24人目 異世界召喚の審査
ロゼットが僕と同居するようになってから、先輩はホテルに誘ってこなくなった。
同居前は週に1回のペースでホテルに誘ってくれたが、現在はパッタリとなくなってしまった。
僕は「先輩のことだから女性と同居しても構わずに誘ってくるだろう」と思っていたので、これは意外だ。他の女性と同居していたとき、「じゃあこれから逆3Pでもする?」などと言っていた彼女が嘘のようだ。
一体、先輩に何があったと言うのだろう……?
* * *
その日も、僕は2番ゲートで審査を行っていた。時刻は正午過ぎくらいだったと思う。
「……はい、次の方、どうぞー」
入ってきたのは、見た感じ普通の青年だった。向こうの世界での庶民的なファッションをしており、飾り気はない。
「……こんにちは」
「……こんにちは」
彼の年齢は僕と同じくらいだろうか。声のトーンが低い。やる気を感じられないような無表情をしており、まるで自分を見ているようだった。目つきや髪型も、どこか僕に似ている。
「……パスポートの提示をお願いします」
「……どうぞ」
名前:黒川 修哉
出身:日本
職業:勇者
渡されたパスポートには、日本人らしき名前と、出身地が日本であることが表記されていた。
この人は過去にこの施設の出界審査ゲートから異世界に渡った、ということなのだろうか?
「……あなたは旅行帰還者ですか?」
「……違います」
違うとはどういうことだ?
僕は出界審査のデータベースから、彼が出界した履歴を検索した。
しかし、彼に関するデータはヒットしない。
日本出身の者ならば、出界ゲートを通過せずに異世界に行くことなど不可能なはずだ。
「あなたは、出界審査ゲートから異世界に入っていませんね? どうやって異世界に渡ったのですか?」
「……はい、異世界の
「まさか……異世界召喚されたのですか?」
「……はい」
《異世界召喚問題》
それは日本が抱える社会問題の一つだ。日本の若者が異世界へ召喚され、この世界からいなくなるという現象が度々報告されている。
原因は、向こうの世界にいる
ただ、これは
問題はそこだけに留まらない。召喚された者には、この世界に家族や友人が残るわけで、彼らが異世界の
日本の外交官も必死に召喚被害者を返還するよう異世界の各国に呼びかけているが、向こうも逼迫した状況にあり、なかなか進展がない。僕がゲートに出勤するときも、施設手前で被害者家族たちが問題提起を呼びかけるビラを配っているのをよく目にする。
同じような問題として、この世界での死後、向こうの世界に記憶を引き継いだまま転生する「異世界転生問題」が挙げられるが、こちらは実際に被害者が死んで葬儀も済んでいるだけ問題が少ない。
「異世界召喚問題」は異世界で被害者がまだ生きていることで問題を根深いものにしているのだ。
「……少し待っててください。異世界召喚された疑いのある人物のリストと照合してみます」
「……よろしくお願いします」
「黒川 修哉」という名前を検索した結果、8年前行方不明になった同姓同名の人物がいることが判明した。
向こうの世界もこちらの世界も、時間の流れ方に大きな違いはない。召喚された当時、彼は高校生だったらしいが、現在は僕よりも年上になっている。
「……確かに、8年前にこちらの世界で行方不明になってますね……」
「……え。8年? もうそんなに経つんですか……?」
「……はい」
「……けっこう長かったんですね……」
「……8年間、どうやって過ごされていたのですか?」
「……魔王討伐を命じられて……その旅をしていましたね。今回、無事に魔王を倒すことができて、この世界に戻ることが許可されました……」
「魔王ですか……」
魔王といえば、先日亡命したプリーディオ・アルグニギスが思い出される。黒川によって倒されたのは、彼女の父だろうか……?
「その倒した魔王の名前を伺ってもよろしいですか?」
「……ルーシー・グネルシャララ……先代の魔王を裏切って、その称号を手に入れた凶悪な心の持ち主です」
どうやら倒されたのは、魔族内部でクーデターを起こしてプリーディオをデュラハンで追い込んだ人物らしい。
こんなに早く倒されるとは、盛者必衰もいいところだ。
「分かりました。今すぐ上司に報告して、召喚被害者帰還の手続きに移ります」
「……よろしくお願いします」
僕は無線機を手に取り、先輩と通信をつないだ。
《どうした? おくれ》
「今、2番ゲートに異世界召喚被害者らしき男性が来ていて、その帰還手続きを実行したいのですか。 おくれ」
《異世界召喚被害者……? で、その人物の名前は? おくれ》
「黒川 修哉……だそうです。おくれ」
《黒川……修哉……?》
彼の名を聞いた途端、先輩の声のトーンが変わったのに僕は気づいた。
なんというか、とても驚いているような……。
《……分かった。私も今すぐそちらに向かう。修哉くんが2番ゲートに来たときの様子を撮影・録音した記憶媒体が手続きに必要になるかもしれん。準備をしておいてくれ。おくれ》
「了解。おわり」
先輩は気づいているのだろうか?
彼女が黒川のことを「修哉くん」と言ったことに……。
先輩はすぐに2番ゲートに来た。
全力疾走してここへ来たようで、はぁはぁと息を切らしている。
ハイヒールなのだからゆっくり来ればいいのに。急いで彼に会いたい理由でもあったのだろうか?
「本当に……修哉くん?」
先輩は黒川にそう言った。
「……私を、覚えてる? 修哉くん……?」
「え……まさか、君は……」
黒川が何か言いかけたところで、2番ゲートに警備隊も入ってきた。帰還手続きをするため、取調室に連行するのだろう。
黒川は彼らに誘導され、2番ゲートを去った。僕と先輩も後で行かなければならないらしい。
黒川が連行され、2番ゲートには先輩と僕だけが残された。
「戻ってきたんだね……修哉くん……」
「……先輩?」
僕は先輩の顔を見た。
彼女は涙を流している。
僕は思った。黒川と先輩の間には何かある、と。
先輩は素早く懐からハンカチを取り出し、自分の顔を隠した。
「……すまない。お前にこんな泣き顔は見せたくなかったんだが……」
「別にいいですよ」
「……ありがとう」
* * *
その日の夕方、僕は先輩に呼び出された。
「お前に話さなければいけないことがある」
指定された場所は、僕と先輩がよく泊まっていたホテルだ。
先輩が話したい内容は聞かされていないが、おそらくあの黒川という人物のことだろう。
僕は同居するロゼットに、帰りが遅くなることを連絡し、ホテルへと向かった。
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