27人目 波乱の予感の審査

「……では、僕から伝えたいことをお話しましょう」

「……はい」


 黒川はテーブルの上に手を置き、落ち着いた口調で話し始める。


「僕から伝えたいことは2つあります。まず1つ目は、僕の幼馴染があなたに迷惑をかけてしまったことを謝罪したい、ということです」


 黒川の幼馴染とは先輩のことだ。

 なんとなく、このことを話しに来るだろうと想像はできていた。

 いや、これは確実に話さなければいけない内容かもしれない。


「……先輩は、あなたに僕との関係について話してくれましたか?」

「はい。僕がいない間に、彼女が何をしてきたのか全て聞いたつもりです。詳しい内容を言うのは避けますが、いろいろあなたを振り回して迷惑をかけてしまったようですね」

「いえ、そこまで迷惑には思ってないですよ」

「それでも一応、僕からも謝罪させてください」


 黒川は僕に深々と頭を下げた。


「あの、別にいいんです。僕も先輩にはたくさん助けてもらったこともありますし、それよりも……」

「それよりも?」

「僕が気になっているのは、黒川さんがこの後先輩とはどうなるつもりなのか、ということなんです。こんなことになって、黒川さんは先輩のことをどう思っているのかなって……」

「以前と同じ恋人関係に戻るつもりですよ。彼女がしてきたことを、僕は許すことにしました。今も、彼女は僕にとって大切な人ですから……」


 黒川の目は、真っ直ぐ僕を見つめていた。

 その瞳には曇りのようなものを感じない。


「そうですか。それなら安心しました。僕のせいで先輩と黒川さんの関係が壊れるんじゃないかと、少し心配になっていたので……」

「大丈夫ですよ。安心してください」


 僕は安堵した。


「そして、今回お話したいことの2つ目なんですが……」


 黒川は話を続ける。

 一体、僕に話したいもう一つのことって何だろう?

 僕には全く予想できなかった。


「あなたの将来のことについてお話したいのです」

「僕の将来ですか?」


 どうして黒川が僕の将来について話したいのだろうか。


「これを話す前に……伝えておかなければならないことがあります。このことは口外にしないと約束してほしいのですが……」

「はい。大丈夫です」

「あなたによる審査のときからずっと黙っていましたが、実は……僕が異世界に召喚されたとき、僕にスキルが追加されていたのです」

「え……」


 異世界に召喚されると、たまに召喚された者に特殊なスキルが追加される、という現象が度々報告されているらしいが、まさか、黒川にも追加されていたとは……。

 それと僕の将来がどう関係するのだろうか。


「会見では公表していませんが、僕には『未来予知』のスキルがあります」

「『未来予知』……?」

「僕には、視界に映った人物の将来がなんとなく分かるのです。これのおかげで、僕は魔王ルーシー・グネルシャララを討つことができました」

「そうだったんですか……」

「そして……僕が初めてあなたに会ったとき、あなたの将来が見えました」


 なんか、未来とか将来とか、胡散臭い話になってきたが、大丈夫だろうか。


「それで……あなたは今後……」

「……はい」

「さらなる人生の波乱に襲われると思われます」

「えぇ……?」

「そして、それはあなたが門の近くにいる限り続くと思われます」

「……門の近く……ですか……?」


 僕はこれまで、デュラハン事件やディエルダンダ帝国の襲撃など、様々な事件に巻き込まれ、人生の波乱には十分耐えてきたつもりだった。

 しかし、黒川が言うには、今後はもっと大きな波乱があるらしい。

 そんな波乱に巻き込まれたら、一体僕はどうなってしまうんだ……?


「その波乱には、周りの人間も巻き込まれます。ときには、命の危険に晒されるかもしれません……」

「物騒ですね……回避はできませんか?」

「今すぐ、門から離れることを提案します」

「……それ、僕の仕事がなくなっちゃいますね……」

「もし、今の仕事を続けるのであれば、大切な人のことを気にかけてください。僕から言えるのはそこまでです」


 こうして、黒川と僕の対話は終了した。

 飲み物代は黒川が払ってくれるらしい。


「それでは、今後、気をつけてください。困難に無事打ち勝つことを祈ってます」

「ありがとうございます……」


 僕は居酒屋を後にした。


     * * *


 黒川にはあのように言われたが、僕は入界審査官を辞めるつもりは全くなかった。

 もし、今辞めたら給料がなくなってしまう。ロゼットとの生活があるのに、そんなことをしたら自分の生活を苦しめてしまうことになる。

 それに、転職しようにも行き先がない。きっと僕のことだから、他の職場に移ったところで、下手なコミュニケーションでリストラされるだろう。

 多少の波乱はあっても、この仕事を続けていくことが僕にとっては最善の行動かもしれない。僕はそう考えていた。


 それと、どうでもいいことかもしれないが、なぜか、黒川が倒したという魔王、ルーシー・グネルシャララという人物が頭のどこかで引っかかる。

 先日の会見によると、その人物はサキュバスを強化したような姿だったらしい。

 ルーシー……サキュバス……何か思い出しそうな気がする。

 帰る途中、ずっとその単語が気になって考えていたが、結局何も思い出せなかった。

 やはり、僕にとってはどうでもいいことだったのだろうか……。




 そんな僕に、第1の波乱が襲いかかろうとしていた。

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