9人目 デュラハンの審査

 デュラハンが門から2番ゲートへ走ってくる。手には巨大な剣を持ち、こちらを傷つける意思があるのは確実だった。

 僕は咄嗟に緊急ボタンを押し込んだ。一瞬でシャッターが下り、2番ゲートは門側から封鎖される。


 ドゴォ!


 デュラハンがシャッターに体当たりして、大きな凹みを作った。その後もシャッターを破壊しようとしているのか、ガンガンと音が聞こえる。


「今のはちょっと危なかったですね」

「……こんな薄い鉄板じゃすぐに破られるわよ」

「すでに警備隊が動いてます。彼らが倒してくれることを祈りましょう」


 ビーッ! ビーッ!


 ホールに警報が鳴り響いた。シャッターの向こうで硬い靴音が聞こえる。僕からは見えないが、おそらく警備隊が突入したのだろう。


 キュイィィィン……。


 高出力レーザーのノイズも聞こえる。アサルトライフルの発砲音、隊員たちの怒号も。

 そうしている間に、先輩から無線が入った。


《おい、2番ゲート! 聞こえるか!》

「はい。聞こえます。おくれ」

《今、警備隊が2番ゲート手前のデカブツを破壊しようと試みているが、動きが止まりそうにない! 今すぐそこを退出しろ! おくれ》

「今、僕と一緒にいる入界者はどうしますか? デュラハンの狙いは彼女らしいです。おくれ」

《ヤツの最高速度は100メートルを7秒だぞ! 彼女を置いて退避するんだ! おくれ》

「彼女は高い身分の人物です。保護しておけば、政治的に利用できるかもしれませんが? おくれ」

《保護しながらの移動ではヤツに追いつかれるぞ! とにかく、今すぐそこから離れろ! おわり》


「ふぅ……」


 僕はため息をつき、無線を切った。


「……ありがとう」


 カウンターの向こうにいる少女の魔王は礼を言い出した。


「……何への礼です?」

「少しでも私を保護しようと提案してくれたことよ」

「魔族の上位者となれば、利用価値がありますから」

「……そんな考えなかったくせに」

「何か言いました?」

「何も言ってないわ」


 グシャアッ!


 ついにデュラハンがシャッターを引き裂いた。再び僕からも姿を捉えられるようになる。

 デュラハンの外見は先程と随分違っていた。レーザーで鎧には無数の穴が開き、剣を持っていた手は失われている。粘着手榴弾で鎧のパーツが吹き飛ばされ、鎧内部に描かれた魔法陣が露出していた。


「……すごいわ、このデュラハン相手にここまでやるなんて……」


 少女は感心したように頷く。

 デュラハンはシャッターの穴を裂き、自分が通れるようにサイズを拡張している。


「ねぇ、魔法使っていい? この状態のデュラハンなら、私の魔法でも倒せる」

「うーん、普段、この施設では攻撃魔法は禁止されてますけど、今は非常事態ってことで大丈夫かな」

「……ありがとう」


 少女の手に魔力が収束し始める。魔族は杖を使わずとも魔力を増幅することが可能なのだ。魔力が放つ光が、カウンター全体を赤く照らしていく。

 一方、デュラハンは自分が通れるサイズまで穴を拡張し、2番ゲートに侵入する。そして、少女に手を伸ばし始めた。


「終わりよ、デュラハン」


 再びデュラハンが彼女に向かって駆け出した瞬間、2番ゲートは赤い光に包まれた。少女の魔法が発動したのだ。

 デュラハンの体が吹き飛びながら消えていくのが見える。

 衝撃波が審査カウンターのガラスを砕き、僕も衝撃波に襲われた。


 そうして僕は意識を失ったのだ。


     * * *


「おい、起きろ!」


 先輩のうるさい声がガンガン頭に響く。


(何なんですか、先輩? うるさいですよ)


 僕が目を開けると、そこは審査ゲートではなかった。見覚えのある天井。おそらくゲート近くの治療施設だろう。

 先輩が僕の顔を覗き込んでいる。その表情は今まで見たことがないほど不安そうだった。


「やっと起きたぁ!」


 先輩がベッドで横になっている僕を抱きしめた。先輩はちょっといい匂いがする。

 改めて部屋を見渡すと、やはりここはロゼットが入院していた施設のようだ。僕が寝ているベッドを囲んでいるのは先輩だけでなく、僕の家族もいる。それから黒いスーツを着た男が数人。


「お前は丸一日眠っていたんだぞ!」

「そんなに眠っていましたか……丸一日……」

「幸い、傷はないが、後でちゃんと医者の話を聞けよ! それから家族を安心させてやれ! それと政府関係者が亡命者の件で話があるらしい」


 どうやら黒いスーツの男たちは亡命者を取り扱う政府関係者らしい。きっと色々尋ねられるのだろう。

 家族も心配そうな顔で僕を見つめており、こちらも色々言われそうで面倒くさい。


 それよりも、僕には気になることがあった。


「ところで、先輩……」

「どうした? どこか痛いのか?」

「いえ、痛みはないんですが……」

「じゃあ、何だ?」

「ロゼットは昨日、退院したんですよね?」

「……あ、あぁ、そうだが……」


 先輩の嬉しそうな表情が急に消えた。態度もどこか焦っているように見える。


 何か嫌な予感がした。


「……ロゼットはここにまだいるんですか?」

「ロゼットは、今……行方不明だ」

「え……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る