10人目 負傷審査官の審査

 治療施設でいろいろ尋問された。


 まず、家族から体調のことについて訊かれた。傷も痛みもないのに、色々訊いてくる。医者も説明するが、何度も訊いてくる。質問がループする。

 それから「仕事を辞めろ」とも言われた。ここに就職した当時、有名な機関に所属できることを喜んでいた両親や妹だったが、こんなことがあっては意見が変わるのも仕方ないのだろうか。

 僕は彼らに反論せず、言葉を受け流していた。いつも入界拒否すると反発してくる入界者の戯言を聞き流すように。


 次に、政府関係者から質問を受けた。少女の魔王、プリーディオのことについて。2番ゲートに来たときの彼女の言動に不審な点はないか、と訊かれた。僕は「特になかった」とか、「あまり覚えていない」で質問を受け流す。


「彼女に魔法の使用許可を出したのは、本当か?」

「あのときは慌てていて、あまり記憶に残ってないです」


 政府関係者も同じ質問を何度もする。一連の質問が3ループくらいしたところで、彼らは病室を出て行った。


 そんな質問をされている最中でも、僕は行方不明のロゼットのことが気になって仕方なかった。


     * * *


 翌日、僕は退院になった。

 荷物を整理して病室を出る準備をしていると、先輩が病室に入ってくる。


「どうして、あのとき、私の指示に従わなかった?」

「指示とは?」

「彼女を置いて逃げろ、という指示だ。どうにかして彼女を生かそうと考えていたんじゃないだろうな?」

「当時、僕が何を考えていたかなんて忘れました」

「魔法の使用許可を出したのもお前だろ? 彼女は『自分が勝手にやった』と言い張っているがな」

「先輩は僕のことお見通しですね」

「お前は、何にも動じない、冷静すぎる。それ故に、緊急時でも最善の結果が出るよう、冷静に動こうとするんだ。

 あのとき、最善の結末は2番ゲートにいた2人が助かり、デュラハンが消えることだった。どうせ、ボロボロになったデュラハンを見た彼女が『自分なら倒せる』とでも提案したんだろ?」

「そこまで分かるんですか?」

「今回はお前と審査カウンターが吹き飛ぶという損害で済んだが、お前には命令違反で今日から一週間の職務停止処分が下された」

「分かりました。反省しておきます」


 僕は先輩に頭を下げ、荷物の支度に戻った。


「魔法使用の件に関しては、彼女が勝手に使用した、ということで局長に報告しておく。一応、職場復帰できるように話を進めるが、どうする?」

「それでお願いします」

「分かった。ところで……」


 先輩は話を続ける。僕は荷物の整理をしながらその話を聞いていた。


「お前があそこで、子どもを置いて我先に逃げるようなヤツだったら、命令とはいえ、私は心底お前を軽蔑していたかもな」

「……そうですか」

「それと、ロゼットのことが気になるんだろ?」

「……そうですね」

「あいつは消える直前、『もう審査官さんには迷惑をかけたくない』と言っていた。あいつは、お前のこと想って消えたんだよ」

「……」


 僕の手作業が一瞬止まる。

 僕は何も言えなかった。確かに、彼女とはそんな会話をした記憶がある。

 彼女が消えたのは、僕のせいだろうか?


「今のところ、彼女がゲートから異世界に戻った形跡はない。魔物や盗賊が出る異世界よりはこっちの世界の方が治安がいいからな。こっちで生きていくことを選んだんだろう」

「……そんな考えで生きていけるほど、この世界は甘くありません」

「ああ」


 先輩は病室の扉へ歩き、退室する直前で止まった。


「もう一度言うが、職務停止処分がお前には下されている。一週間、お前に仕事は与えられない」


 先輩は直接的な表現をしないが、「停止期間を使って、ロゼットを探しに行きなさい」と言っているのだろう。上司として後輩を甘やかさないように、敢えて遠まわしな表現をしているのだ。


「分かりました。先輩が僕の上司で良かったです」

「それと、この施設の玄関で、『お前に協力したい』と言っている人物が待ってる。私は仕事に戻るからな。じゃあな!」


 先輩は病室を出て行った。


     * * *


「協力者っていうのはあなたですか?」


 治療施設の玄関、そこに見覚えのある少女が立っていた。大きな赤い瞳が僕を見つめている。


「そう。私のせいであなたの予定が色々狂ったと聞いたわ」


 ツインテールにゴシックロリータファッションの少女。

 プリーディオである。


「亡命の手続きはもう済んだのですか?」

「ええ。こんなものを着けられてしまったけど……」


 彼女は手首に巻かれた腕時計のようなものを見せた。おそらく、心拍監視装置つきの発信機だろう。


「しかし、よく亡命が許可されましたね」

「私が魔族の内情に詳しいから。こっちの世界の住人も、魔族には手を焼いているようね」

「あなたが魔法を勝手に使用したことになってますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。被害よりも、私が話す情報の方が重要みたい。それに、私が勝手に使ったことにしておけば、あなたも都合が良いでしょ?」

「そうですね」


 相変わらず、彼女は無表情で話す。

 そう言う僕も無表情だけど。


「人探しをするのでしょう?」

「ええ」

「なら、私も一緒に探すわ。借りを返したいの」

「そうですか」

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