7人目 勘違い勇者の審査
「先輩、さっきの話、何なんです?」
「へ?」
「『僕の嫁になれ』なんて適当なことを言われちゃ困ります」
僕は先輩と居酒屋で夕食をとりながら、ロゼットの件について会話をしていた。
結局、あの後は話をうやむやにしたまま病室を去ったが、僕と彼女の間に随分と妙な空気が漂っていたと思う。
僕が異世界人を嫁にするだって?
話が唐突すぎて、現実感が全然湧いてこない。
「別に、適当なことを言ったつもりはないさ。半分冗談ではあるんだけどさ、それが彼女にとって最良の選択なんだよ」
「そうですか?」
「仮定の話をしよう。治療が終わり、彼女は元の世界に戻ったとする。そこにもう家族のサポートはない。悪い噂まで立っている。まともな職に就くのは難しいだろうし、財産もないそんな子を受け入れてくれる家はないだろう。
仕事を紹介してくれる『ギルド』という組織もあるらしいが、そこに集められるのは危険な仕事ばかりで彼女にできるとは思えない。パーティを組むにしても、寄ってくるのは噂を聞いた体目的の男ばかりだろうし、戦闘経験がないとなかなか組んでもらえないとも聞いたな。
水商売をした場合、肌と肌で触れ合う仕事だから、あの胸にできた火傷の痕がバレるだろ? それが理由で見世物小屋なんかに連れていかれて、そこで一生面白がられて暮らすことになる」
「じゃあ、こっちの世界に就労させれば……」
「この世界で独りで暮らしていけるほどの常識が彼女に備わっているとは思えない。あんなんじゃ、いつか犯罪に巻き込まれる。実際、入界者がトラブルに巻き込まれるケースはけっこうあるって警視庁が公表してたな。『魔法少女強姦事件』とか新聞に載るかも」
「ありそうですね」
「だから、お前と結婚すれば、お前の目が届く範囲で安全に暮らすことができるし、それに、お前は彼女の噂が立った経緯や火傷になった理由を知っている。だから、お前なら偏見なく彼女を見てやれる。お前との生活が、安全に生活するために彼女へ残された最後の手段なんだ」
ここまで理由を説明されると、反論するのは難しい。先輩がある程度真剣にロゼットのことを考えていることが分かる。決して適当なことを言っていたわけではなかったのだ。
「うーん、でも僕はまだ彼女のことはあまり知らないですし……」
「お見合いや合コンだって似たようなもんだろ? 最初はお互い全然知らない」
「仮に結婚したとしても、うまくいかないと思いますけどね」
「いや、けっこう良いカップルになると思うよ。お前、あの子のこと、嫌いか?」
「『嫌い』ではないですけど……僕、何人も彼女作りましたが、全員別れてます」
「不思議とお前はあの子とうまくいきそうな気がするんだ」
「根拠は?」
「うーん、女の勘?」
「はぁ……分かりましたよ。先輩がそこまで言うなら、僕も考えておきますよ」
「まあ、半分冗談くらいに受け取っておいてくれ。結婚までしなくてもいいから、この後の面倒くらいは見てやってもいいんじゃないか?」
* * *
翌日、僕はいつものように出勤した。担当する2番ゲートのカウンターで入界者の審査を行う。
そして、門から奇妙な二人組が現れる。鎧を着た青年と、
「待っていろ、魔王! 今度こそ、お前の息の根を止めてやるぜ!」
青年はゲートホールの中央に立ってこう叫んだ。右手で天井を指差している。安い少年漫画のキメ台詞だろうか。
絶対、2番ゲートには来るなよ。
僕は心の中で願った。こんな面倒くさそうなヤツの相手はしたくない。
そして二人組は歩き出した。3番ゲートに向かって。
僕の願いが天に届いたのだ。
やったぜ。やれやれ、3番ゲートの審査官も大変だな。
僕は安堵して、その様子を眺めていた。
しかし、
「違う。ここじゃないわ。予言にあったのは2番ゲートよ」
「そうか。じゃあこっちだな」
女性エルフが何か喋り、それがきっかけで彼らは2番ゲートに向かってきたのだ。
は? 何が起きた?
「……」
僕は状況を理解できず、彼らとカウンター越しに向かいあっても挨拶できなかった。そのとき、僕は口を開けてポカンとしていたと思う。
「よぉ! 俺は勇者のカイト! そして、こっちのエルフが
「あ……はい。こんにちは」
カイトと名乗る男に挨拶され、ようやく僕も挨拶を返した。
やたら熱血でウザそうな印象を受ける。
「あの、パスポートの提示をお願いします」
「ああ、これのことだな! 入手するのに苦労したぞ! とんだレアアイテムだったぜ!」
名前:カイト
種族:人間
職業:勇者
「この『勇者』っていう職業は何です?」
「え! お前、勇者を知らないのか!」
知らないから聞いてるんだよ。
「勇者っていうのはな、魔王を倒すために世界を旅するヤツのことだ! 世界各地の魔族の城をめぐるんだぜ!」
旅好きの無職、ということだろうか?
