6人目 見習い魔女の審査・再

 僕の目の前にいる魔女は自分のパスポートを見せてくれた。名前の欄には『ロゼット』と書かれている。


「僕は覚えてないですね」

「私に対応したのは確かにあなたでしたよ? マンドラゴラと杖を持ち込もうとしたら、あなたに怒られたんです」

「うーん、そんなこともあったような」


 僕は毎日様々な入界者を見ているし、たくさん入界拒否もしているからそんな細かいことなんて覚えていない。

 僕は床に倒れている男、ロゼットの父らしい人物のことを彼女に尋ねてみた。


「それで、あなたのお父さんはどうしてここへ?」

「はい、その、前回入界拒否されたとき、あなたに通してもらいたくて……その……私はあなたに……胸を見せたんです。結局拒否されちゃいましたけど」

「それで?」

「その様子を……ゲート近くにいた魔法学校の同級生に見られちゃったんです。そのときは私もその子の存在には気づいていませんでした」

「それからどうなったんです?」

「魔法学校に戻ったら、私に関する噂が立っていたんです。『あいつは見ず知らずの男にも胸を見せつける変態破廉恥女』だって……」

「事実じゃないですか」

「うわぁぁああん!」


 ロゼットは泣き出してしまった。大粒の涙が頬を流れていく。


「ほんとに、こちらの世界の知識をちょっと試そうと思っただけなんです! 胸を見せれば、この世界の男性は大体のことは許してくれるって……」

「そんなの嘘です。そちらの世界で刊行されている変な情報誌で勉強しましたね?」

「それからの学校生活は地獄でした。女子から距離を置かれて、体が目的の男子からは毎日ナンパされて、先生からは呼び出されて……」

「自業自得ですね」

「家族にもその話が伝わってしまって……でも、そこにいる父だけは『審査官に言葉巧みに操られただけなんだ』と信じなくて……」

「なるほど」


 僕は床に倒れている彼女の父に話しかけた。


「娘さんはこのように言ってますが?」

「嘘だ! わしは信じないぞ! 娘がそんなことをするはずがない!」

「でも、実際あったんですよ、これが」

「貴様のせいでロゼットの将来が台無しになったことを、貴様は理解していないからそんな軽い口を叩けるのだよ!」

「だって自業自得じゃないですか」

「ロゼットには許婚がおったのだ! その相手の家にもこの噂が伝わって『家の尊厳に関わる』という理由でその約束が破棄されてしまったんだぞ!」

「別の相手を探せばいいじゃないですか?」

「馬鹿もの! そこらの相手とは格が違う! かつての許婚は、向こうの世界では誰もが知る大富豪で、広大な土地を持つ領主なんだぞ! それに、もう、こんな噂が立った女性を欲しがる家なんてないだろう……」


 ここまでの話を聞く限り、どうやらロゼットの家は貴族らしい。向こうの世界では許婚で貴族同士の絆を高め、勢力を伸ばしていると聞いたことがある。


「それは残念でしたね」

「貴様ぁ! 心にも思っていないような返事をして!」


 だってさ、そっちが悪いじゃん……。


「とりあえず、審査官へ攻撃意思があることと、ガラスへの破壊行動の件であなたを警備隊に通報させていただきます。よろしいですね?」

「つ、通報されるとどうなるんですか?」


 ロゼットが父を心配して僕に聞いてきた。


「数時間の取調べを受けます。その後、警備隊の輸送手段でそちらの世界の留置所へ送られますね」

「そ、そんなことされたら私の家の尊厳が潰れてしまいます!」


 もうとっくに潰れてますよ。あなたのせいで。


「お願いです! 私たちはこのまま引き下がるので通報だけは止めてください!」

「……と娘さんは言ってますが?」

「わしは諦めんぞ! 貴様が自分の罪を認めるまでは! 貴様をそこから引きずり出し、虫の息になるまで痛めつけてやる!」

「通報確定ですね」

「お、お父さん! し、審査官さんも止めてください! お願いします!」


 僕が手元の携帯端末で通報しようとしたそのとき、


「……どうして胸を見せてるんです?」


 ロゼットはローブを開き、僕に胸を見せつけていた。

 ローブに隠れていて分からなかったが、バストサイズは意外にも大きいようだ。

 とある学者の発表では、異世界人の女性は子どもを早く成長させられるよう乳腺が発達している傾向にあり、彼女のような巨乳は多いと聞く。危険なモンスターだらけの世界で子孫を早く成長させるために、栄養豊富な母乳を与えて生存率を上げている。


「こちらの世界の男性はこうすると大体のことは許してくれるって……」

「だから、それは嘘ですってば……」

「違います! あのときは見せただったからいけなかったんです! あれから勉強し直したんですけど、本来は揉ませることも必要だったんです!」


 だから、違うって。こいつはどこでそんなことを勉強したんだ……?


