23人目 忘却の彼方の審査
インターンシップ2日目。
僕は今日もインターン生を連れて、2番審査ゲートカウンターに入った。
今回連れているのは男子なので、彼のことは「後輩くん」と呼ぶことにする。
「先輩、今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ……」
僕は後輩くんに「爽やかな好青年」という印象を持っていた。イケメンで、笑顔が眩しい。挨拶もハキハキとしている。
こんな青年が将来的に僕の後輩となってくれれば、入界審査官も安泰だ。先輩も彼のことを気に入っており、「このまま審査官に就職してくれればいいのに」と語っていた。
それだけに、僕もちゃんとした仕事ぶりを彼に見せようと張り切っていた。
「おい、お前! 後輩の前なんだから、もうちょっとシャキッとしろ!」
ゲートに向かう途中、先輩に言われた。
この満ち溢れるやる気が周囲に伝わらないのが非常に残念で仕方ない。
でもまさか、あんなことになるなんて……。
* * *
その日の審査は順調だった。入界者と揉めることもなく、人々はゲートを通過していく。後輩くんに仕事を教える任務も滞りなく進んでいた。
但し、それは途中までのことだ。
嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。
ふと、僕は門の方を見た。
ゲートの手前で、長髪のおじいさんがこちらをじっと見ている。
「先輩、あのおじいさんはゲートでの手続き方法が分からないんじゃないでしょうか?」
「うーん……どうだろう?」
「僕が様子を見てきましょうか?」
そんな会話をしているうちに、そのおじいさんは2番ゲートに入ってきた。
肩まで届くような白髪を持ち、顔にもひげを蓄えている。
服装は貴族を連想させるような装飾が施されたコートを装着していた。ただ、服装のあちこちに泥がついており、しばらく手入れされていないことが分かる。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
後輩くんは規定に従い、元気良く挨拶する。僕も彼を追うように挨拶をした。
「……」
しかし、その老人からの反応はなかった。彼はこちらを睨むような視線を送りつけている。
「……パスポートの提示をお願いします」
「……」
バサッ!
老人はパスポートをカウンターへ投げ捨てるように置いた。
何か、感じの悪い老人だな……。
名前:ルードバルフ3世
種族:人間
職業:無職
「今日、入界する目的は何でしょうか?」
僕は尋ねた。
「貴様は、この国の尖兵であるか?」
老人はそう返事をした。
嫌な予感がする。
数ヶ月前、ここに来た「宣戦布告の男」と似たような質問だったからだ。
「……違います。ただの審査官です」
「……あの、えっと……」
後輩くんはマニュアルにはなかった質問にどう対応すれば良いのか分からず、おどおどしている。
「貴様はそのパスポートにある名前を見て何も思わんのかね?」
「はぁ……名前ですか?」
僕はもう一度、パスポートの名前の欄を見た。
ルードバルフ3世
はて、誰だったかな……? 向こうの世界で有名な芸能タレントかな?
「……申し訳ありませんが、こちらは存じ上げません。どなたでしょうか?」
「この国の兵は、自国が滅ぼした国の皇帝の名前すら知らんのか!」
自国が滅ぼした? 皇帝? 何のことやら……。
「我が名はルードバルフ3世! ディエルダンダ帝国、最後の皇帝なり!」
ディエルダンダ帝国? どこかで聞いたことがあるような……?
もしかして、アレだろうか?
