雲ひとつない青空だったのに、天気が急変し始めている。風も妙に生ぬるくて、注意を奪うには十分な異変だった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
空一面に広がった雲は、灰色じゃ済まされない黒だった。青空を侵食する、黒い腕にさえ見えてくる。
「雷でも来そう……」
捜索に当たっている近衛兵の一人が、同意するしかない独り言を呟いた。
瞬間、
「!?」
耳を弄する爆音が響く。
俺達の背後、三人目の近衛兵がいる場所へ、落雷があった。
いや、果たしてそれは落雷だったのかどうか。
俺達の視界に映ったモノを例えるなら、それは光の鉄槌だった。雲という腕から落ちた、大自然の一撃。
――柱と見間違う幅を持ち、家一件を消し済みにするのが普通の雷である筈がない。
「セレナ……セレナ!」
跡形もなくなった同僚の姿を、俺の隣にいる近衛兵が探している。
だが。
ソラは、そんな時間すら許してくれない。
「危ない……!」
「っ!?」
雲が鉄槌を吐き出す直前。精霊の力を使い、近衛兵を攻撃の範囲からかっさらう。
直後に響いた轟音は、俺達が立っていた場所を抉って終わった。……遠く、人々の賑わいが困惑と悲鳴に変わっていく。
他には、足音が一つ。
「貸与されただけの神器だが、それなりの性能は出せるか」
「アンタ――」
黒髪の男、見慣れた顔に聞き慣れた声。
もはや間違えることなく、正面にいる男は徹底して父親だった。――向けてくる眼差しがどこまでも冷徹で、親子の情を感じさせないとしても。
俺は近衛兵から手を離すと、庇うようにマサユキの前へ立つ。
「――ここは俺が引き受ける。君はこの状況をアントニウスさんに」
「は、はいっ!」
脱兎のごとく、女性の近衛兵は駆け出した。
無論、それを許すマサユキではない。彼は指先を動かすこともなく、顎で逃げる近衛兵を示すだけの動作を取る。
「奔れ、ミョルニル」
直後。
何もない空白に、光の球が浮かんでいた。
光球は俺を狙わない。無防備に背を晒したままの近衛兵を、真っ直ぐに狙い撃つ。
故に。
「神器……!」
貫いた。
魔力が集まっただけのモノでしかなかったのか、光球は槍に貫かれて四散する。――近衛兵は自分が襲われたことも気付かず、路地の向こうへと消えていった。
後は、集中できる一体一。
「行くぞ、ヘカテ」
『――』
精霊の名を呼び、身体能力の補助とする。
一方、いつも聞こえている生意気な一言は聞こえなかった。……以前、冥界の入り口らしき洞窟に入ってからずっとこうだ。何か影響があったのだろう。
残念ながら、今は考えている余裕などないが。
「ふむ、神器の名前は知らない、か。我々とは違いがあるな」
「……」
淡々とした抑揚と言うより、どこか機械的な、生命力のない口調。父親とそっくりな男は、冷徹の二文字さえ通り越して冷めた人間らしい。
は、と一息ついて――俺は、今度こそ敵を睨む。
「その無名が、アンタを倒すんだよ……!」
突っ走る。
狙いは一点、マサユキの懐だ。槍の矛を使わずとも、石突きの部分から射出すれば十分ダメージを狙える。
殺す気はない。親であることを抜きにして、彼は貴重な情報源だ。さらったルキナのことも含め、洗いざらい吐いてもらう……!
マサユキは動かない。その冷たい眼光を、じっと俺に向けている。
「――」
ただ、微かに笑っただけだった。
「ミョルニル」
再び光球が出現する。今度は先の数倍。壁のような密度を作って、俺の前に現われた。
――なら、同じものを見せてやる。
「っ……!」
持ち主の移動に合わせながら、左右に十本ずつ槍が出現していた。一部は鋭利な矛先を向けてすらいる。
「行け」
「落とせ……!」
命令は同時。
二つの器物は従順に、正面からの激突に挑む。
拡散する快音。光が弾け、槍が砕け、影響は容赦なく周囲の住宅へも広がっていく。
「ぬ」
表情を崩したのはマサユキだった。
勝っている。俺の神器は次々に光球を砕き、道を力で切り開いてくれる。
本体までは後数歩。
掌に神器を用意し、至近距離で叩き込む――!
「ふ……!」
「ぐ――」
呆気ない、直撃。
肉を打った手応えの後、俺は正直に拍子抜けしていた。反乱軍の指導者という割には、あまりにも呆気ない。いや、指導者だからこそ戦闘には不向きなのか?
「……ふむ」
「――」
しかし、その評価は直ぐに覆された。
確かにマサユキの身体には、神器の打撃を受けた痕跡がある。――が、服だけだ。肝心の当人はこれまで通りの無表情。
本当に機械なんじゃないかと思うぐらい、彼は色のない面貌のままだった。
「確かに強力だ。殺すまでには至らなかったが」
「……じゃあ、二回目行っとくか? 今度は本気でぶち抜いてやる」
「遠慮する」
彼が見上げるのは雲。
雨の中、再び光の鉄槌が脈動する――!
「っ!」
狙いは明らかで、俺は即座に飛び退いた。
耳鳴りを残す程の轟音が再び。視界は閃光で埋め尽くされ、マサユキの動きを捉えることなんて出来ない。
――晴れた後には、すべてが手遅れだった。
「くそっ、逃げやがった!」
親に対してなんて口だと自己嫌悪に陥りつつ、奴は敵だろうと擁護しながら走る。
しかしその後ろ姿を、俺が見ることはなさそうだった。
「――」
ひたすら辺りを駆け廻ってみるが、らしい姿はどこにも見当たらない。時間が過ぎていく一方で、無駄ばかりが重なっていく。
「……駄目か」
気付いた時には、大通りへと足を延ばしていた。
光の柱を見た市民の興奮は、未だ収まる様子がない。運悪く掴まった近衛兵は、彼らに問い質されてもいた。
「ミコト様!」
「あれ、さっきの……」
アントニウスへ、状況を伝えようと走っていった女性隊員。――息を切らしている彼女は、どこか明るい眼差しを向けている。
敵が撤退したことを喜んでいるのか、あるいは――
「皇女殿下が発見されました! 下手人も拘束済みです!」
「……女性でしたか? その下手人」
「え、ええ、よくご存じですね。――私は知らない、と喚いていますが、皇女殿下の証言もありますので間違いないかと」
「……そうですか」
目を逸らしたくなるほど眩しい笑みを浮かべたまま、女性隊員はその場を後にする。
――頭の中は混乱する一方だった。ルキナの証言がある以上、カンナの無実を証明することは困難を極める。俺が庇うことで、アントニウスに迷惑をかけないとも限らない。
でも本当にやったのか。決定的な証拠を耳にしても尚、彼女を信じようとする自分がいる。
「まずは直接会うことから、だな……」
勘違いの心当たりが、無いわけじゃない。一抹の希望はある。
最後にもう一度路地を見回してから、俺は女性隊員の後を追った。
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