4人目 サキュバスの審査
異世界にはオークやエルフなど、人間以外の知的生命体が生息しており、彼らも様々な目的でこちらの世界に訪れていく。そんな人間以外の種族の中には、杖を使用せずに魔術を使えるなどの人間を超越したような力を持つ存在も多い。
こうした特殊能力を持つ種族の審査は困難を極めるのだ。
* * *
日本時間18時頃。
ゲートの通過口に露出度が高く際どい格好の美女が現れる。紐なし黒ビキニ水着みたいな服装に、ヒールの高いサンダル。大事な部分こそ隠れているものの、ほぼ全裸である。
僕は彼女をチラリと見て思った。
こいつ、怪しすぎるだろ……と。
それは過去の経験からの直感だった。こうした格好の女性は娼婦として出稼ぎすることや、金を貢いでくれる男性を虜にするのが目的で不正入界することが多い。異世界で娼婦になるより、経済豊かな日本の風俗店で働く方が稼ぎがいいのは確かだ。
一つの門に対して、審査ゲートは複数ある。僕の担当する2番ゲート以外に向かってくれと願いながらも、白羽の矢が立つ如くその女性は僕の方へ向かってきた。
うわぁ、来ちゃったよ……。
どうしてこうも変な連中ばかり僕のゲートに集まってくるのか。
「……どうも、こんばんは」
ガラス越しに向かい合った彼女へ僕は挨拶した。そのとき、僕の顔は多分引きつっていたと思う。
「あらぁ、こんばんはぁ」
彼女は色っぽく甘ったるい声をしている。いかにもお姉さまという感じだ。
「パスポートと滞在計画書の提示をお願いします」
「はぁい、これよ」
彼女は胸部の衣装を外して肌を露にする。書類が出てきたのは胸の谷間からだった。
前に来た魔女といい、異世界では胸を見せるのが流行っているのだろうか……?
僕はガラスの隙間からその書類を受け取る。書類にはほのかに彼女の体温が残っており、それは谷間の汗でしっとりと湿っていた。
うわぁ……。
僕はそんなパスポートに触るのを躊躇いながらも、書類の端っこを掴んだ。書かれている内容を一通り眺め、怪しい部分がないか確認する。
名前:ルーシー
性別:女
種族:サキュバス
「えぇと、ルーシーさん。サキュバスのお方ですね?」
「そうよぉ。魔族はお嫌い?」
「そんなことはありません」
僕は改めて目の前にいる彼女の姿を観察した。顔のパーツはとても整っており、体はグラビアアイドルも嫉妬してしまいそうなほど妖艶。バストからウエストにかけてのくびれが強く、世の男性の多くが好みそうな体型をしている。
そして一番の特徴は、背中から生えている悪魔の黒い翼と尻尾だ。彼女は尻尾をくねくねと曲げ、いやらしい仕草を僕に見せつける。
ここまでパスポートの情報どおりで、何も問題はない。
問題はこの世界に来た目的である。
「この世界に来た目的は『観光』と書いてありますが?」
「そうよ? いけない?」
「どこでどういうことをするのか、という詳細事項の欄が空白になっていますよ」
「もしかして気になるの?」
「知るのが僕の仕事ですから」
「んもう、仕方ないわねぇ……」
彼女は滞在計画書に泊まるホテルの名前や住所を書き始めた。
「あの……本当にここへ泊まるということでよろしいですか?」
「そうよ」
「言っておきますが、こちらの世界ではサキュバスの方に特殊監視体制が設けられていて、計画書どおりに行動されていないと警察に捜索願が出されますが、よろしいですね?」
「やたら監視が厳しいわね。これって種族差別なんじゃないの?」
「以前、サキュバスによる風俗業界への不正就労が多かったせいです。クレームは当時不正就労に関わった同類にお願いします」
「私はあの人たちとは違うわよ? 単純に観光がしたいだけ」
「本当にただの観光なら、計画書どおりに行動していれば監視されていても問題ないはずです」
「んもう……真面目すぎるんだからぁ」
彼女は長身を利用してカウンターに身を乗り出し、僕に向かって胸を突き出すような体勢になった。
「審査官さん。少し監視を緩めてもらえるようにできないかしら? お・ね・が・い」
ルーシーは豊満な乳房を二の腕で寄せ、僕に胸の大きさをアピールする。
「ダメです」
「そんなこと言わないでぇ」
彼女は自分の胸を揉み始めた。細長く白い指が豊満な胸に喰い込んでいく。
「監視体制は僕の権限では変更できません。計画書の内容が虚偽なら帰ってもらいます」
「どこまでもカタブツね、あなたは。そんなんじゃ恋人もできないわよ」
「僕の恋愛事情は関係ないでしょう」
ルーシーは胸を揉むのを止め、誘惑タイムは終了する。
「じゃあ、担当者に監視を緩めるように頼んでくれない?」
「そうする必要はありません」
「お願い、今度この世界で会ったら安くしておくから」
「安くするって、何をですか?」
「私からの、サ・ア・ビ・ス」
チュッ!
