5人目 おとうさんの審査

 審査官は意外とモテる。有名な場所に勤めているし、給料もけっこう良いからだ。

 合コンに参加すると、高確率で連絡先をゲットできるし、その後食事に誘うとほとんどOKをしてくれる。


「えっ、すごーい! あそこに勤めているんだ! 超エリートじゃん!」


 しかし、僕の場合、その後がどうも続かない。

 一緒に恋愛映画を見ても彼女の方が泣くだけで、僕はどこに泣くポイントがあったのかすら分からない。バラエティ番組を見ても、笑うのは彼女だけ。彼女が作ってくれた料理を無表情で食べていると怒り出す。


「不味いなら不味いって言いなさいよ!」

「……何で怒ってるの?」


 どうやら僕が食べていると不味そうに見えるらしい。


 そうした僕の性格や特性を無理矢理受け入れて給料目当てに結婚しようとする女もいたが、あることで去ってしまった。


「ねぇ、この前見ちゃったんだけどさ、仕事帰りに女の人とホテルに行ったよね?」

「うん、行ったけど?」

「あの人、誰なの?」

「上司」

「ホテルで一晩中何してたの?」

「性行為」

「どうしてあんたは堂々とそんなこと言えるわけ!? ちょっとその女呼んで!」


 彼女に先輩を会わせたところ、


「ちょっと、この人は私の恋人なんですけど!」

「そっか、そっか。じゃあこれから逆3Pでもする?」


 その後、彼女は弁護士に慰謝料の相談をしたらしいが、特に内縁の関係でもなかったため却下されたという。

 どうやらセフレがいると、日本の女性からは嫌われるようだ。これから彼女ができたときはセフレのことは秘密にした方が良いかもしれない。


 そんな僕に、最愛のパートナーができようとしていたのだ。


     * * *


 その日、僕が担当する2番ゲートに来たのは、初老の男だった。格調高い貴族のような服装をしている。頭髪には白髪が混じっており、キッチリとセットされていた。

 観光や就労が目的でないことは一目見て分かる。


「……こんにちは」


 僕は彼に声をかけたが、反応することなく見下すように僕を見つめていた。

 初老、格調高い服装、偉そうな態度……先日ここに訪れた宣戦布告の男が思い出される。今回は宣戦布告でないことを祈るばかりだ。


「あの、どうかされましたか?」

「貴様が2番ゲートの審査官かね?」

「まぁ、このゲートはシフトに従って交代で審査してますけど、基本的に僕が担当するのは2番ゲートだけですね」

「今の時間帯は貴様が担当しているのか?」

「そうですが、何か?」

「そうか……やはり貴様が……わしの娘を……」


 彼は両手に拳を作り、強く握り締める。そのとき、なぜか彼の体は震えていた。

 寒いのかな?


「おのれぇっ! 貴様ぁぁ! よくもわしの娘をたぶらかしたなぁ!」


 男は突然カウンターのガラスを拳でガンガン叩いてきたのだ。男は何か喋っているようだったが、僕には何のことかさっぱり分からなかった。


「ちょっと、やめてください。壊れてしまいます」

「こんなガラス、さっさと壊して貴様を直接殴ってやるわぁ!」

「違います。壊れるのは、あなたの拳です」


《審査室への破壊行動を検知しました》


 僕の手元のスピーカーからアナウンスが入る。ゲートの天井に設置されたセンサーが男の動作を破壊行動と認識したのだ。


《ヘル・ショックが発動します。審査官は直ちにガラスから離れてください》


 ヘル・ショックとはカウンターに内蔵されている電流発生装置のことだ。ガラスへ破壊行動があった場合、審査官を守るためにガラスへ電気が流れる仕組みになっている。


 僕はキャスターつきの椅子に座りながら、1メートルほど後退した。

 その間も男は叫びながらガラスを殴り続けている。


《ヘル・ショック発動》


「ぎゃあああああ!!」


 男は悲鳴を上げながら床に倒れた。その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。


「うぅ……すまぬ、娘よ……」


 男は床に仰向けになりながら涙を流し始めた。


「あの、僕に恨みがあるような様子でしたけど、僕と以前お会いしましたか?」

「貴様と会ったことがあるのはわしの娘だ。貴様はわしの可愛い娘を言葉巧みにたぶらかし、ここで破廉恥な格好をさせたんだ!」

「破廉恥な格好?」


 破廉恥な格好といえば、先日訪れたサキュバスのルーシーが思い出される。紐なし黒ビキニからの最後は全裸だったから、かなり印象的だった。


「あぁ、確か、サキュバスのルーシー……」

「誰だそいつ! 違うわぁ! わしは人間だぞ! サキュバスが娘なわけないだろ!」

「それもそうですね」

「ロゼットだ! ロゼットという名前に心当たりがあるだろ!」


 ロゼット?

 ダメだ、分からない。


「うーん、記憶にないですね。ここでは毎日何人もの入界者を審査してますから、一人ひとりの名前や顔なんて覚えてないですよ」

「娘の胸まで見ておいて知らないと言うのか!」

「胸を見せつけてくる入界者は多くて……」

「えぇ!? 胸を見せつけてくる女性が多いってどういうことだ!? 貴様! まさかロゼットの他にも多くの女を手玉にとって……」

「妄言はやめてください」


 そのとき、2番審査ゲートに他の入界者が入ってきた。

 その人は若い女性で、黒い三角帽子とローブを身に着けている。いかにも魔女という感じだった。


「あぁ、すいません。まだこちらの方の審査中なので……」


 僕は彼女に退出するよう声をかけた。

 しかし彼女は退出せず、床に倒れている男を見ると、彼に駆け寄って膝をついた。


「お父さん! やっぱりここにいたのね!」

「おお、娘よ……すまない、お父さんはお前の敵を討てなかったよ……」

「ち、違うの、お父さん! そういうことじゃないの!」


 どうやら、倒れている男と若い魔女は親子関係らしい。


「あの……その方の親族ですか?」

「はい、私の父です」


 彼女は立ち上がると、僕とガラス越しに向かい合った。


「あの……先日は、ご迷惑をおかけしました」

「以前僕とお会いしましたか?」

「はい、あの、ここで入界を断られたロゼットという者です!」




【次回「6人目 見習い魔女の審査・再」へ続く】

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