第十四章 宿命の北

第83話 巨人との再会

 場所は帝都の郊外へと移動する。


 カンナの脱走はかなりの衝撃を帝国議会に与えたようで、これから彼女を追う俺達に、見送りは大勢来ていた。……中には攻撃してくる声もあるが、無視した方が身のためだろう。


 というか今、意識はすっかり別の方へ向いている。


「ははっ、ロキじゃねぇか! 久しぶりだな!」


『うむ、久しいなトール。今回も戦いに行くと聞いたが、やはり獲物はアレか?』


「当たりめぇだろ! 何度目だろうときっちりぶちのめしてやるぜ……!」


 このように。

 応援としてやってきた一人のギガ―ス族と、トールは親しげに話していた。


 ロキ――以前の騒動でフェンリルとも名乗っていた彼は、戦神と古くから親交を持っているらしい。話題の中には、百年単位で昔の話も出ている。


『お主も同行するのか? 今は北の反乱軍と行動を共にしていると聞いたが……』


「んなもんは後だ後! ヨルムンガンドが起きたんなら、きっちり相手をしてやるのが礼儀ってもんだろ!? 敵味方の関係にいちいち拘っていられるか!」


『変わらん男だな……』


「はははっ、それが神ってもんよ!」


 貶しているのか褒めているのか分からない指摘を、トールは呵々大笑しながら受け止める。


 彼は一度ロキに手を振って、見送りに来た帝国議会の人々へ絡みにいった。――一方的な勢いのトールにたじろぐ者は多いが、幸いにも邪険な雰囲気にはなっていない。


「……お久しぶりです、ロキさん」


『うむ、久しいなミコト。――ああ、テューイがお前によろしくと言っていた。近いうちに顔でも見せてやってくれ』


「はい。……でも、どうしてロキさんがここに? 同行してくれるとは聞きましたけど……」


『その理由が知りたいか?』


 もちろん、俺は首を縦に振る。

 ロキは素直に語り出そうと――しなかった。珍しく思案気な顔で、周囲の様子を気にしている。特に友人のトールへ視線を向けていた。


『……ミコト、悪いが肩に乗ってくれ。大勢に聞かれると困るのでな』


「あ、はい」


 俺は疑問を挟まず、巨人であるロキの身体を上っていく。――常人ならギガ―ス自身の助けが必要だろうけど、精霊の力で強化された肉体は止まることを知らない。


 集まった人々全員を見下ろす位置で、ロキの極力小さくした声を聞く。


『トールのやつから何か聞いたか?』


「彼の正体と、彼を誰が作ったのかは聞きました。……いいんですか? これ。盟約の縛りとか関係あるんじゃ……」


『ヤツの場合、心配する必要はない。盟約に縛られているのは、我のような生命体だけだ。……躯体に仕掛けられたセーフティがあっても、起動している後だろう』


「ますます機械的ですね……」


『機械だからな。――で、ミコトは感想などあるかな? 全能時代に対して』


「……直ぐそこに真実を知ってる人がいるのに、焦らされてるみたいで気分が悪いです」


『ほう』


 ここでロキは、隠す意図のない笑みを披露する。

 当然ながら、俺にとって笑い話で済む問題じゃない。マサユキや地下空間のこともある。今まで以上に関心を向けているのが、正直なところだ。


 しかしロキの口から、肝心要の部分が語られることはないだろう。……彼が、頑なに敵対を決めない限りは。


『ま、焦ることはない。歴史の事実を知っても、君達の成すべきことは変わらん。――世界に対し、色眼鏡を使うようになるぐらいだ』


「知らない方がいい、と?」


『我はそう考えている。……過去など、今を生きる者達には無関係であるべきだ。故に『古のギガ―ス』である者は、世間への干渉を抑えなければならん。盟約に監視されていることも含めてな』