彼女は僕に向かって投げキッスをした。
この時点で彼女は入界の目的が観光でないことを認めたようなものだ。僕はこっそりと手元の携帯端末で警備隊に強制送還の準備メールを送信する。
「それは具体的にどういうサービスです?」
詳しくどのような犯行をする予定なのか聞かなくてはならない。
「あなたにいい夢を見せてあげるのぉ」
「『いい夢』とは何でしょう?」
「あなたが性交したい女性像を夢の中で見せて、あ・げ・る」
「サキュバスはそうやって精気を吸い尽くすんでしたね」
「吸い尽くしたらリピーターになってくれないわ。だから敢えてちょっとだけ残すのよ。そしたらまた私のところへ来てくれるでしょ?」
「僕以外の男にもサービスを提供する気ですね?」
「だってそうしないと家賃とか稼げないじゃない」
目の前にいるルーシーという女は、確実に違法風俗業を展開する気満々だ。
まだまだ面倒くさい駆け引きは続く。
「あのですね、ルーシーさん。どうしてこの世界ではサキュバスの風俗が違法なのか知ってます?」
「さぁ?」
「サキュバスは風俗業界で優秀すぎるからです。直接行為する者や本などの媒体も含めて、風俗には普通アタリとハズレがあります。しかし、あなたたちは夢の中で行うため、確実にアタリにもっていくことが可能なのです」
「それだけ私たちが優秀ってことでしょ?」
「そのため、この世界の風俗業界が一気に冷え切ったのです。風俗関係の会社は次々と倒産し、不況状態に陥りました」
「私たちが性欲処理してあげてるんだから別にそんなのいいじゃない」
「まだ理由はあります。いつでも最高の行為を安価で提供できることにより、少子化率や独身者率が大幅に上昇しました。そこで立法機関はこの国を存続させるためにサキュバスによる風俗営業を禁止にしたのです」
「大丈夫よ、私一人くらい営業したって、影響力はそんなにないわ」
僕がここまで説明したのに、この女はまだ入界を諦めていなかったのである。
「そ・れ・に、私の能力を見ればあなたの考えも変わると思うわ」
「能力……ですか?」
「サキュバスには、相手の性交したい女性像を読み取る能力があるのよ。今から、あなたが理想とする女性の姿になってあ・げ・る」
そう言うと、彼女は自分の姿を変化させ始めた。尻尾や羽が消え、髪の色が黒くなっていく。整った顔立ち、白く透き通った肌、豊満な胸に、引き締まったウエスト。そんな特徴がルーシーに現れていった。
ああ、僕はこういう人と性交したいんだな……。
変化し終わった彼女の姿を見て、僕は納得した。彼女は一糸纏わぬ姿で、カウンターに寄りかかる。
「どう? すごいでしょ? 私を入界させてくれれば、いつでもこの姿であなたと楽しんであげるわ」
「その発言は賄賂として録音させていただきます」
そのとき、
「おい、何やってるんだ2番ゲート! 審査にいつまで時間をかけているんだ!」
僕がガラス越しに裸の美女と向かい合う状況の中、審査が進まないのを見た
「うわ! どういう状況なんだこれ!」
ゲートの様子を見た先輩が驚いて声を上げる。こんな場所に裸の女性がいればそれは当然驚くだろう。
しかし、重要なのはそこではなかった。
「どうしてお前は私と同じ顔をしているんだ!」
そう。ルーシーが変身したのは僕の先輩だったのである。