「もしかして……ステーキのヤツですか……?」
「何を言っているんだ貴様は! ステーキとは何だ!」
数ヶ月前、このゲートに騎士団を送りつけた帝国があった。その国の名前がディエルダンダ帝国という名前だった気がする。騎士団はレーザーによって木っ端微塵にされ、サイコロステーキのようになってしまった。そして帝国本土には無人爆撃機が送り込まれ、異世界の地図から消え去ったはずだ。
当時の皇帝がこの人なのだろうか? 宣戦布告の男も皇帝の名前を口に出していた気がするが、僕はその記憶を忘却の彼方へと捨てていたようだ。
「あーはいはい。ルードバルフ3世さんですね」
「貴様、その返事からして、絶対に我輩のことを認知してないだろう!」
「てっきり爆撃で死んだと思ってましたけど、生きてたんですね?」
「貴様! 我輩を愚弄する気か? 我輩の国がどうなったのか知らないだろう!」
「……知らないですね」
「数万という兵士は全員バラバラにされ、城下町は火の海と化し、城は瓦礫の山となったのだ! 我輩はその中で血を吐きながらさまよい、生きながらえたのだ!」
「……そうですか」
「娘も息子も貴様たちに殺されたのだ! 娘は身篭り、息子も家族を持っていたというのに……! 我が先代が築いてきた栄光は一瞬にして崩れた! 貴様たちの手によって!」
「それは大変でしたねー」
「何だ、その同情の欠片も感じないような返事は! 我輩を馬鹿にしているのか!」
だってさ、そっちが悪いじゃん……。
こちらに騎士団を送っておいて、よくそんな口を叩けるものだ。
「今から貴様たちにも同じ目に遭わせてやる!」
そう言うと、ルードバルフは着ていたコートを広げた。
「これを見るがいい! この国の尖兵よ!」
そこには布袋が大量に縛りつけられていた。袋には魔法陣が描かれた紙が貼られている。
「それは何です?」
「この袋には大量の爆薬が詰め込まれている。貼られている紙に描かれてるのは、発火する魔法陣だ。爆発すればこの施設は木っ端微塵になるだろう!」
「……」
「えっ! 爆弾!?」
後輩くんがルードバルフの持っていた爆薬に狼狽する。
「魔法陣は我輩の意思によって発火可能だ。逃げ場はないぞ、若造!」
「……」
「ひぇ! や、やめてください! ぼぼぼ僕はまだ生きたいんです! ちょっと、先輩! どうにかしてください!」
「えぇ……?」
僕は無表情でルードバルフを見つめているのに対し、後輩君はかなり慌てた様子で老人を説得する。
「あ、あなたも死にますよ!? それでも良いんですか!?」
「黙れェ! 死んでいった我輩の家族は最期の言葉を口に出す暇すら与えられなかった! 何が何なのか分からないまま死んでいったのだ! 体をバラバラにされ、辛かっただろう、痛かっただろう! 今から、ここにいる連中にも同じ痛みを味あわせてやる!」
「……うーん、できたらやめてほしいですね。死体処理とかが面倒になるんで……」
「せ、先輩!? そんなことを心配してどうするんですか!? 僕ら、爆発で死ぬかもしれないんですよ!?」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
どうやら目の前にいる男は自爆テロをしたいらしい。
「ややややめてやめて! ぼぼ僕は関係ない! まだ死にたくない! そんなことしたら死んじゃう! 死ぬのは嫌だあああああああああああ!!!」
ルードバルフの自爆テロ宣言に取り乱す後輩くん。
「我は敵は討つぞ! 天国で待っている国民たちよ! 勝利の祝杯をあげよう!」
ルードバルフは天に向かって叫んだ。
そして……
次の瞬間、
ルードバルフは、
ドォン!!
爆発した。
「……やれやれ」
ただ、カウンターは無事だった。
「まぁ、異世界の火薬の威力なんてこんなもんでしょ……」
向こうの世界の発達していない技術で作られた爆薬が、ここを吹き飛ばせるほどの威力を持つわけがないのだ。ガラスはロケット弾にも耐える仕様になっている。そのおかげで、爆発が起きてもひびすら入っていない。デュラハン事件の影響もあって、ガラスはより強固なものに変更されたのだ。
パスポートを受け渡しするガラスの隙間は、僕の手元のボタンで開閉が可能だ。爆風すら漏れてこない。
天井のスプリンクラーが作動し、煙に包まれていたガラスの向こう側が明らかになり始める。壁や床にはルードバルフのものと見られる肉片が付着していた。ガラスにこびりついているのは頭皮だろうか。血液も大量に飛び散っている。
僕は後輩くんの方を見た。
「大丈夫?」
「あ……あぁ……あ……っ」
彼は床に尻餅をついていた。顔からは涙と鼻水が垂れている。下半身も濡れており、失禁しているようだ。
僕が彼に話しかけても反応はなかった。しばらくその場で硬直していた後、彼は意識を失った。
こうして、この事件は犠牲者1人だけで収束した。
一体、ルードバルフ3世は何のために死んだのだろうか……?
* * *
この事件によって、入界審査官のインターンシップは中止させられた。1週間の予定が、たった2日で終わってしまったのだ。
その後、後輩くんはこのときの出来事がトラウマとなり、精神病院へカウンセリングに通っているらしい。治療費はこの施設が何割か負担しているそうだ。
彼が審査官へ就職してくれることを期待していたが、おそらく彼がここへ姿を現すことは二度とないだろう。
しかし、こんな出来事があっても、来年もインターンシップを開催するらしい。
「次はあなたのご参加を、心よりお待ちしております」(入界審査官一同)
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