第93話 激突 Ⅱ
「嫌な予感がするであります……」
「――なあカンナ、一人で騎動殻倒せるか?」
「無理ですね」
だったら。
俺がまた、単身で叩きのめすしかないんだろう。
――ヨルムンガンドが通った道を、挟む形で登場する無数の騎動殻。
堂々とした風格だが、無意味だ。
「雑魚は黙ってろ……!」
間髪入れず、先頭の一機を薙ぎ倒す。
しかし彼らは怯まなかった。感情のない無機質な理念で、無謀の二文字を貫徹しにくる。
……実力差は言うに及ばずだが、面倒なものは面倒だ。カンナを守りながら戦う必要があるし、時間だって浪費してしまう。
狙うは一点突破のみ。
遊ぶ時間は、少しだけだ。
「ふ――!」
選ぶのは攻めの一手。防御に使う時間など一秒もない。
後方から迫る騎動殻へも、定期的にアポロンをぶち込んでいく。カンナが逃げる時間を稼ぐのには十分だ。
もっとも、
「っ!?」
ヨルムンガンドのような想定外。
それがこっちにも出ないだなんて、誰が決めたんだろうか。
「こいつ……!」
無数の残骸を踏み潰して現れた、漆黒の騎動殻。アポロンを連打するが、片っ端から弾かれるだけだった。
わずかに仰け反りはするものの、装甲事態に傷はない。恐らく呪縛結界を搭載しているんだろう。
黒影はやがて、一から二へ。
前後に一機ずつ、人の逃げ道を塞いでいる。
「み、ミコトさん!」
「――カンナ、剣! その剣でどうにかならないか!?」
「騎動殻との戦闘訓練は積んでないでありますよ! と、とりあえず逃げるというのは!?」
「癪だけどそうするか……!」
カンナを抱え、即座に戦場から離脱する。
――ヘカテを実体化させたいところだったが、彼女の調子がどの程度なのか分からない今では判断しきれない。身体能力の強化だけに抑えておく。
もちろん、騎動殻から逃げるにはそれだけでも十分。向こうが都市の地形から影響を受けやすいのもあり、距離は徐々に開いていく。
……だが楽観視していられないのが現状だ。連中がいればヨルムンガンドの元へは近付けない。トールの体力だって無限じゃないだろう。
どこかで攻めに転じなければ、形勢は逆転する。
「――よし」
頭を切り替え、向かう先はビルの頂上。万が一の可能性を考慮して、もっとも高いビルに狙いをつける。
屋上で足を止めて、見つめるのは彼方の蛇。
狙い撃つには、十分すぎる。
「――カンナ、下の様子はどうだ?」
「今のところ大丈夫であります。こちらを見上げているだけで」
「よし」
一本。突き出した手のひらの先に、アポロンを用意した。
――頭部は狙えない。あまりにも激しく動いているし、もし気付かれれば回避される可能性もある。
もっとも命中させやすいのは胴体だ。どこでもいいから切断してしまえば、あの大蛇も命を落とすだろう。
一点集中。全身の魔力を右腕に乗せ、必殺の狙撃を行う。
「――」
「っ、ミコトさん! 来てます!」
「なに!?」
言うが早いか、視界には黒い騎動殻の姿。
飛んでいる。
「く……!」
カンナは咄嗟に剣を構え、騎動殻の一撃を受け止めた。
無論、堪えられたのは数秒のこと。直後に、大空へと投げ出される。
「っ――!」
アポロンの用意を解除し、即座に救助へと向かう。
足場のない場所では自由が効かないが――抱えてしまえばこっちのものだ。意識もあるようで、ひとまずは安心できる。
しかし眼下にはもう一機の騎動殻。
「――」
通用しないのは承知した上で、俺はアポロンを敵に向ける。
――全身の細かな部分にまで、呪縛結界が適用しているとは限らない。装甲の隙間、間接部分だけでも狙えれば――
鉄塊にしか見えない剣を構える鉄人形へ、蛇に使う筈だった狙撃を撃ち込む。
