36人目 能力可視者の審査
「この男が雷魔法を使えないとはどういうことなんです、姉上!」
「アタシの鑑定スキルでは『この男にそんな力はない』と表示されているのでぇす!」
なぜか姉妹で内輪揉めが始まった。
何が起こっているのか、僕にもよく理解できていない。
「あの……僕にも分かるように説明してくれませんか」
「審査官さぁんは、『鑑定スキル』をご存知でぇすか?」
「はい。大まかなことは理解しています」
《鑑定スキル》
向こうの世界で確認されている生体現象の一つ。人間の観察眼を極限まで高めたような能力だということは聞いている。目に魔力を宿し、その人物が見たものを「具体的に理解できる」らしい。うまく説明はできないが、それはどういうものであるのかが分かるようだ。
向こうの世界では、約10人に1人がこの能力を所有しているらしい。特に珍しい能力というわけでもない。
「アタシも鑑定スキルを持っているのでぇす! アタシの持つ鑑定スキルで調査した結果、審査官さぁんは雷魔法を使えないのでぇす!」
「そうですね。使えません」
「何だと、貴様! 騙したのかぁ!」
「……勝手にあなたが判断しただけでしょう……」
「け、結婚相手が見つかったと思ってたのに……」
クララメイが涙を流し始める。大粒の涙がボロボロと頬を伝う。
そんな泣き顔を見ても、僕は彼女に対して同情するような気持ちは一切沸き起こらなかった。
「そんな……では、私たちは何のためにここへ来たというのですか、姉上!」
「まだ慌てるのは早いでぇすよ、妹よ!」
「どういうことです、姉上!?」
「アタシは、この審査官さぁんに初めて会ったときから鑑定スキルで観察していたのでぇす!」
ポナパルトは僕をビシッと指差した。
「……勝手に僕を観察しないでください」
「アタシ、この世界の人々にはどういう能力があるか気になったのでぇす! 手始めに、多くの入界者が初めて会うであろうあなたの能力鑑定を行ったのでぇす!」
知らぬ間に、僕はこの世界の人間の指標みたいな扱いになっていたらしい。
「入界後も性事情の調査のついでに鑑定して回りました。でも、この世界の人はサッパリでぇした……みなさん、全然、魔法やスキルを持ってないのでぇす!」
「……そりゃそうでしょうね。この世界にそうした能力を持つ人間は確認されてませんから。ですから、この世界に強い男を求めるのは諦めて早くかえ……」
「ただし、それは審査官さぁんを除いての話でぇす!」
「は……?」
僕は彼女の言葉にしばらく沈黙してしまった。
彼女の言葉の意味を理解するのに数秒かかり、僕が次の言葉を発するまで2番ゲートには珍しく静かな時間が流れた。
「あの……」
「どうしたんでぇすか?」
「つまり……僕に何か能力があったと言うんですか?」
「おぅ、いぇす!」
これまで、この世界の人間に向こうの世界のような特殊能力を持つ人間や魔法を使える人間は確認されていない。『鑑定スキル』のような特殊能力は向こうの世界の人間しか持っていない、というのがこの世界の常識だ。
ポナパルトの話が本当ならば、僕の体に一体何が起こっているというのだろうか。
それともただの狂言だろうか。
「審査官さぁんは、『魔法因子』って知ってるでぇすか?」
「細かいことは知りませんが、存在ぐらいは知ってます。そちらの世界の人間だけが持つ細胞器官みたいなもので、それが魔法の発現に関わっているとか、どうとか」
この世界では『どうして向こうの世界の人間は魔法を発現できるのか』という研究が注目を集めている。有名な大学に多くの入界者が招かれ、そうした研究が行われているらしい。この審査ゲートでも、それを入界目的とした人を対応することがある。
そうした研究を経て発見されたのが『魔法因子』だ。ミトコンドリアに似た細胞器官のようなもので、これを持つ人間は魔法を使えるようになるという。人間の持つ生体エネルギー物質を別のエネルギーに転換するらしい。
また、この因子は特殊能力の発現にも大きく関わっているというニュースが最近放送された。『未来予知スキル』がある黒川も、おそらく魔法因子を持っているだろう。
「審査官さぁんも魔法因子を持ってるのでぇす!」
「は? どうして……」
「魔法因子は感染するのでぇす! 接触があった人間へ受け継がれていくのでぇす! じゃないと、向こうの世界で多くの人間が魔法を使えるようにならないのでぇす!」
「感染……ですか?」
「あなたには魔法因子を持つ人間と濃厚な接触があったと思うのでぇす! 心当たりはないでぇすか?」
心当たりはある。
ロゼットだ。
彼女との同居生活はポナパルトと出会う前から始まった。身を重ねたこともあったと思う。
「心当たりがあるようでぇすね?」
「……はい」
僕は知らないうちに、ロゼットから魔法因子を受け継いでいたのだろうか。
「その因子が人間に与える影響は様々でぇす。炎魔法を使えるようにしたり、スキルを使えるようにしたり、いろいろあるのでぇす」
「はい。大まかなことは耳にしています」
「特に審査官さぁんの因子はすごいでぇす! 因子が、すごい力を引き出しているのでぇす!」
「え……」
「アタシの見る限り、何回か発動した形跡があるのでぇすが、自覚ないでぇすか?」
そんなこと言われても……。
全然自覚はなかった。日常でも特に違和感を感じたことはない。
先日、先輩にも同じようなことを聞かれたと思う。
何なんだろう。こいつの言っている僕の「力」って。
ポナパルトには僕がどう見えるのだろうか?