つまり、僕の理想の女性像は「先輩」ということになるのだ。
「そうか! 分かったぞ! 貴様、私に化けて部下を威圧するつもりだったな!」
「え、ちょ、違……」
「変身魔法を使う化け物め! 私の部下を脅迫しやがって! とっとと自分の世界へ帰れ!」
先輩はスーツの内ポケットから聖水の入った小瓶を取り出すと、蓋を開けて中身をルーシーに向かって振りかけた。
「きゃぁっ!」
聖水がルーシーにかかった瞬間、彼女は元の姿に戻った。彼女はパスポートを持ち帰るのも忘れて、門の方へ全速力で走り去っていく。
「おい、お前! 大丈夫だったか!」
「あ、はい。大丈夫です」
先輩はカウンター越しに僕の顔を覗き込んだ。僕のいつもどおりな無表情の顔を見て安堵したのか、ホッとため息をつく。
「しかし、何だったんだあいつは……」
「サキュバスですね」
「私なんかに化けて……私はあんなにデブじゃないぞ!」
「実際、けっこう豊満ですよ」
「何か言った?」
「何も」
こうして、警備隊の出番もなくサキュバスは自分の世界へと帰っていったのだった。
* * *
数時間後、ようやく僕の勤務時間が終了した。
男子更衣室で私服に着替えていると、またノックもなしに先輩が入ってくる。
「あのですね……いきなり更衣室に入ってくるのは止めませんか?」
「心に留めておこう」
先輩のことだから、多分、翌日には忘れている。
「それより今日は大変だったな。帰りに一緒にホテルでも行かないか?」
「あぁ、はい。いいですよ」
実は、こんな風に「この後一緒に夕飯」みたいなノリで先輩と肉体関係を築いている。お互い恋愛感情もないまま性欲処理のために利用しており、僕らはいわゆる「セフレ」関係だった。
僕は先輩としか行為をしたことがなく、ルーシーが先輩に化けてしまったのは、僕の中で「性行為の相手=先輩」というイメージが強かったからではないだろうかと推測できる。
* * *
その日の深夜、行きつけのホテルの一室にて。
「どうする? まだ楽しむか?」
「いえ、今夜はここで終わりにしましょう。僕は疲れました」
「そうだな。じゃあ、おやすみぃ」
「おやすみなさい」
先輩は僕の上から降りると、だらりとベッドに横たわった。体を大の字に広げ、下着すら纏わないまま先に眠りへと落ちていく。僕は冷蔵庫に入れていた飲料水を一気に飲み干し、眠る先輩の寝息を感じながら考え事をしていた。
僕は、先輩とこのままの関係のままで良いと思っている。多分、それは先輩も同じだ。恋愛や結婚なんて面倒くさいし、こんな性格では互いに気が合う相手に出会えない。適当に性欲処理できれば伴侶なんて必要ない、と。
「すーすー……」
「せめてバスローブくらい着てから眠ってください」
僕はそっと彼女に薄い掛け布団を乗せた。互いに汗やら愛液やらで臭いがキツくなっている。まあ、体を洗うのは明朝でもいいだろう。僕も彼女の横に寝転び、重い瞼を閉じた。今日も随分と激しくやった気がする。眠気がすぐに襲ってきた。
きっと、こんな性活はいつまでも続く。
僕が誰かと結婚することなんてないだろう、と。
そんな僕に、ある転機が訪れようとしていた。
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