結果は、狙い通り。
「よし!」
騎動殻は片膝を突き、その姿勢を大きく崩した。
着地した俺達を追跡できる道理はない。これならもう一機、同じ方法で――
「ぐっ!?」
予期せぬ反撃に声が漏れる。
飛ぶ身体と、腕の中からこぼれるカンナ。どうにかしようと手を伸ばしても、勢いが早すぎてどうにもならない。
「っ……」
打ち付けられた衝撃が走った頃、ようやく視界の回転が止まる。
両手を突いて立ち上がった瞬間、猛烈な勢いで突進する魔獣を認めた。
「イノシシ……!?」
騎動殻の姿などない。いるのは鼻息を荒くする、一頭の巨大なイノシシだ。
全長は地球にいるような野性の個体を遥かに上回る。騎動殻がそのまま変身した風にしか見えない。
――実際そうなのだろう。関節を砕いた筈の機体は、どこにも姿が見当たらなかった。
しかし同時に、魔獣でもある。姿が明確になったのであれば、対策のしようもあるというもの。
無論、イノシシの魔獣なんて種類が多すぎるが。
「っ!」
人を串刺しに出来る牙を振り回しながら、名も知らぬ獣が突貫する。
幸い、カンナのことは狙っていない。一直線に俺の懐を目指してくる。
――当たる寸前で回避するものの、状況が悪くなる未来しか描けなかった。上にはもう一機、騎動殻がいる。アレまで魔獣に変身するとなれば、こちらは本当に打つ手がない。
「なんだ? なんの魔獣だ……!?」
北欧繋がりでグルンブルスティか、あるいはギリシャ神話のカリュドーンエリュマントスか。
とにかく早く回答を、あるいはヒントを見出さなければならない。もはや時間との勝負。何か一つでも発見できれば、状況の打開に――
「?」
ふと、カンナの剣が突き刺さっていた場所に目を送る。
ない。
ヨルムンガンドの触手を切った剣は、跡形もなく消えている。騎動殻に壊されたわけでもないらしい。
代わりにあるのは一枚の紙と指輪。
指輪は至って質素な作りのもの。紙については、俺の位置からだとタイトルが見えるぐらいだった。
ラグナロク――北欧神話にある最後のエピソードであり、トールとヨルムンガンドが決着をつける戦い。
当然ながら古代言語、つまり日本語で記されている。
「……」
敵が再び迫ってくることも忘れて、俺は自分の世界に入り込んでいた。
どうしてこんな物が落ちているのか、あの剣はどこへ行ったのか。すべてが予想によって組み立てられ、一か八かの賭けへと導いていく。
姿を消してしまった剣。その残骸にも見える、指輪と紙。――両方ともイノシシと俺の間、回収可能な位置に落ちている。
なら、
「っと……!」
轢殺される寸前の感覚を味わいながら、俺は指輪のみを回収した。
――ラグナロクと書かれた紙が、無意味な存在とは考え難い。カンナが大蛇の触手を攻撃できた理由がここにある筈。
例えば。
この指輪が、古文書に合わせた特性を獲得するとか。
「だったら……!」
探る場所はただ一つ。
魔獣に背を向け、俺は全速力で駆けていく。カンナは今も狙われておらず、戻ってきた騎動殻からも同じ扱いだ。
「どこだ? どこに――」
探しているのは一つだけ。
図書館だ。ここが古代文明と思わしき時代の産物である以上、そこに帝国で言う古文書がある筈。
未だにサイレンは続いている。目の前にはまた、立ちはだかる人形の姿。
「退けよ……!」
苛立ちを込めて、より派手にアポロンを叩き込む。
そのまま仰向けになる機体があり、吹き飛ばされる機体があった。どれ一つとして役割を果たせるものはない。
と、
「あった!」
薙ぎ倒した一機がぶち抜いた壁。その向こうに、大量の本が見えている。
残る問題は目当ての古文書を探れるかどうかだ。もしイノシシが中に入ってくれば、そんなことをやっている場合ではなくなる。