「お願いです! 揉んでください!」


 ロゼットは胸部をカウンターのガラスに押しつけた。ぐりぐりと押されて、胸はガラスの表面に潰れて広がっていく。

 その光景はまるで、風俗での特殊なプレイのようだったと、僕は記憶している。


「……ロゼット、まさか、お前、本当に……なんということだ……」


 ロゼットの父は胸を露出する彼女を見て、力なく嘆いた。


「し、審査官さん! お願いです! お父さんを許してください!」

「あのですね……えっと……」


 僕はどこから注意していけばいいのか、もう分からなくなっていた。

 そうしている間にも、彼女の胸はガラスに押しつけられている。


 そして、手元のスピーカーにアナウンスが流れた。


《審査室への破壊行動を検知しました。ヘル・ショックが発動します。審査官は直ちにガラスから離れてください》


 あ……。


 胸を押しつけるというロゼットの行為が、審査室への破壊行動だとセンサーに認識されてしまったのだ。

 僕は咄嗟にガラスから距離を取り、ロゼットへ話しかける。


「あの、そこ、離れた方がいいですよ?」

「私の胸を、あなたが揉むまで、ここは、離れません!」


 そして、


《ヘル・ショック発動》


「きゃああああああああ!」


 ロゼットが胸を押しつけている状態でヘル・ショックは発動した。

 床に倒れた彼女は痙攣しており、白目を剝いている。完全に意識が飛んでいるようだった。

 僕は携帯端末で警備隊に連絡を入れる。


「こちら2番ゲート。負傷者が2名出ました。内1名は重態。至急救護班頼む。おくれ」


     * * *


 数時間後、僕は審査施設内部にある治療施設に呼び出された。示された待合場所は病室の前で、先輩が腕を組んで僕を待っていた。


「やっと来たか」

「あの……ここに呼び出されたってことは、多分、あの入界者関係ですよね?」

「そうだ。ついさっき、ロゼットという名前の入界者の意識が回復したそうだ。今、彼女は父親と面会している」

「そうですか」


 先輩は病室の扉を開けた。室内からは怒号が響いている。中では、ベッドに横たわるロゼットと、その傍に立つ彼女の父が会話をしていた。ロゼットは入院患者用のパジャマを着用しており、ゲートで見たときの魔女の格好とはかけ離れていた。そのため、僕は一瞬別人のような印象を受けてしまう。


「お前は一族の恥さらしだ! あんな破廉恥な行為をしおって! 今ここで勘当する! もうわしの家には戻ってくるな!」

「そんな……」


 面会していたロゼットの父が僕に見向きもせず病室を出て行った。靴音をカツカツと響かせながら廊下を去っていく。

 一方、ロゼットはベッドで泣き始めた。

 それは、ロゼットが家族から追放された瞬間だった。


「先輩、なんか、とんでもないシーンを見てしまいましたね」

「そうだな。悪評のついた娘を身内に置いているとそれだけで一族の評判は悪くなるし、貴族の尊厳を保つためには仕方ないんじゃないか? まぁ、審査官には家族事情に首を突っ込む義務もないし、どうすることもできないんだけどさ」

「それもそうですね」


 僕と先輩はベッドの横に用意された椅子に腰かけた。


「どうもロゼットさん。体調はどうです?」

「うっく……うっ……うっ……よくないです……」


 僕の問いに対し、彼女は泣いたまま返事をした。


「あなたのこれからのことについてお話しします。数日間はここで治療を受けていただいて、治療が完了次第、あなたを元の世界に帰還させることになりますが、よろしいですね?」

「あの……その前に……これ、治りますか?」


 ロゼットはパジャマのボタンを外して再び胸を露出する。

 そこには胸部から腹部にかけて広がる巨大な火傷の痕があった。おそらく、ヘル・ショックによる傷跡だろう。ヘル・ショックの独特な電流の通り道が彼女の胸に幾何学的な模様を作り出している。


「ここでは緊急の患者の治療しか行っていません。専門の治療は自費で行ってください。まぁ、向こうの世界の治療技術はあまり発展していませんし、こっちの世界では膨大な費用がかかりますけど」

「そんな……私はこっちの世界の貨幣を持っていないし、あちらの世界では家族や財産まで失ってしまったんですよ!」

「自業自得ですね」

「向こうの世界では噂のこともあるので、真っ当な職場で働くことやお嫁にいくこともできません! それに、こんな肌では気持ち悪がられて娼婦として仕事することも……うわああああん!」


 彼女は再び泣き出す。


「じゃあさ、提案なんだけどさ」


 先輩がロゼットに話しかける。


「要するに、君には治療施設を出た後の行き場所がないわけだね? ついでに結婚してくれる相手も現れそうにない、と」

「はい……そうです」


 先輩は僕の肩に手を置いた。


「だったら、こいつの家にお嫁にいきなよ」


「ふぇ?」

「は?」

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