「……じゃあ、どうしてここに来たんですか?」


『腕白小僧の背中を押すのが、大人の仕事だと思ったのだよ』


「つまり俺のことですね……」


 子供扱いされている気がして、俺は少しばかり肩を落とす。

 と、そんなことをしている間に、トールもロキの上へ飛び乗ってきた。地上から一気に飛び乗った彼へ、集まった者達から歓声が漏れる。


 一人だけ驚かないアントニウスは、代表者として前へ出た。


「ではミコト君、ロキ殿、トール殿、マルク隊長を始めとする一部の近衛隊、および脱走者の追跡をお願いする。場合によっては殺害しても構わん」


「……はい、分かり――」


 頷こうとした直前で、アントニウスの横にイダメアが並んだ。

 ……彼女はいつも通りの無表情というわけにはいかない。明らかな不安を宿して、じっとこちらの方を見つめている。


 アントニウスも気付いて、娘に一言声をかけていた。


「どうしたのだ? 同行したいのであれば、ロキ殿に申し出るといい」


「……いえ、さすがに今回は止めておきます。ミコトさんにご迷惑でしょうし、お父様に心配をかけるのも良くないでしょうから」


「――もしや私はオマケかね?」


「はい」


 表情を一転させ、辛辣に返すイダメアだった。


 しかしその後、さっきと同じような顔つきに戻ってしまう。素直についてくれば――いいんだろうけど、心配の理由が払しょくされることはないだろう。

 なので、俺には単純なことしか出来ない。


「じゃあイダメア、行ってくる。帰ったらまた、帝国語のこと教えてくれ」


「――はい」


 いつか戻る日常。一番大切な気持ちは、そこにある。

 挨拶に混ぜたメッセージを理解してくれたのか、イダメアはいつもの調子を取り戻していた。愛想の欠片もない、真面目そうな表情へと。


「お帰り、お待ちしております。……数日は戻ってこれないでしょうし、帰ったらビシバシ行きますからね?」


「お、お手柔らかに……」


 本気の目をしているイダメアに怯んでいると、ロキは重そうな腰をようやく上げた。

 アントニウス達に一言残して、ギガ―スは大きな一歩を踏み始める。地面の奥まで響く轟音は、巨体の証明として相応しいものだった。


「かーっ、いいねぇ青春ってのは。オッサンの方が恥ずかしくなってくるんだが?」


「? 帰ってくる約束しただけですよ?」


「いやおめぇ、それを――ああ、言い方変えるか。お前らもう、夫婦みてぇなもんだろ?」


「さ、さすがにそれは気が早いような……」


「でも婚約者じゃねぇか。否定する理屈がどこにあんだよ?」


「……」


 確かにその通りなんだけど、いざ言葉にされるのは恥ずかしいというか。

 ――まあ彼女との関係が順調に進んだ場合、そんな言い訳をする方が恥ずかしくなる。自分から同意したことなんだし、きちんと受け止めないと。


 でなけりゃ、色々な人の期待を裏切る羽目になる。


『……まあ考えすぎないようにすることだな。帝国の貴族にしろあの娘にしろ、自然体のミコトを一番評価している筈だ。肩の力を抜いて振る舞うといい』


「はい――ってまあ、言って直ぐに出来れば、苦労はしませんけどね」


「おいおい、ガキンチョが言うじゃねぇか」


『はは、違いない』


 笑うトールとロキ。二人とも声が大きいので、間に挟まれた俺は耳を塞ぐしかなかった。


 ――ともあれ、こうして男三人の旅が始まる。

 後ろに振り向けば、徐々に小さくなっていく帝都と……最後まで俺達を見送る、小さな少女の姿があった。


「――」


 見えているか分からないけれど、俺は立ち上がって手を振ってみる。

 彼女からの返事は、確かに届いた。


「おい、あぶねぇぞ!」


「へ? ――うわっ」


 ロキの動きに合わせて、足場になっている肩が揺れる。

 なので俺は座ったまま、彼女に向けて手を振り続けた。

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