『アアアァァァアアア!!』
「――」
その通りになった。
既に直線状。猛烈な勢いで迫ってくる獣に、こちらは対抗策などない。
ただ、やられるのを待つだけだ。
「……でもまあ、やれるだけのことはやらないとな」
アポロンを用意する。通用する可能性はかなり低いが、それでも実行に移さなければ何も分からない。
直後だった。
「!?」
図書館と思わしく建物の中から、無数の閃光が飛び出したのだ。
狙いは突進するイノシシ。
通用する筈がない――唐突な支援へ、俺は否定的な予想を立てながら見守っていく。
だが違った。
止めようがないと思われた加速を、確かな力で吹き飛ばしたのだ。
「な――」
驚くしかない。一体どんな方法で、呪縛結界を突破したのか。
正体は――
「本のページ……?」
後方。吹雪くように、一枚一枚バラバラになったページが飛び出してくる。
イノシシが怯んでいる隙に、彼らは俺の前へと整列していった。――使え、と。無言の主張でズラリと並ぶ。
変化を起こしたのはアポロンも同じだった。
矢は光となって解けると、それぞれの紙へ溶けていく。
一枚ずつのページを包み、脈動する淡い光となって。
「……使えばいいのか?」
誰も返答はしない。
ただ、
『グオオオォォォオオオ!!』
雄叫びだけが、反響する。
迷ってる暇も疑っている暇もない。復帰した魔獣は、即座に俺の姿を捉えていた。
「っ!」
反射的に手を掲げる。
後は振り下ろして、合図を下すだけ。
「行け――!」
先ほど、室内から放たれたのと同じ、光の濁流。
それが今、イノシシの魔獣を真向から襲っていた。
『オオオォォォオオ!?』
悲鳴の混じった声が放たれる。突進も完全に止められ、彼に反撃の手立てはない。
巨体が浮き上がり、視界の奥へと吹き飛ばされる。
轟音が響いた頃、騎動殻の姿に戻っている魔獣が目に入った。――胸には大きな穴。再起することは恐らくあるまい。
「……」
あっと言う間に逆転した形勢を、俺は唖然としながら眺めていた。
撃破された騎動殻の横からは、二体目の魔獣が姿を現す。先ほど同じイノシシだが――姿形は、どことなく異なっていた。
同じ方法では勝てない――そう思ったなり、
『叫びなさい!』
「ヘカテ!?」
ここしばらく聞いていない、懐かしすぎる戦友の声が聞こえた。
『ほら、目の前に
「さ、さっきみたいに自動じゃ出来ないのか!?」
『――そいつは後にとっときなさい! ほら、来るわよ!』
「っ……」
言われた通り、目の前に来ているページへ目を送る。
エリュマントス。
ギリシャ神話に名高い二大英雄の一人、ヘラクレスに倒された神獣の名。
紙は俺の意識に沿って、光の矢へと姿を変えた。
「――よし」
狙いは完璧。
あとは、
「エリュマントス!」
名を叫ぶだけで、突っ走った。
その動きは矢と呼ぶよりも弾丸に近い。真っ向から空を裂き、女神の刺客でもある獣へと喰らいつく。
『――!?』
そこには死という手順さえ存在しない。
貫かれたエリュマントスは、そのまま光となって解けていく。――突然の異変にどれだけ暴れても、決定した終りを覆すことなど出来ない。
跡形もなく。胸を貫かれた騎動殻がマシに見える形で、魔獣はその姿を消した。
『どう? 古文書のページを消費することになるけど、なかなかのもんでしょ? 神器・シビュラ、って言うんだけど』
「……ああ」
対魔獣の、即死攻撃。
これが、俺の手にした力らしい。
異世界を守るために必須の古文書は日本語だった!? 軌跡 @kiseki
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