「それで、どうやって資金を得ているんですか?」
「そりゃあ、魔物を倒したり、魔族の城から財宝を奪ったり……」
ハンター? いや、盗賊の類かな?
「俺は王様の命令を受けて勇者になったんだ! お前には魔王を倒す素質があると言われたんだぜ!」
王族が関与している職業らしい。ますます勇者という職業が分からなくなってきた。
「それでは、滞在計画書を見せてください」
「おう! これが俺たちの予定だ!」
計画書には「魔王を倒す」とだけ書いてあった。
「ちょっと書いてあることの意味が分からないのですが……」
「これからこの神殿に魔王がやってくるのです」
女性エルフが僕に説明を始める。
彼女はこの施設のことを「神殿」と形容しているが、向こうの世界の住人から見ればそう見えるのかもしれない。
「エルフの里の長老が予言したのです。門を抜けた先の2番ゲートに魔王がやってきて、通り過ぎていく、と」
「魔王……ですか」
「だから俺が魔王の息の根をここで止めてやるんだぜ!」
「ここでの殺人行為は逮捕されますよ? 物騒なことをされては困ります」
「そして、長老はこうも言ってました。『魔王の生死の鍵は2番ゲートに座る男が握っている』と」
「僕が生死に関与するって言うのですか? またこれも物騒ですね」
「大丈夫だ! 魔王がここに来たら俺が守ってやる!」
「どうも……」
「このエクスカリバーでヤツをぶった斬って……」
え?
「あの、今、何て言いました?」
「このエクスカリバーでヤツをぶった斬って……それがどうかしたか? ほら、この武器だぜ?」
そう言うと、彼は背中に装備していた剣を抜いた。刃が白い輝きを見せている。
「確かに、エクスカリバー……ですね」
僕はカウンターのパソコンを見た。画面にはエクスカリバーについての説明が表示されている。
《第1種異世界大量破壊兵器:聖剣エクスカリバー》
「異世界で発見された超高威力な聖剣。魔力を斬撃に転換する破壊兵器。その効果範囲は広く、街を一撃で荒野にすることが可能。威力も非常に高く、米陸軍の機甲大隊を一振りで壊滅させた。適合者にしか使用できないという制約があるが、適合者の手に渡った場合、大きな脅威となる。
10年前、第1種異世界大量破壊兵器に指定された。その危険度は核搭載大陸間弾道ミサイルに匹敵する。
適合者がゲートに現れた場合、即拘束せよ」
僕は説明を読むと、黙って警報ボタンを押し込んだ。
ビーッ! ビーッ!
審査ゲートに警報音が鳴り響く。
「ど、どうしたんだ、これは!」
「まさか、もう魔王が……!」
「違います」
重装備の警備隊が2番ゲートに突入してきた。勇者とエルフを床に倒し、素早い手つきで拘束していく。
「きゃあ、何ですか! あなたたちは!」
「ぐぅ! 離せ! やめろ! その剣を奪うなぁ!」
警備隊がエクスカリバーを奪い、鋼鉄のケースに収納した。
「やめろぉ! 魔王が、ここにくるんだ! どうなっても知らないぞぉ!」
二人は警備隊の取調室へ連行されていった。僕から見えなくなる最後まで、勇者は叫び続けていた。
* * *
異世界へ続く門が発見されたのは日本だけではない。かつてはアフリカ大陸やアジアの発展地域、西洋諸国でも発見された。門を持つ各国政府は異世界へ軍隊を送り込み、資源などを採取していたらしい。
しかし、アジア大陸各地ではアンデッドの保有するウイルスが人口密集地に持ち込まれ、パンデミックが発生。強引な資源搾取を続けていたため異世界住民の協力を得られず、ゾンビに対し有効な手段を獲得できずにいた。一年以上にわたる防衛戦の末、多くの国家が壊滅。日本はこれを教訓に、軍に大量の聖水が確保されることになる。
ヨーロッパ各地ではドラゴンの群れが門から現れ、都市を襲撃。銃弾や高熱に耐える甲殻を持つドラゴンは軍隊を次々と壊滅に追い込んだ。日本はこれを教訓に、ドラゴンに対して有効な貫通力の高いレーザーを配備することになる。
合衆国ではエクスカリバーを発掘し、研究所で調査していたところ、テロリストによって強奪された。組織内の適合者が議会本部を吹き飛ばし、大統領が死亡する。主要都市が荒野に変わっていき、最後は核の自爆によって国とともにエクスカリバーは消え去った。
こうして、異世界から持ち込まれた様々な動物や兵器によって国が滅んでいったのだ。現在、他の門は破壊され、異世界に通じることはない。
今回の調査結果、勇者が持ち込んだエクスカリバーは模造品であることが判明した。オリジナルほどの威力はないらしいが、今後はそうした模造品にも注意しなければならないだろう。
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