「……自覚、ないようでぇすね?」
「ないですね」
「それ、マジでぇすか?」
「杖がないと魔力は増幅できないんですよね? 生身では発動にも気づかないって聞いたことがありますが……自覚できないのはそのせいでは?」
「……審査官さぁんの場合ならそんなことしなくても大丈夫だと思うのでぇすが。本当に心当たりないのでぇすか?」
「ないですね」
僕の素っ気ない回答に、ポナパルトは慌てて僕に詰め寄る。
「でも、でもでも、アタシは審査官さぁんのその力に惚れたのでぇす! アタシの夫にふさわしいと思うのでぇす!」
「あなたに惚れられても困ります」
「アタシ、自分でもけっこう魅力的だと思うのでぇすが? 審査官さぁんはアタシの魅力が分からないでぇすか?」
そう言うと、ポナパルトは自分のドレスの胸部分を引き剥がした。自分の胸部を露出し、腕で胸を寄せて谷間を僕に見せつける。
「ど、どうでぇすか?」
「僕はあなたを『ただの変人』としか思ったことはないですね」
「おぅまいがぁー、辛いのでぇす……」
実際のところ、ポナパルトは顔のパーツが整っていて、体格もかなり女性らしい。見た目だけは完璧な女性だ。
見た目だけは。
「それに、僕にも恋人がいるので、早く帰ってくれませんか?」
「……なるほど、その恋人が審査官さぁんへの魔法因子提供者ってことでぇすか」
「……僕は、『恋人』としか言ってませんが、なぜそこまで……」
「『鑑定スキル』で見たら何となく、入界者みたいな女の影があったのでぇすよ。まさか恋人とは思わなかったのでぇす……」
ポナパルトは大きなため息をついた。
「アタシたちは帰るでぇす。審査官さぁん、さよならでぇす……」
「え、『帰る』って……力のことは教えてくれないんですか?」
「自分の体に聞いてみるのでぇす」
「仕事中とか、勝手に力が発動したら嫌なんですけど……」
「どうしても知りたいなら……アタシと結婚するのを条件に教えてあげてもいいのでぇす」
「……やっぱりいいです」
僕は断った。
こんな変人と結婚するなんて冗談じゃない。
「審査官さぁんは意外にもモテモテだったのでぇす」
「『意外にも』って言うあたりが腹立ちますね」
「……まぁ、気が変わったらこのメモに書いてある住所を訪ねてほしいのでぇす」
ポナパルトはドレスの胸の谷間から紙切れを取り出した。それを審査カウンターに置き、僕に見せる。
その紙に書かれているのは、どうやら向こうの世界の住所のようだ。パッと見たところ、彼女たちが住んでいる国ということしか分からない。
書かれている住所は、彼女たちの家なのだろうか?
「じゃあ、アタシたちは帰るのでぇす。さよならでぇす審査官さぁん」
「では、さらばだ審査官よ」
手を振りながら、彼女たちは2番ゲートから去っていく。
「あの……ポナパルトさん? 胸をずっと露出してますよ」
先程露出した胸をドレスにしまわず、彼女は門まで歩いていく。
僕の注意は彼女たちの耳に届いていないようだ。
「入界が目的でない場合は、もう来ないでくださいね」
僕も小さく手を振り、彼女たちを見送る。
こうして、ポナパルト・クララメイ姉妹は門の向こうへと消えていった。
他の入界者や警備隊員に自分の胸を見せながら。
* * *
結局、僕が持つ能力については聞くことができなかった。
しかし、彼らが嘘をついている可能性も捨てきれない。
僕が何か力を持っているということは『彼女たちの狂言』として捉え、それ以上詮索するのは止めた。
* * *
それでも、僕の気づかないうちに、
この世界は向こうの世界の影響を受け始めていた。
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