8人目 はぐれ魔王の審査
ロゼットがゲートの治療施設に入院してから毎日、僕は彼女が病室へ仕事帰りに寄っている。
先輩から「きっとアイツはこの世界に来て不安を感じているだろうから、励ましてやれよ」と、様子を見に行くように促されたという理由もあるが、いきなり他人へ胸部を露出するような娘なので心配事が多いのだ。今日も施設関係者に迷惑をかけてないだろうか。そんな不安が仕事中に頭を過ぎっていく。
彼女の入院する階に到着すると、僕はナースステーションに待機している担当看護師へ声をかけた。
「今日はロゼットの様子はどうでしたか?」
「体調面では特に問題ありませんでしたよ。そういえば、検査の最中に『審査官さんはまだ来ないんですか?』って聞かれました」
「僕のことを?」
「早く会いに行ってあげてください。あの子の病室を訪ねるのは、私たち以外ではあなただけですから」
ロゼットには友人も恋人もいない。家族からも勘当されたため、僕は彼女と頻繁に顔を合わせる稀有な人間となっていた。看護師も他の患者を診なければいけないし、ずっと喋り相手になることはできない。僕だけがプライベートで彼女と接していて、彼女はそれを楽しみにしているのだろう。
ロゼットの病室へ行くと、彼女はベッドに座って窓から見える夕日をアンニュイな表情でぼんやりと眺めていた。
「あ、審査官さん。もうすぐここは夜になるんですね」
「うん。体調はどう?」
「お医者様が言うには、特に問題ないそうです。3日以内には退院できると聞きました」
「そっか」
ロゼットの回復は順調だった。
胸の巨大な火傷は消えないが、徐々に元気を取り戻しつつある。入院当時は異世界のことを思い出す度に涙を流してホームシックな感情に浸っていたようだが、今はその頻度も少なくなっていた。
「あの……やっぱり私は審査官さんのお嫁さんになるべきなんでしょうか?」
「それは僕にも分からないよ」
どうやら彼女は先輩の言葉を気にしているらしい。
「でも、このまま向こうの世界に戻っても厳しいのは分かっているんです。魔法学校の成績は良くなかったですし、この騒動で中退扱いになってしまいました。魔物を討伐できるような体力も経験もありません。今の私には行き場所がないんです。この世界のことも全く知りませんし……もうこのまま消えちゃいたいな、って」
ロゼットは僕の目を見つめた。大きく澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「それで、審査官さんは私のこと、どう思ってます?」
「どう思うって……?」
「審査官さんは、私のことをお嫁にしたいですか?」
先輩が出した提案。
ロゼットもそうすることでしか生きていく道が見つからないことを分かっているのだ。だから嫁ぐことを真剣に考え始めたのだろう。
それに、どうも彼女が不憫に思えてきた。感情がないと言われてきた僕だが、まだ慈しみの心が少しだけ残っていたらしい。このままロゼットをどこかに放ることに心苦しさを感じる。
初めて『結婚しろ』と聞いたときは驚いたが、色々考えるうちにまんざらでもなくなってきた。家事を代行してもらえるならありがたいし、扶養手当も結構貰えるから負担も大きくない。
だが、伴侶を決めるということは僕の一生を左右する問題でもある。
これだけの理由で結婚してもいいものだろうか。
「……まだ、よく分からない」
「じゃあ、私のことは好きですか?」
「うーん、好きではない……かな」
「そうですか……」
ロゼットは俯き、涙目になる。
「でも、嫌いでもないかな」
「ほんとですか!」
彼女は再び顔を上げて僕を見つめた。
「あ、でも私、これまで審査官さんには散々迷惑をかけてきました。きっと、結婚なんてしたら、もっと迷惑がかかるんじゃないかって……心配なんです」
「それは、そうかもしれないけど……」
この一言が後にある事態を引き起こすのだが、僕はそんなことを全く予知できなかった。
* * *
それから僕らは度々、顔をあわせるようになった。昼休みや仕事帰り、休日に、僕は彼女へ会いに行く。ただ、何をするというわけでもなく、簡単な挨拶をして体の調子を聞くだけ。
ロゼットはニコニコしながら僕に色々聞いてくる。僕の過去やこの世界のこと、先輩のことなど。
僕は普段、あまり会話などしない。でも、不思議と彼女との会話は苦にはならず、何となく落ち着く。
そんな僕は、先輩からの提案「ロゼットと結婚するかどうか」の結論を出せずにいた。
* * *
そして、いよいよロゼットの退院の日。
僕はいつものように2番ゲートのカウンターで審査を行っていた。
チラリと門の方へ目をやると、小学生くらいの女子が立っているのが見える。彼女の周りに保護者らしき人物は見当たらない。門を通ってきた迷子だろうか?
警備隊の誰かが気づいて保護してくれないかな……。
そう思いながら彼女を眺めていたところ、彼女は2番ゲートに向かって直進してきたのだ。
「……こんにちは」
「……こんにちは」
僕と彼女はガラス越しに向かいあって、挨拶をした。小さく、弱々しい声だった。彼女の声には感情のようなものが篭ってない、と言っていい。
髪型はツインテールで、ゴシックロリータファッションをしている。髑髏のような装飾が施された眼帯が印象的だ。
僕は正直、子供が嫌いだ。しかし、この子はどこか大人びた雰囲気を出しており、子供と向きあっているようには感じなかった。
「あなたはお一人で入界する、ということでよろしいですか?」
彼女はコクリと頷く。どうやら迷子などではなく、本当に一人で入界する気らしい。
「それではパスポートを……」
僕が言いかけたところで、彼女はカウンターにパスポートをスッと差し出した。
名前:プリーディオ・アルグニギス
種族:デーモン
職業:魔王
僕は彼女のことを人間だと思い込んでいた。しかし、よくよく見ると魔族特有な瞳孔の形をしており、人外であることが分かる。
「あの……この『魔王』という職業は?」
「……魔族の王に任命された際に与えられる称号」
「では、あなたは王に任命された、ということですね?」
彼女はまた頷いた。
「なぜ、そんなあなたがこの世界に?」
「……貴国へ亡命したい」
……え?
『亡命』
彼女の小さな口から発せられた重い言葉に、僕はしばらく硬直していた。
亡命と言うくらいなのだから、何か政治的な理由で追われてきたのだろうか。
「どういう理由で亡命を希望されるのです?」
「今から3日前、先代の魔王である父が急逝したのをきっかけに、魔王城でクーデターが発生した。それから逃れるために、貴国へ亡命を希望する」
「なぜ、この国を選ばれたのです?」
「この国はかつて栄えた亡国『ディエルダンダ帝国』の騎士団を壊滅させたと聞いた。それだけの軍事力があればクーデター軍も迂闊には手を出せないから」
「ディエルダンダ帝国? あぁ、ステーキの……」
「……ステーキ?」
ディエルダンダ帝国とは、このゲートに騎士団を送りつけ、レーザーによって人肉サイコロステーキにさせられた後、無人爆撃機によって地図上から消えた国である。
あの出来事は異世界に広く知れ渡っているようだ。
「とにかく、移住ではなく亡命となれば、僕の判断だけでは許可できません。それに……」
僕はカウンターのパソコンを見た。画面には彼女の父、先代の魔王らしき人物の説明が表示されている。
「あなたの父、アルグニギスさんはブラックリストの1位に表示されています」
「ブラックリスト?」
「こちらが危険だと判断した人物のリストです。かつてあなたの父親は、命令で部下にこの世界から武器を密輸入させたり、入界した旅行者を誘拐して身代金を要求させたりしたことがあったそうですよ」
「それは……」
「この事実が入界の妨げになるかもしれないということは覚悟した方がいいですね」
「父は父、私は私です」
「それを決めるのは僕ではありません。相談の時間をください」
「……どれくらい?」
「亡命となると、審査と併せて最低でも協議に2日はかかる可能性はありますね」
僕は席を立った。先輩に報告するため、無線をかけようとした。
そのとき、
「……そんな時間ないかもしれない」
彼女は門の方を向いている。彼女の視線を追いかけると、首のない鎧が門からこちらに向かってきているのが見えた。鎧は禍々しいオーラを全身から放ち、高さは3メートル近くある。
「……私への追っ手よ」
「デュラハンですか。明らかにやばそうなヤツですね」
デュラハンは担いでいた大剣を手に取り、2番ゲートに向かって突撃してきた。
大きな体のわりに動きが速い。有名な陸上選手でも出すことが不可能な速度だ。一歩踏み出す度に、床へひびが広がっていく。
その巨躯は一気に2番ゲートの入り口まで接近した。
次回、【9人目 デュラハンの審査】に続く
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